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キミの星のうた  作者: 溟翠
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落ちとった

 火葬場の職員、その半数近くを占める遺魂作製人である冶金部門の錬金術師、墓地で葬祭関連の呪術を行なう呪術師・・・墓守の家に出入りする仕事人たちにとって、コンサバトリーはたんに休憩室代わりというだけの部屋ではない。

 かれらは、死という節目の厳粛なイニシエーションの一角を担う。遺族との関わりにおいて、両界を行き来しながら魂の奥深くへ沈潜し、一筋の安寧の光を掬い上げてこの世を生きる人たちへ慰めと癒しを届ける。繊細かつ強靭な精神力を要する仕事だ。その難しいバランス感覚を必要とする仕事人たちが、墓守の家のコンサバトリーで、いわば〈呼吸を整える〉のだ。

 地底の闇へ潜っていく術師を、現実世界から、邪魔にならない、でも心強い命綱を用意して待つ。これは誰にでもできることじゃない。かつてはパトスじいちゃんが、熟練呪術師だからというだけじゃなくて、人間性からくるどこか絶妙な間合いでもって、そんな人たちに寄り添っていた。

 じいちゃん亡きあとはドーレマがその仕事を引き継いでいるけれど、呪術師としても人としても、じいちゃんにはかなわない。実際には、仕事人たちはドーレマにもパトスじいさんと同じく、ちょうどよい距離感で見守ってくれるような人柄を感じてはいるのだが、ドーレマ自身は全然まだまだだと思う。

 じいちゃんはべつにおしゃべり好きというわけではなかったが、お葬式で火葬場を訪れる遺族や、花を買いに立ち寄る墓参客にも『ごくろうさま』『いってらっしゃい』とかいう何気なく交わす挨拶に、見守り、祈る人の控えめな優しさが滲み出ていた。



 墓地からは第五大と反対方向、北の方角にある村の人たちは、とくに用事がなくてもやってきて、バラ野原をぶらぶら散策し、バラの葉っぱの手入れなどしているじいちゃんとぽつりぽつり語り合ったりしていた。

 小さいころはドーレマは、じいちゃんがいろんな人たちとそんなふうに和やかにつき合うことに、社会とつながっている安心と、誇らしさと、ちょっぴり寂しさも感じたりしていた。じいちゃんが自分だけのものではないのだな、と、ふと感じる。いや、そもそもじいちゃんが自分のものですらないのだという現実が、ドーレマの心をすり抜けていくのだ。


 年寄りに育てられたせいか、モイラもドーレマも、何をするのものんびりしていた。たまにじいちゃんからさえも、

『どんくさいのぉ』

 と笑われることもあった。小さい子どもを育てるには体力も要るし、じいちゃんはさぞかし大変だったにちがいないと思うのだが、全然大変そうに見えなかった。大変そうに思ってあげられなかったのはドーレマの未熟さゆえだったかもしれない。

 自分がどんな子どもだったかときけば、

『ドーレマは〈ちぃとあっち向いとけ〉と言えば一日中でもあっち向いとるような、素直な子やったぞ』

『それって、アホとちがうの?』

『まあな』

 普通なら反抗期でもおかしくないような年頃でも、じいちゃんに対して、うっとおしいとか、反発するとか、そんな感情は抱いたことがない。

 しかしモイラに対しては、ほんの一瞬、穏やかでない感情が湧いたことがある。

『モイラ、私が小さいときって、手のかかる子だった?』

 ときいてみた。

『んにゃ。かわいかったよ』

 たぶん大変じゃないはずはないくせに、批判どころか小言の一つも言わないモイラは、きっと、言えないのだ。困ったことや腹の立つことを、胸のなかのどこか秘密の場所に押し込めて、ひとりで黙って堪えているのだ。それがドーレマにはなんだか歯がゆいような、可哀想なような、でもどうしてあげることもできない非力な自分の不甲斐なさが悔しいような、そんな気がした。


 ドーレマもモイラも捨て子だったけれど、じいちゃんから、

『捨てられていた』

 と聞いた記憶はない。

『ワタシ、どこから来たの?』

 ときけば、じいちゃんは愉快そうに答える。

『墓に落ちとった』

 それを聞いてドーレマはケラケラ笑う。

 じいちゃんのその言い方がドーレマは好きだった。折に触れて同じ質問をする。そのたびにじいちゃんは、

『墓に落ちとった』

 と、ドーレマの喜ぶ言い方で答えてくれていた。

 この話をデューンにすると、

「『落ちとった』のどこが嬉しいの」

 と言いつつ、デューンも笑ってくれる。ドーレマは、捨てられたことを棚に上げて、拾われたことを喜んでいたのだ。じいちゃんは、何度きいても『捨てられとった』とは言わなかった。

 じいちゃんの言葉から伝わってくるのは、

〈落ちていた素敵な宝物を拾ったんだよ〉

 という幸運のニュアンス。

 まるで、ドーレマの子ども時代の不幸が〈墓に捨てられていた〉ことの一点に集約されてそれで完了したかのようだ。遺棄されてすぐに死んでてもおかしくなかった赤ん坊を、じいちゃんが拾い上げてくれたところから、幸運が始まった。いつも守られ、大切に育てられ、安心して大きくなった。

 言葉遣いひとつにも、じいちゃんがドーレマやモイラに愛情を注ぐやり方に、その子たちの尊厳がそっと込められていた。じいちゃんが、言葉を選び、ドーレマたちの魂が傷つかないよう守ってくれていたのだな、といまでは解る。


 ふと、自分が産んだ子を捨てる、ということに考えが及ぶ。


 子を産み落としてすぐ墓地に捨てた人は、その前に、その後に、別の子を産んだだろうか? 育てただろうか? 子を産んだのがその一回きりだったのだろうか? それから、その人は生き続けたのだろうか? いまも生きているだろうか?

 小さな小さな柔らかい唇に乳首を含ませることを一度もしないまま、捨てたのだろうか? 湧いてくるお乳で乳腺は張っただろうに・・・ドーレマを産んで捨てた人も、モイラを産んで捨てた人も。

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