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キミの星のうた  作者: 溟翠
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あのとき・・・

 ロージーはふと、あのときフォーチュンドリャはもしかしたら病気のことを自分に打ち明けようとしていたのではないか、と思い出す出来事がある。出来事、といっても何かが起こったわけではなく、ただいつものようにおしゃべりしていただけなのだが。



 実家にいた頃。ロージーの部屋のテラスから見える海・・・フォーチュンは、この角度から見る海が好きだと言っていた。サファイアブルーの海の硬質な色が、手前のビイル薔薇畑とのコントラストの加減だろうけど、自分の家から見るより深くてとてもいい、と。この島の周りは360度、海。水平線の向こうは、空。どこんから見ても同じじゃないか、とロージーは思うけれど、それぞれ心地よいと感じる相性のよい方位があるのかもしれない。



『ぼくたちネプチュン鳥島人の祖先は、大海原をく民族だったんだよ。海の果てに、ここネプチュン鳥の楽園を偶然みつけて、おじゃますることになった。海の神様は、人間がこの島に生きることを許しているんだろうか?』

『海の民のわりには、あなたは船酔いするじゃない。学生時代いちど一緒に帰省したときは、そりゃもう凄まじかったわよ、フォーチュン。私にはほとんど揺れも感じられないくらい、ちゃんとしたフェリーだったのに、普通に話ができたのは最初の10分くらい。あとはずっと吐きっぱなし』

 そのときのことを思い出すと、洒落にもならないけど、可哀想なんだけど、もう笑っちゃうくらいだ。フォーチュンはへべれけに船酔いして、港へ迎えにきた父親とロージーが肩を貸してなんとか車に乗せた。


『吐くものがないのに吐き気が上がってくるのはきついんだぞ』

『最初にマーズタコへ行ったときは、入試の一週間前に着くように行ったんでしょ?』

『うん。入試前から附属病院で点滴打ってた。入学手続きのときは母さんが一緒に行って全部やってくれた』

『いつもだれかが傍にいて世話を焼いてくれるのね・・・海の民の末裔が船酔い、ねぇ』

『だからぼくはネプチュン鳥島人のできそこないみたいな奴だ』

 ちょっとからかうくらいのつもりだったのに、いつものフォーチュンらしくない、笑ってない目だ。このところ、こんな表情を見ることがたまにある。

『あら? なんだかネガティブね。フォーチュンらしくないわ』

『体調が・・・良くないんだ』

『疲れてるの? 小さい頃からあまり丈夫なほうじゃないものね。無理しないことよ』

『自信がない・・・』

『会社で何かあったの?』

『ううん・・・仕事はおもしろいよ。上司や同僚もよくしてくれる。ただ、この島の限界みたいなのも感じてはいる』

『制度的には問題はあるわね。でも蒸留器メーカーにも関係あるの?』


『法律は変えられても慣習を変えるのは難しい。ネプチュン鳥島人の精神性みたいなものだから・・・』

 島の自然環境と同じく、人々の意識も閉鎖的であること、それはここが不自然に楽園すぎるから、という話、さらにそこからお互いの仕事の話題へと流れていき、フォーチュンは病気のことを言いそびれてしまったんじゃないだろうか、とロージーは考える。


 もしロージーがあのまま〈未婚だけど未亡人〉みたいに独り身だったら、こんなふうにフォーチュンドリャを思い出すことに耐えられなかったかもしれない。

 メカノフと結婚して娘が生まれ、娘も結婚して、遠くで暮らしているから寂しいけど、お互いに元気でやっている。メカノフはこれからも人生をともにする伴侶だ。愛しあう家族がいることで魂が守られているから、フォーチュンといたころの自分が、今の自分と連続しているのに断絶もしていて、思い出しても客観視することができるのだろう。それは哀しいことでもあるけれど、あれから自分たちは何十年も生きてきた。


 ロージーは、デューンを見ていると、32歳で亡くなったアルチュンドリャ、29歳まであと少しというところで亡くなったフォーチュンドリャ、二人の無念さと、半年余りの間に二人の息子たちを天国へ見送らなくてはならなかった彼らの両親の悲しみが、ずしりと胸の奥に迫ってくる。

 同時に、可愛らしいドーレマさんと出会って連れ添い、幸せに家庭を築いているデューンを、我が子のように誇らしくも思う。ドーレマさんは、どんな両親の間に生まれたのかわからないというけれど、呪術師の国家資格を持って働き、デューンと一緒に立派に子育てをしている。それだけで素晴らしいことだ。

 必ずしも、血縁という意味で血が繋がっていなくてもよいのだ。ロージー夫妻も、この子たちと縁を得て絆を結び、心が繋がっているから、それで充分、身内だ。



 フォーチュンドリャについて、メカノフにも心に残っている光景がある。会社のロッカールームでのことだ。メカノフは二期先輩のフォーチュンドリャと同じ設計チームにいて仲が良かった。なにしろ、ぐちゃぐちゃな〈フォーチュン文字〉解読班を率いていたのはメカノフだ。ロッカールームでも着替えながらいつも談笑していた。

 あるとき、勤務を終えて作業服を脱ぐフォーチュンドリャの動きが、一瞬止まったように見えた。他の人はだれも気づかなかったはずだが、メカノフの目、というより心が、何かを捉えたのだと思う。後から考えて計算すると、おそらくフォーチュンドリャがロージーと別れてしばらく経った頃だ。

 一瞬だけ、フォーチュンドリャの細い背中に影が差したように思えた。不吉な予感、かどうかわからないけれど、いいようのない微かな不安がメカノフの心をかすめた。それまでにもフォーチュンドリャはたまに体調を崩すこともあったから、ちょっと辛そうにしていても、

『お疲れ様です。あまり無理しないでくださいよ~』

 などと軽く声をかけていたのに、その時だけはなぜかとっさに言葉が出ず、その姿から目を離すことができなかった。

 視線を背後に感じたのだろうか、フォーチュンドリャが振り返り、目が合った。その目にメカノフは、ゼロ・コンマ何秒かだけ、険しさを感じた。睨んでいるのか、何かを訴えようとしているのか、どこか遠く諦念の境地からシャバを眺めているようでもある、なんともいえず不思議な目だった。けれど、次の瞬間にはいつものフォーチュンドリャの穏やかな眼差しに戻り、

〈なに?〉

 というような表情をして、口元で微笑んだ。


〈あのとき、フォーチュンドリャさんは身体だけでなく、心の具合も良くなかったのかもしれない〉

 別れた恋人が近い将来メカノフと愛し合うことを無意識が予知していたのかもしれない。それから、みずからの寿命も。そして、ロージーが幸せになるよう、自分に託したのだ、とメカノフは思う。

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