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キミの星のうた  作者: 溟翠
23/25

石さんたち

 ぴっちぃがアルチュンドリャを通して神様方から預かり、持ち帰った石さんたち・・・。


 墓地での出来事を聞いたデューンは、ありのままを受け入れた。科学者の端くれとはいえ、デューンは錬金術師だ。近代科学以前の思考法を理解しているからではなく、近代科学の方法を超越して、さらに未来の科学を切り拓いていくのだ。そこでは、この世とあの世との境界をも突き抜ける新しい経験も排除されないはずだ。

 ドーレマは墓守の呪術師だから、因果律による論理では説明のつかない不思議な出来事には、とりわけ墓地での経験には慣れている。ぴっちぃの報告を、デューンよりもっと自然にありうべきこととして受け入れることができる。



「ドーレマへの石・・・なにか身につけられるものを作ろう」

 デューンとぴっちぃがヒソヒソと相談する。

「出来上がるまで秘密だ。楽しみにしててね」

「ええ。お願いするわ。ありがとう、デューン、ぴっちぃちゃん」


 デューンは濃いシトリン水晶の石を加工して、ドーレマのためにピアスをこしらえることにした。細かい作業だけれど、石を二つに割ってそれぞれ可愛いハート型に成形する。ネプチュン鳥島のリトスロドエイデースネプタイト石を削って繊細な枠とポストを作り、くっつける。ピアスキャッチもやはりリトスロドエイデースネプタイトで。

 加工作業中、ドーレマはフュリスを連れて外のビイル薔薇畑をお散歩する。ここに滞在している間、ママ友もできたし、ネプチュン鳥さんたちとも仲良くなれて楽しい。



「見かけによらず器用なんですね、デューンさん」

「え? おれ、不器用そうに見える?」

「ノーコメントで・・・」

「どちらかというと化学系が得意だけど、いちおう冶金技術も習得してるんだよ、錬金術師の基礎だから。結婚指輪も手作りしたし〈とーちゃんにも手伝ってもらったけど・・・〉」

「ふんふん。そして錬金術師の真骨頂といえば、人格変容の過程を物質変成に仮託し、魂を完成そして救済へ至らしめるオプス(opus)すなわち秘儀なる作業ですね」

「ぴ・・ぴっちぃちゃん・・・よく知ってるね。一言でいえばまあそうだけど・・・」

「論理体系の制約下にある言葉によって記述しきれる術ではない。オプスとラングの相性ってあまり良くないんですよね」

「う・・うん」

 ぬいぐるみのくせに要らんこと知っていやがる。


 デューンがここで用いたのはトランスジュピタン錬金秘術の技法だ。世界のどこか遠くで暮らしているかもしれない、いやもっと遠くのあの世にいるのかもしれないが、ご両親の祈りの子守唄をドーレマの耳に届けてあげたい、とデューンは願う。



〈イヤシノタマノカケラ〉サファイアブルーの石については、グリンが家でも職場でも使えそうな事務用アイテムがすぐに思い浮かんだ。これをアクセントにした実用的なペーパーウェイトを作ろう。透き通ったバラ色のリトスロドエイデースネプタイトをベースに、優しい形にカットしたサファイアを()め込み、タフな作業にも耐えられるよう表面をコーティングする。グリンの手に馴染むよう、全体の大きさや形も工夫して。

 仕事と家事育児で疲れ果てているグリンの魂を癒やす愛用品となりますようにと、ぴっちぃも心を込めて手伝う。こちらの作業にはドーレマも加わった。

 グリンもレイヤもプロの呪術師なわけで、子どもたちが安心して大きくなれるよう、必要なまじないは足りているはずだから、ドーレマからは、お手伝いを捧げます、っていうくらいだけど、少しだけ、まじないを添えた。

〈アルチュンドリャとーさん、姉ちゃんの魂を守ってあげてくださいね。ヒュィオスはきっと大丈夫。ヒュプノもいい子です〉



 ジュピタン様からのデューンへの贈り物は・・・今はまだ扱えないと思う。尊厳死カプセル開発の最終段階において、この世とあの世、両方の世界から第三の次元へ跳躍を遂げるときが、この小さな砂粒の出番だ。それまで、このかわいい巾着袋に入れて、大切に持っておこう。



 ✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼



 ネプチュン鳥島での仕事を終えたデューンたちは、ナオスガヤさんに会社の資料室へ案内され、アルチュンドリャの遺品と対面した。

 12年前、アルチュンドリャの実家で見つけて読ませてもらった20冊ほどのノート。アルチュンドリャが亡くなったとき、社長室にあったものを遺品としてナオスガヤさんが実家へ運び、ご両親も亡くなって、再び会社へ戻ってきたものだ。


