5話.ラスボス設定
『二―トボール』動画は五回も再生された。六回目は再生されずに削除された。ごみ箱が空になっているのを、何度も確認したが、頭の中にある残像は消えなかった。聞こえてくる自分の声も、映っている体や顔も、すべて自分のものではない気がして、でも、紛れもなく自分以外考えられないものであり、深く溜息をついた名無しの二―トは、天井を見上げた。
「……キモい」
呟いた。
「全然、面白くないんだけど」
彼の感想は、自暴自棄に向かわせていた。頭がジンジンしてきた。急速に冷めていく酔いを感じ取った。そして先程連絡があったのが、新手の詐欺ではないかと思い始めたのだ。そうなったら、不安の渦に巻き込まれていった。
――ガチ、デフレスパイラルって怖くね。詐欺集団はどんだけ金に飢えているんだよ。二―トにまで詐欺ようってのか、払う金なんでないし。働く気もまったくないし。お金なんてどこも貸してくれないし。いや、違う違う。名前を二―トってしているのに、二―トって知らないんだ。相手は。うぁーひどいな。
名無しの二―トは、唐突に手を叩いた。
――絶対そうだ。
連絡してきた野崎が、パソコンと撮影器具を持っていて、投稿までできる環境を持っていたから、上手いことを言って調子に乗らせて、詐欺を働いているのだ。と思いついた。
――これは、ラスボス並み。強敵なら、考えなければ……アイデアはないか?
騙された人達のためにも、と、ものすごい使命感を持った。彼の得意としているRPGで、クリア出来なかったものはなかった。彼の中ではクリアしたうちに入らなかったが、どうしてもクリア出来なかった鬼畜ゲー、若しくは無理ゲーと定評の高かったシューティングゲームでさえ、改造コードを入手し、例えスパゲッティーコードであっても、彼なりに勉強した頭で解釈し、チ―トプレイでクリアしていた。つまり、一度リアルであれ、イデアルであれ、一度、使命感を持ったら、その粘着はすさまじいのだ。
――いけるいける。
詐欺であると決めつけたのは、名無しの二―トが次のことを知っていたからだ。
ネットゲームで社会復帰できなくなった、あるいは社会なぞ出る気もない、ネトゲ廃人とも呼ばれている者の一部は、オンラインゲームの戦場で自分がネットワークから退却すると、敵前逃亡をした非国民だと思われるのが怖くて、いつまでもパソコンの前に居座っている。と、最先端の心理学者が分析していた。その発言を聞いた新人類評論家は、頷きまくった跡になって、発展してきた技術の代償であるとか、豊かな生活を棚に上げ、古き良き時代の昔話を展開した。しかし、大幅なるカットが彼らを襲った。
実際、ネット動画に、とあるネトゲ廃人を主人公として、日常をリアルタイムで捉えているものがアップされている。主人公は引きこもりの模範を代表しているかのように長髪で、ネルシャツをケミカルウォッシュのGパンに入れている。ある種、キャラクターを自覚し、身を呈しているかもしれないと、視聴者には勘ぐられてはいなかった。その証拠に、寄せられたコメントの内容は、主人公を愚弄し、優越感に浸っているものだった。
彼らは話題性を掻っ攫うために、自らを演じ切っている。
それは演者の主人公とそれを撮影する者達のみ、知り得た策略である。あるいは、撮影する者達もわからなかったかもしれない。知らなかった者たちは主人公を祭り上げ、公共の電波に採用した。反響を呼び、あれよあれよと言う間に、あらゆる方面から引っ張りだこになった。
社会に出て、普通に働いていた収入では到底考えられないような大金を手にした主人公は、ゲーム感覚で世間を渡り歩いている。ネトゲ廃人からネオ二―トのカリスマというジョブにクラスチェンジした前例があった。しかし、すべて某投稿サイトの物語の話しだった。
名無しの二―トはわかっていた。世の中、そんなに甘くないと。もしそんなに甘かったら、自分も悠々と金を稼ぎ、二―トライフを満喫していると。
「見てろよ。クソ株式会社ピョンタめ」
株式会社ピョンタを、ラスボスと設定し、その決心は固かった。