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プロローグ・泥贄と泣く男

 

 汚水と泥に塗れた人の体を抱き締め大声で泣く男。胸が痛くなるようなその泣き声を聞いていると、なんだかこちらまで泣きたくなって来る。


『泣かなくて良い。お前は悪くない』


 耳元でそう何度も伝えても、彼は泣くのを止めようとしない。


『本当に大丈夫だから』


 そう話しかけた時、言葉の矛盾に思わず笑ってしまった。自分は今、明らかに()()()()()()()状態にある。


 そういえば、どう考えても大丈夫ではないのに他人に「大丈夫ですか?」と聞かれるとなぜ「大丈夫です」と答えてしまう人間が多いのだろう。正に自分もその一人なわけだが、どちらにせよこんなところでイライラしていても、自分にはもうどうする事も出来ない。


 茫然と立ち尽くしていると、泣いていた男がいきなり腕の中の泥塗れになった顔を指で優しく拭い始めた。その手つきに胸が高鳴ると共に、その感触を知る事が出来ない人物をただただ可哀そうに思う。


 泥が拭われていくと共に明らかになる顔。それは苦悶に満ちた表情をしていた。あまりの醜さを見るに堪えず、思わず目を逸らしてしまった。そもそも、なぜこんな事になってしまったのだろう。


 なにか気に入らない事をしてしまったのだろうか。二人の関係は望む形では受け入れて貰えていなかったのだと、今ならわかる。それでも、ここ最近は上手くいっていたと思っていたのに。


『ほら、もういい加減にしろ。本当に気にしなくて良いから』


 それでも泣き止まない男に困り果て、ふと目線を移動させる。と、泣き喚く男の背後で薄ら笑いを浮かべている一人の人物が目に入った。この状況で笑えるとは、一体どういう精神状態なのだろう。


 だが見つめる内にわかった。一見、こんな表情を浮かべるような人物とは到底思えない。しかし今の自分には見える。この人物の奥底には、底知れない身勝手さが澱のように蓄積しているのが。


 今の異常な状況に、この人物が無関係という事はまずありえないだろう。


 ゆっくりと足を動かし、その人物に近づいて行く。


 近づけば近づくほど、吐き気がするほどの嫌悪感が湧いて来る。恐怖は一切感じない。


 ただ、純粋に怒りがあった。もし、この人物のせいで彼がこんなに泣く事態に陥っているのであれば、自分としては絶対に許すわけにはいかない。


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