2話.投稿作品
目の前にあるデスクライトの、関節の役割を果たしている六角ネジ、顔の輪郭はこれにそっくりである。針を刺せば破裂してしまいそうな頬が真っ赤に染まり、鼻息が荒い。身を引けば遠近感が狂いそうになる、まるまる太った体。どこかの公園だろう。モーグルの練習所のように凹凸のある坂下にカメラが固定されている。
「ど、どうも名無しです」
聞き取りづらい早口である。で、恐らく編集したのだろう、黒画面が挿入される。
蛾次郎が椅子に仰け反った矢先、体育座りの状態で体を丸めた名無しが坂の上に居た。
「オチが予想できるのだが」
険しい視線を向けられた。野崎は無言でディスプレイに手のひらを向けた。
『いくおぉーーーーーーー!』
もはや奇声である。ネットに詳しくない者なら、行くぞ、若しくは、行くよ、を言い間違えてそのまま気付いていない馬鹿としか思われないだろう。
最高速度が出たところで大きくバウンドし、地面に不時着した。チラリと見える横顔は苦痛にゆがんでいる。動けるまで丸まって耐えていた。
全身、土と枯れ草まみれで鼻血が垂れているのにも関わらず、拭おうともしない。
『これぞ二―トボール!』
高らかにガッツポーズをした。のに肩で息をしていて、目が完全に死んでいた。
今度は画面から見切れて、紙を拾った。自ら書きましたと自慢気に紹介する美少女を写す。オリジナルなら正直……上手い。アニメ全開の大きな目なのに、妙にリアリティーがあって、かつ大衆向けの絵である。
また黒画面。
坂の上で自作美少女を眺め、
『キェ―――――! キタキタキタァーーーーーーー!』
もう奇声を超え、騒音だった。カメラの前を通りがかったブレザー姿の学生四人と思われる声も混入していた。
『あれ、ヤバくね?』
『めっちゃヤバい』
『完全にイッちゃっている』
トドメが、
『死ねばいいのに』
で大爆笑した。
聞こえていない名無しは構わず転がった。
『元祖二ートボール!』
『きめぇ』
『君達、帰って勉強しなさい』
名無しは恐らく学生に向けて忠告した。
『お前に言われたくねえよ』
口調から険悪ムードではない。むしろ仲良くなれる空気である。
大幅にカットされ、日が沈んでいるシーンにシフトした。学生が居なくなった代わりに、猫の鳴き声が聞こえて来る。
「もういい。時間がない」
蛾次郎はこれ以上、見なくてもわかり切っていると言わんばかりで立ちあがった。
「待ってください。後一分ですから」
「聞こえなかったのか? そんなに見てもらいたいなら、投票に回せ」
今回初の投稿映像オーディションは最終的に、ネット動画の視聴者投票でグランプリが決まるようになっていた。
「良いんですね?」
彼の後姿へ問いかけ、小さい声で、
「何度も言わせるな」
――キタァーーーーーーー!
野崎は心の中でそう叫び、一人で恥ずかしくなった。