3話.いらぬ記憶
目が覚め、名無しの二ートが寝かされているのは病院のベットである。
――てか、さっき起きた気もするけど、やっぱ作業していたのは夢だったのか。たまにあるんだ、夢と分っていて行動すること。
呑気に考え、
――なぜここにカメラがあるんだ? まず何で病院に?
消毒液の匂いが鼻を付き、後頭部に鈍痛がある。瘤の部分が禿げていないのを確認して安堵する。カーテンの向こうからうめき声が聞こえて来た。
「本当に記憶がないのですか?」
書類を持った看護婦から事情徴収を受け、そう尋ねてきた。
「はい」
「どの辺りから?」
「今日の朝から今まで」
妙に魯鈍な口調が、自ら発した言葉ではない気がする。
「では、救急車に運ばれたのも知りませんね?」
さっきから、下を向いて目を合わせようとしない。俯いて除き見ていた名無しの二―トはハッとした。
――自分の名前を思い出せない!
思い出す時間も与えられず、どうなのですか? と急かされる。
「ど、どこで?」
「質問に質問ですか……その様子だと忘れていますね? 土端坂です。近隣の住人から連絡が入ったんですよ」
若干、雑に扱われているのだから、交通事故ではないなと勝手に思った。
検査スケジュールを事務的に説明し、去っていった。
「はぁああああ」
吐息、うっとりした表情でフリーズする。名前なんて、どうでも良くなっていた。
看護婦が女の子そっくりだ。好きだった子に。
――イケるイケるイケる! 何に? よくあるじゃん。好きだった子がお見舞いに来て、記憶を失った主人公を看病するドラマ。記憶を取り戻そうと、大胆な行動に出る彼女。
しかし、看護婦はかなり年下だった。急に落胆が襲ってきた。
物心ついた時から付き合い始めた腹の贅肉のせいで、好だった子と付き合えなかったことがある。断腸の思いで呼び出した女の子は告白している間、耳を塞ぐ勢いであからさまに嫌悪を態度で示していた。
「私太っている人ダメなの」
と言って、腹をガン見した。普通断ったら申し訳ないって態度を示すものじゃないのか。俯くならまだしも、ガン見である。
つきあっているのは彼女ではなく腹の贅肉だ!
だから君が浮気相手にはならないんだ!
――運命の再会なんてありえない……ガーン、じゃなかった。そのリアクション古過ぎ。俺涙目でしょ。
最近、特にこうした妄想を膨らませ、過去の記憶を辿っていかないと、時間が過ぎていかない名無しの二ートは、黒歴史の引き出しの多さにおいて、誰にも負けぬと自負していた。
「モテたい……」
呟いて、布団を被る。ある萌えキャラ満載の漫画家も同時に浮かんできた。
――モテキ先生の漫画なら全部もっているけど。モテ期なんてなかったし。
早くも人生諦めモードで、そう思ったタイミングを見計らったかのごとく消灯である。夕食を食べた覚えがなく、記憶もなく、もちろん彼女もない。あるのは自由な時間だ。
――この後、ネトラジ始まるのに。運も味方につかないのかよ……
名無しの二ートは、暗闇の中で腐った。豚声の鼾を聞きながら、朝が来るのを待っていた。