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皇子と異界の騎士⑥

 

「悪いな、ジオ、探偵見つかっちゃったよ」

「そう? たった今、こっちでも見つかったよ」

「マジかよ。すげーな」


 なんとなく話についていけず、俺は黙って立っていた。そんな俺に向かって『ジオ』は膝上のパソコン画面を俺の方に向けて来た。


「うわ、嘘だろ……」


 ──そこには、道端を歩く“色んな俺”が細かく分割された画面の全てに映っている。


「ちょ、防犯カメラってこんなに簡単にハッキング出来るものなのか!?」


 そもそも、これは犯罪だと思うのだが。


「さぁ? でもジオは天才だからな。俺は“一芸を持ってる奴”をチームに入れるのが趣味なの。因みに俺とここにいる連中は同じチームで王子の護衛をやってる。金で雇われてんの。他にも普段とは違う世界で遊んでみたいお金持ちのお坊ちゃん、お嬢ちゃんの護衛チームがいくつかあるんだけどな」

「へぇ、護衛チームか……」


 なるほど。金持ちは何も皆実社長の弟くんだけじゃない。闇に染まりたいわけではなく、ただスリリングな世界で遊んでみたいだけの金持ちの子女なら他にもごろごろいるだろう。


 彼らを襲って金を奪い取るのではなく、雇わせて長期的に金を得る。それはある意味非常に賢い商売と言えた。


「金の卵を産む鶏、って所だな」


 思わず呟いた俺の言葉に、警棒男は指をパチンと鳴らしながら笑った。 


「そうそう! 因みに、この護衛業を広げたのは俺らなんだぜ? 結構指名も多かったんだけどな、王子が俺らの“後先考えない凶暴性”ってヤツが気に入ったってんで、王子は俺らのチームだけの客」


 銀発男はなぜか得意げな顔になり、他の連中も満更でもない顔をしている。


 俺は苦笑いで誤魔化した。『後先考えない』は正直誉め言葉ではない。


 だがまぁ、本人達がそれで喜んでいるのならそれはそれで良いのだろう。確かに、凶暴性については身を持って実感している。


「探偵、お前が仲間になってくれるんならこっちとしては結構な戦力だよ。客取り合戦でかなり有利になる」

「客取り合戦?」

「そう。やっぱ太い客は逃したくないし、他からするとそんな良い客は欲しいだろ? だからまぁ、時々あるんだよ。そういう争いが」


 ──鶏の取り合いか。死ぬほど関わりたくはないが、今の俺には現状逃れる術はない。


「あのさ、俺が今日ここに来た目的なんだけど、キミらの考えが知りたかったんだよ。王子が俺を誘ったのは多分、ただの気まぐれだったと思うんだよね。もしくは探偵っていう肩書に興味があったか。けど、自分で言うのもアレだけど俺はただのおっさんだろ? だから、いきなり仲間なんて言われても困るんじゃないかなって思って」


 実際はまだ二十七だが、十代からせいぜい二十代前半くらいにしか見えないコイツらの中では確実に浮くだろう。もちろん戦闘術は元の世界で身につけてはいるけれど、それはあくまでも剣を持っている状態での事だ。素手で戦う事なんかなかったし、自信だってない。


「いや、大丈夫だよ。だってアンタ頑丈だし。あれだけボコボコにしたのにピンピンしてただろ。俺、殺すつもりで殴ってたのにさぁ」

「殺すつもりだったのか……」


 銀髪男は顔色一つ変えず、あっさりと殺意を白状する。


 俺がいくら死なないとはいえ、その物言いにはさすがにたじろぐ。改めて、俺は予想以上に危ない真似をしていたのだと思い知った。


「アンタを囮にして、ボコられてる間に俺らが突撃する。単純だけど効果的な作戦だよ。ま、うっかり死んじゃったら申し訳ないけど、その時はちゃんと仲間として報復には行ってやるから。俺らのチームは“優しさ”が売りだからさ」