 これらのノートがきっかけで、デューンたちの研究は大きく前進したのだ。青ペンの字で化学式がびっしり書き込まれているノートたち。デューンがシャーペンで落書きした〈希望〉を表わす中世錬金術のシンボルも残っている。

 デューンはもう一度、アルチュンドリャの筆跡を指先で撫で、最後のノートを胸に押し当てて目を閉じる。


「ロージーさんによれば、フォーチュンくんは字がぐちゃぐちゃだったそうだけど・・・」

 ナオスガヤさんの言葉にデューンはくっと笑いがこみ上げる。フォーチュンドリャの字が汚かったことは、ロージー夫妻から聞いて知っている。以前、グリンの何気ない佇まいがフォーチュンドリャに似ていると言っていたメカノフさんに、

『フォーチュンドリャさんはどんなかたでしたか?』

 ときけば、

『字が下手で・・・』

 まずそこか、と皆で吹き出したのだった。

「だけど、アルチュンはきれいな字を書く奴だったんだ。このノートは数字と記号だけだからあまりわからないかもしれないね。アルチュンの書くネプチュン文字は美しかったよ」

 いや、数字と記号だけ見ても、それはよくわかる。そして・・・

 最後のノートには、たった一文だけ、〈言葉〉が書かれているのだ。数字と記号だけの化学式の行間に、あのときデューンが見つけた。グリンはそれを見て泣いていた。


〈償えるものなら〉


 バラ中のため指先も震えていたのだろうか、達筆だったはずのアルチュンドリャの字がグラグラしていた。かれの孤独な魂の素顔がふと浮かんで見えるようで、哀しかった。

 ナオスガヤさんも、その一文を見つけていたのだろうか? これらのノートは手控え用のメモで、ちゃんとした実験記録は最初から会社の研究室に置かれているし、折にふれて参照もされている。ナオスガヤさんも、わざわざこんなメモをじっくり読んだりしていないかもしれない。でもデューンは、きっとナオスガヤさんも知っているのだろうと思う。ナオスガヤさんも、アルチュンドリャの苦しみを一緒に背負い、ネプチュン鳥島人社会のバラ中禍を克服するために戦い、次世代へ希望を繋いでいくために頑張ってきたのだ。



 アルチュンドリャがレイヤと愛し合い、離れ離れになるとき交わした、ジュピタン産鉱石の〈たま交わしのまじない石〉も、社長室のデスクから実家の机へ、そして再びここへ移され、保管されている。片割れはレイヤが持っている。デューンが生まれた頃にはすでにレイヤの石は事務用品のひとつになっていた。ペーパーウェイトにちょうどよい形と重さなのだ。呪術師はいろいろな場面でペーパーウェイトをよく使う。

 無事に再会を果たせたなら、お礼のまじないをかけて元の一つの石に戻すところまででワンセットの呪術なのだが、それは元来、戦地へ赴く兵士と家族の間で交わされるまじないを起源とするからだ。時代とともに意味のバリエーションが増えてきて、ホスピスの患者と家族の間でも交わされるようになった。その場合は、片方があの世へ隔てられるわけだから、最後のまじないをかけることはできない。片割れどうし二つ揃った石は遺品として遺魂いだまとともに遺族の手元に残ることになる。

 レイヤとアルチュンドリャの石たちも、とうとう一つになれなかった。まじない石は、その意味を聞き知っているナオスガヤさんの心にも、切ない思いを抱かせる。


 ドーレマは石を触らせてもらった。 

「こちら側の石にはレイヤさんの魂の一部が載っているのですね。アルチュンドリャさんが亡くなったのは隣島の刑務所だったそうですが、息を引き取る寸前、アルチュンドリャさんの魂がレイヤさんの夢枕に立ちました。この石がふたりの魂を中継してくれたのでしょう」

 夢枕の話をデューンはレイヤから聞いている。そのおかげで、アルチュンドリャは死の間際になって初めて、子どもの存在を聞かされ、レイヤとグリンのために神に祈ることができたのだ。

 

 ドーレマがその石に新しいまじないをかけた。呪文は古代ジュピタン語だったからナオスガヤさんには理解できなかったが、直訳するとこうだ。

『あなたは大切な役割を果たしました。アルチュンドリャさんの魂とご一緒に、安らかにお休みください』


「ナオスガヤさん、私たちは明日、もう一度お墓参りをしてから帰ります。そのとき、この石をお墓の前の土に埋めます。レイヤさんの魂のカケラを、アルチュンドリャさんの魂のそばへ置いてあげましょう。よろしいですか?」

「そうしてあげたらアルチュンも喜ぶだろう。ドーレマさん、ありがとう」

 また泣いてる。歳のせいか、涙腺に締まりがなくなってきたナオスガヤさんだ。

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