4話.あおり
動画を投稿していたのも、別の場所で取り直しを行っていたも、ひっくるめた出来事を知ったのは、救急車を呼んでくれた方の話と、ネットの履歴をドッキングした時だった。しかも映像を動画投稿サイトに送っている。ご丁寧に『渾身の作品です!』なんてメッセージも添えている。
「いつの間に?」
頭と下半身がもぞもぞしながら、行き場を失った名無しの二ートは、置いてあったゲームソフトを踏みつけた。ビニールで梱包されたパッケージ、中身のDVDまで亀裂が入っている。四千円がパアである。
「ぎゃあああああ」
しばらくしてから、とりあえず問い合わせしてみることにした。
「いつもお世話になっております。株式会社ピョンタの野崎です」
素人の一芸発掘を試みる、奇抜で流行りの社名である。
「あっどうも、ええと、『二ートボール』という動画を投稿させてもらいました者で」
「はいはい、名無しの二ートさんですね。拝見させていただきました」
現実社会でもあまり使うことがないのだから、本気で名無しの二ートに改名しようかと思いながら、唾を飲んだ。
「大変申し訳ないと存じ上げておりますが、酔った勢いで投稿してしまい、その、覚えていないと言い
ますか、そのつもりはなかったのもありありかな的に考えているのでありまして」
日本語としてちゃんちゃら可笑しい。しどろもどろのしゃべりで、自分の発言を反省し、頭が余計にこんがらがったのではあるが、要は動画の投稿は無しにしてほしいのだ。
「何を言っているの~」
「あ、いや場違いだったと言いますか……」
名無しの二―トがちゃんと説明しようとしたのを遮るかのように、
「丁度こちらからも連絡しようと思っていたんだけどね」
初めて会話した人間とは思えない馴れ馴れしい態度である。名無しの二ートは頭を抱え、怒られるなとたかをくくった。
「すいません」
「謝らなくて良いよ。『二ートボール』は社内でもすごく評判が良いんだから」
「へっ?」
一番気に入っているのは僕だと野崎は付け足す。
携帯電話の液晶画面を見つめた。あるのは萌えキャラの壁紙に通話時間である。
――この人は、誰かと間違っているんじゃね?
「自信もって。先程連絡しようと言ったのは、動画配信して投票するための許可を頂こうと思っていたんだよ」
手元にビール、医者には七日間の禁酒が義務付けられている。プルリングに人指し指を引っかけた。
――関係ねえ!!!!!!!!!
プシャ~、ゴクンゴクン。イッキした。
ハァハァ…… ガァーップ。汚らしいゲップである。
「食事中だったかな?」
明らかな引き気味の声に労わりの精神も感じつつ、慌てて何でもありませんと弁解した。
「あの作品を、動画配信ですか?」
「そうだよ。自分の面白さがわかっていないのかもしれないな。でも、そういう人程才能があったりするんだ」
無言、野崎は続けた。
「ふり幅ってやつ。お笑い界の大御所のエイトビートたけしも熱弁していたし、エイティーエイトの岡本も、実は大人しいんだよ」
野崎の言う、前者のそれは名無しの二ートもネット動画で見た経験があった。弟子の入団基準の話であり、前に出る芸人ではなく、控え目な芸人から入団させている。自らの性格が人見知りであるかららしい。
「現実が充実しているから面白いってのは幻像なんだ。わかってほしいな」
――それじゃあ、自分は充実していないって言われているようなもんじゃないか!
「そう、ですか」
「迷っているならやるべきだ。ね、やってみよう」
ごり押し、持ち上げられて気もと良くなり、やってみようって気になった。
「はあ」
「決まり! じゃあ友達にも宣伝しておいてね。口コミも大事だから」
「ええ、まあ」
曖昧な返事をした後、電話は切られた。
――友達なんていないっつーの。げっ、問題はそこじゃないな。
自分って実はかなりすごい? ぐっ、でも動画の内容覚えていない……
頭を垂れ、心の中でマッチポンプしている内に、下半身のもぞもぞは消えていた。
「てか、どんな動画か見ておこう」
名無しの二―トはパソコンに向かった。