「……優しさって、どの口が言ってるんだよ。それに、専属の護衛って言うより専属の壁だろ? 俺は喧嘩とか出来ないよ?」

「嘘つくなよ。だってお前、“殺せる顔”してるじゃん。俺、そういうのに鼻が利くんだよな」


 俺は舌打ちしそうになったのを寸前で堪えた。


 暴力だけの馬鹿は逆に暴力の匂いに敏感なのか。仮の肉体とはいえ、騎士として修羅場をくぐって来た『俺』に気づくなんて。


「いや、無理だよ、本当に──」


 そう言いかけた時、俺はふと思った。コイツらの情報収集能力を利用するのはどうだろう。


 特にこの“ジオ”と呼ばれている少年。この子を使えば『手首に鳥の痣のある男』はすぐに見つかるのではないだろうか。ならば、ここは頷いておくべきではないのか。


 そうと決まればここで返事を引き延ばす意味は全くない。


「待て、そうだな。探偵を辞めなくても良いならいいよ」

「へぇ、探偵をやるの、気に入ってたんだ。うーん、多分良いんじゃねぇか? 知らないけど」


 無責任な言葉が今一つ不安だ。ここは念を押しておく。


「その辺は弟くんに確認しておいてくれよ。無理だっていうなら、俺は仲間にはなれない」

「うーん、そうだな、わかった」


 銀髪男は少し考える素振りを見せたあと、頷き手を差し出して来た。握手かと思いきや、手の平が上に向いている。これは、どう見ても握手の催促ではない。


「……なんだよ」

「登録料」

「登録料? なんの?」

「仲間になるんだろ? だからその登録料だよ。十万ね」

「はぁ!? なんだよそれ!」


 貰った臨時ボーナスは十五万。払えなくはないが、もちろん払いたくない。そんな俺の気も知らず、銀髪男はニヤニヤと笑いながら、手を引っ込めようとしない。


「仲間になったらここで飲み食い出来るし、何かあったら助けにだって行く。たった十五万でその恩恵が得られるんだぜ? 悪い話じゃないだろ?」


 ──ふざけんな。悪いに決まってるだろ。


 拒否する言葉をギリギリで飲み込みながら、俺はもっともらしい顔で頷いて見せた。


「確かに悪い話じゃないな。いいよ、わかった。ちょうど臨時ボーナスを貰ったし、それで払うよ」


 本当は腹が立って仕方がない。皆実社長が皇子だったら、金に未練なんか無かった。


 けれど、今は違う。皇子を見つけるまでは、この世界で生きて行く為の金は必要だ。一円たりとも無駄になんかしたくない。しかし、こいつらに金を出し渋っていると思われるのはもっと癪に障る。ここは余裕を見せつけておくべきだ。


「……笑えるくらい予想通りだ。俺の勝ち。アンタ素直だな、探偵さん」


 銀髪男は薄ら笑いを浮かべたまま、仲間と目を合わせて肩を竦めていた。先ほどとは打って変わった理性的な顔。その表情に、ひどく苛立ちが募った。


「何だよ、予想通りって。それに、俺の勝ちってどういう事だよ」


 密やかな笑い声が店中に広がっていく。瞬間、頭にカッと血が上っていくのがわかった。俺は今、こいつらクズ共に馬鹿にされている。


「あぁ、登録料ってのは冗談だよ、冗談。なんていうかアンタ、忠犬臭がすごいからさ。だから仲間達と賭けをしてた」

「賭け?」

「そう。“仲間に入れる。大事にもしてやるから金払え”って言ったら払いそうだなって思ったからさ、本当に払うかどうかって、皆で」


 今度は遠慮のない笑い声が巻き起こった。口の中で、奥歯がぎしぎしを軋む音を立てている。


「素直さが俺の取り柄だからな」


 やれやれ、というように肩を竦めながら、俺のはらわたは煮えくり返っていた。『忠犬』と馬鹿にしたように言われた事がムカついたわけじゃない。


 俺を上から見下したような物言いが気に入らなかったのだ。


 本来なら俺はこんな薄暗い店でクズ共と顔を突き合わせて会話に興じるような人間ではない。身勝手な皇子のせいで異世界なんざに一人飛ばされてしまったが、多少頭が回る程度のカス共が気軽に話しかけて良い人間ではないのだ。


「別にくれてやっても良かったのに」

「こっちで回収するからいいんだよ。ほら、負けたヤツは掛け金一万、きっちり払えよ」


 警棒男が後ろ手に合図をすると同時に、賭けに負けた連中が苦笑いをしながら何枚かの札をカウンターへ置く。俺はそいつらの顔を覚えておく事にした。


 少なくとも、こいつらは俺が金を払うような男ではない、と思ってくれていたわけだ。いつか誰かを犠牲にしなきゃならないような場面になったら、こいつらは候補から外してやっても良い。


