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キミの星のうた  作者: 溟翠
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墓守の家

 デューンの父グル・クリュソワを、ドーレマは小さい頃から知っている。

 墓守の家のコンサバトリーには、お隣の火葬場の職員たちや、墓地へまじないに来る呪術師たち、墓参客、第五大学の関係者など、いろんな仕事人たちがしょっちゅう出入りしている。グル・クリュソワも散歩がてらぶらりとやってきて、パトスじいちゃんとチェスの勝負をして遊んでいた。火葬場職員の公務員錬金術師たちがグルを『師匠』と呼んでいたから、ドーレマも同じように『師匠』と呼んでいた。

 昔からとっつきにくそうな変人錬金術師だと思っていたグル・クリュソワ師匠が、意外にも器用に手を添えながらレイヤを見守る。感情をあまり表わさないだけで、本当はレイヤのことも、子や孫たちのことも、愛しているのだ。



 火葬場の隣にパトスが建てた温泉付きの家で快適に暮らしてきて、いまでは墓守の仕事を与えられているプロの呪術師ドーレマ。高校時代までは、友人たちもほとんど、墓地北側に隣接する町の住人だったから、かれらの暮らしや精神性みたいなものは、ドーレマにはとくに違和感もなかった。

 呪術学部で学んだソーラーシステム第五大学も、墓地から丘を南側へ下って遊歩道を回ればすぐのところだし、社会人になるまで、いま思えば狭い世界の住人だったのだ。たまに大学都市方面の街へ呪術の仕事に出かけるときに、そんなふうに感じることがある。なにが違うかといえば、〈生きている人々の世界〉と〈死者に近い世界〉の違いなのだと思う。


 墓守の家に出入りする仕事人たちは、いずれも死者にご用がある人たちだ。北側の集落の人たちや第五大関係者たちは、用がなくてもぶらりと遊びに来るだけなんだけど、ただのおしゃべりのためにわざわざ墓地まで足を運んでくる人たちだ。

 自分たちはこの世の端っこに引っかかっている墓守の家にいて、両界を行き来している。

 デューンは、尊厳死カプセルの開発に携わる錬金術師だし、やはり境界に近いところにいる。



 学生時代、呪術学部のドーレマは、大学の全学部共通基礎科目の占星術学の大講義室で見かける錬金術学部のデューンに憧れていた。彼が師匠の息子であるとわかって驚いたのは、パトスじいちゃんのお葬式のときだった。

魂帰たまがえし式〉の呪術を引き受けてくれたレイヤが、お葬式当日、雑用係として娘のグリンと息子のデューンを連れてきた。

 大講義室では一度も言葉を交わしたこともなく、すでにそれぞれの専門課程へ分かれていたドーレマとデューンは、それをきっかけにつきあうようになった。

 いまから思えば、きっとじいちゃんがふたりを引きあわせてくれたのだ。ドーレマを成人するまで育ててくれて、愛が途切れないように、デューンへバトンタッチしてくれたのだ。



 墓地に捨てられていたドーレマを拾い、育ててくれたのがパトスじいちゃんだ。公務員呪術師だったパトスは定年後、北部霊園墓地の嘱託墓守として働いた。火葬場横の敷地に立派な家を建て、現役の頃に同じ墓地で拾ったもう一人の捨て子モイラと一緒に、庭にバラをたくさん植えて(後に東隣の空き地へもバラ野原は拡大してしまう)穏やかに暮らしていた。

 ふたたび捨て子を拾い、今度はモイラも家事ができるようになっていたから、ふたりで愛情を注いで育てた。その子がドーレマだ。


 拾われた時ドーレマはおそらく生後半日~一日ほどで、生きてはいたが弱っており、泣き声を上げていなかったらしい。北の町へ下る道沿いの家に、少し前、男の子が生まれてピロスと名づけられ、誕生祝いの呪術をパトスが執り行なっていた。拾った赤ん坊を抱き、ミルクを分けてもらいにその家を訪ねると、ピロスの母親は躊躇なく服を開き、捨て子に乳を含ませた。

 赤ん坊はものすごい勢いでお乳をガブ飲みする。ピロスの母親も父親も、パトスも、思わず笑ってしまいながら、涙もこぼれた。必死に生きようとしている小さな命。パトスはモイラのときと同じように、この子を神様からお預かりして育てようと決めた。



 知的障害のあったモイラは、いつも無表情だったけれど、教わったとおり言葉を話し、日々の仕事もできた。それでも、学校へはとうとう行けなかった。小学校の入学式のとき、それまで感情を表わしたことのなかったモイラが、大泣きしてパトスにしがみつき、教室へ入ろうとしなかったのだ。

 当時市街地に住んでいたパトスの家にも友人や仕事仲間がしょっちゅう出入りし、みんなモイラを可愛がってくれて、モイラも人見知りするほうではなかった。大人たちばかりでなく、同年代の友達ができればモイラももっと楽しいかもしれないと考えて学校へやることにしたのだが。

 教室の手前で激しく泣きじゃくるモイラの表情に断固拒否の意志を読み取ったパトスは、無理に集団生活の中へ放り込むのは可哀想かなと思いながらも、正直途方に暮れてしまった。そしたら、校長先生がやってきて、パトスとモイラを抱きしめた。

「頑張って乗り越えていかなくてはならない試練もありますが、無理に我慢しなくていいこともあります。モイラちゃんをおうちへ連れて帰ってあげてください。あとで担任と一緒にお訪ねします」

 ひっくひっくと泣き続けるモイラの肩をリズミカルにトントンしながら、パトスは、

〈きっとこれでいいのだ。教育を受けさせるより、この子の生き方に寄り添っていてあげよう〉

 と考え、なんだかさっぱりした気分にもなっていた。

 その日の午後、小学校の校長と担任の先生が〈家庭訪問〉してきて話し込んだ。

 結局、年齢的にはモイラが中学生くらい、パトスが役所を定年退職して北部墓地に家を建て、移り住んだ頃まで、週1~2回ペースの〈家庭訪問〉が続き、先生たちが交代でモイラに読み書きを教えに通ってくれた。途中からは同学年の生徒を何人か連れてくるようになり、一緒に勉強につきあってくれて、モイラにも〈友達〉ができた。モイラがあんなに激しく感情を表わしたのは、後にも先にもあの一度きりだった。


 教室の引き戸という境界線を越えることはついになかったモイラだが、どういうわけか、ドーレマの入学式にはじいちゃんと一緒についてきて、若いお母さんみたいにすまし顔で保護者たちの輪に黙って加わっていた。

 

 ドーレマにお乳を飲ませてくれた家の子、ピロスも、両親とともにやはりしょっちゅうご近所の墓守の家へ出入りしていた。ドーレマの入学式のときは、ピロスとその両親も一緒だったから、モイラの心にも安心感があったのだろう。

 小学校の卒業式と中学校の入学式には、モイラは今度はちゃんとピロスの両親と誘い合わせて、じいちゃんと並んで出席してくれたのだ。

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