「とりあえずもう良いか? 王子さまは当分留守にするだろうけど、多分そんなに長くはならないと思う。仲間入りの挨拶ってヤツは、王子さまがご帰還の時にやらせて貰うよ。じゃあ俺は帰る。休みを貰ったから早く帰って寝たいんだ」


 それだけ言い、くるりと踵を返した俺の腕が背後からがしりと掴まれた。


「待てよ。それなら店の中で寝て行けば? ここ俺の店だから。起きたら飲もうぜ、探偵さんの歓迎会開いてやるよ」

「いや、歓迎会とか別にいらな……え、ここアンタの店なのか!?」


 危うく聞き流すところだった。だが、頷く男の顔に嘘は見られない。どうやら冗談ではないらしい。


「へ、へぇ……すごいな。なんだよ、さっき暴力しか能がないって言っていたくせに。しっかり経営の才能があるじゃないか」

「いや、母親の店を俺が引き継いだってだけ。因みにバーテンは俺の従兄弟」


 あの勘の鋭いバーテン。まさかこいつの血縁者だったとは。


「ふぅん。じゃあこの内装はお母さんのセンスか」

「悪くないだろ? 母親は金持ちの愛人だったんだけどさ、この店は手切れ金代わりなんだよ。これでもそれなりに繁盛してるんだぜ?」


 ──なるほど。この男が経営しているから、決して内装は悪くないのにこんなに殺伐とした雰囲気が漂っているのか。母親が切り盛りしていた時はきっと全然違う雰囲気だったんだろう。俺はそんな風に思いながら、素早く頭を回転させた。正直なところ、まったく嬉しくない提案だ。


 このまま家に帰って寝たい。皆実興業の社長が俺の探している皇子ではなかった精神的ダメージがまだ残っているのだ。


 だが俺は、考えている事とは真逆の台詞を吐いた。


「じゃあ、そうさせて貰おうかな」

「そうしろそうしろ。おいジオ、お前も飲むだろ?」

「……飲む。っていうか、いちいち聞いて来ないでよ」


 ジオという少年はパソコンから目を離さないまま、不貞腐れたように答えていた。


「はいはい。そう怒るなよ。探偵、ジオの横に座って待ってろ。なに飲む?」

「水割り」


 銀髪男は頷き、カウンターの奥になにやら声をかけている。どうやら奥に、バーテンの従兄弟がいたらしい。俺は言われるがまま少年の隣に座り、なんとなくその幼い顔を見つめた。


「……何? まさか説教?」

「いや、違う」


 少年は、胡散臭そうな顔で俺を見ている。俺の事を“理解があるフリをして未成年者の機嫌を取る大人”とでも思っているんだろう。そんなわけがあるか。別にこいつらに気に入られたいなんて欠片も思っていない。こいつら全員、酒や煙草や薬でどうなろうと俺の知った事じゃない。


「あの、キミにちょっと頼みごとがあるんだけど」

「頼み事? 僕に? 何?」

「あのさ、実は俺、個人的に“左手首に鳥の形の痣がある男”を探しているんだ。その男の情報ってなんとかして手に入らないかな」


 ジオはきょとんとした顔をしている。その顔を見ると、この生白い肌の少年が何を考えているのかよくわかった。


「……え、アンタ探偵さんでしょ? なんで自分が調べないの?」


 ──それが出来ていたらお前ごときに頼んでねぇよ。


 などと言えるはずもなく、俺はヘラヘラと笑いながら頬を掻いた。


「それが、どうやら普通のアプローチじゃ駄目みたいなんだよな。キミみたいにすごい技術、俺は持っていないから」

「……まぁ、別に良いけど」


 学校にも行かず、こんな所でたむろしているようなガキは総じてある種の劣等感に苛まれている。自己愛が強く、承認欲求も強い。


 大人が頭を下げて頼んできた事に対して、良い気分にならないはずがない。案の定、ジオは無表情を保ちながらもどことなく得意そうな顔をしている。俺は内心でその単純さを小馬鹿にしながら、店の隅にあるソファー席へと向かった。


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