40 魔王狩りの時間だ
法理混合『無限龍』。
肉体の再生と破壊を繰り返し、超回復機能を用いて極限まで肉体と魔法の強度を底上げする。
贄を捧げて対価を得ているような感じだ。
だが、この状態は負担が激しいため長くはもたない。
以前使った時の感覚だと精々五分が限度だろう。
それまでに詳細不明な権能を破って殺せるか……?
力押しできる可能性もあるが希望的観測に過ぎない。
出来れば権能を看破して倒したいが――
「――エマ、いるか」
『遅い』
「仕方ないだろ。それより」
『権能のことなら候補はある』
先読みして告げられた言葉に希望を見出しつつも、悠長に話してもいられない。
『嫉妬』の攻撃が激化している。
不用意に受けることはせず回避に専念しての攻防。
権能を用いた癒えない傷への警戒だ。
俺よりも『嫉妬』の動きが早く先読み前提の立ち回りを強要されるが、単調でわかりやすいのに救われている。
「よけないでっ」
「無茶いうなっ!」
振り降ろした腕の軌道上、地面を割って鋭い樹木の先端が生えて天を衝く。
上空へ伸びた木の枝が籠のように編み込まれ、夜天を隙間なく覆いつくした。
「くしざしになっちゃえっ!」
「――ッ!!」
刹那、無差別に降り注いだ光の雨。
ピュン、と軽い風切り音を残して地面を穿つ雫。
腕を貫かれ焼けるような熱を感じながらも、レンカの元へ真っ先に向かう。
既に肩を貫かれていたのか、痛みをこらえるように傷口を抑えている。
そんなレンカを抱えて一時戦線を離脱。
「舌噛むから口開かないで」
短い言葉に頷いたのを確認してから速度を上げる。
踏み出す一歩が荒野にヒビを刻み、空気を固めた足場を渡っての地上も空中も関係ない奔走。
逃げ回る間にレンカと自分自身の傷を治しておく。
振り向けば、総勢七人の『嫉妬』が追ってきていた。
迎撃か、逃避か。
コンマ秒で下した決断をもとに一歩を踏みこみ、
「落ちろッ!!」
顔だけ反転させて指を銃のように構えて『弾丸』を乱射気味に放つ。
機関銃を思わせる速度で打ち出された魔法の弾幕へ、『嫉妬』は躊躇いなく突っ込んでいく。
先頭にいた二人はそれぞれ腹部と右半身に命中し、『崩壊死滅』の効果で残りの身体も崩壊していく。
だが、後続には効果がなく、勢いをそのままに距離を詰められた。
「――っ、下へっ!!」
必死に口を噤んでいたレンカの叫び。
驚きながらも間髪入れずに急ブレーキをかけて真下へと方向転換をした直後、さっきまで身体があった場所を大蛇が過ぎ去った。
アレは……『嫉妬』か?
魔力の気配が同じように感じる。
一秒でも遅かったら今頃二人で腹の中だったな。
レンカが『神託』で見た未来があったから回避できた。
「助かった」
「まだ油断はできません」
「そうだな。あっちもどうやら本気で潰しにかかってくるらしいし」
地面に降り立ってレンカを下ろす。
二人で並んだ先には、空を自由に漂う巨大な蛇。
『嫉妬』の本体……いや、別形態か。
高位の『魔王』の中には姿かたちを自由に変える個体がいると聞く。
『魔王』の最高位、『七本角』ならできて当然。
『――もう、いいや。まとめてたべちゃう。きみたちをみてるといらいらするから』
天からの殺戮宣言。
都市など丸呑みにできそうなくらい大きく口を開けて、露わになる腔内にびっしりと敷き詰められたのこぎりのような歯。
呑み込まれたら最後、生きてはいられないだろう。
「ここで止めないと拙いのはわかるけど……アレは色々無茶苦茶じゃないか?」
未だ看破できていない権能。
討伐困難を超えて不可能とすら謳われる『七本角』の意味をようやく理解してきた。
生物として立っている世界が違う。
あれだけの質量体が都市に突っ込めば防壁は意味をなさないままに破壊され、内部を荒らされることだろう。
「避難も意味がないでしょう。どこにいても変わりません」
「初めから遊ばれてたってわけか」
どうしようかと大蛇を観察しつつ考えていると、
『カズサ、話の続き。『嫉妬』の権能、多分だけどカズサと似てる』
「俺の魔法と?」
『予想だけど、攻撃が無効化されていたのは耐性の獲得。だから何度か当てた後は効かなくなる』
「……なるほど。で、わかったところで俺の魔法は耐性が作られてるのでは」
『突破口はある。メイド服の魔法』
今、エマさんはなんと?
聞き間違いじゃなければメイド服の魔法って言わなかったか?
これを渡してきたのはエルナだよな。
絶対何かに絡んでるだろ。
「――あー、どもども。治療が一段落したので応援に来ましたよーっと」
いつも通り、唐突に背後へ現れる気配と軽い口調の挨拶。
本当はずっと近くにいてタイミングを計っていたのではなかろうか。
「エルナさん?」
「説明はあるんだろうな」
「そりゃもう、そのために来たので。刻印の魔法は『適者世存』。法則に対しての抵抗をゼロにして馴染むための魔法です」
「わかりにくい。簡潔に」
「無敵貫通特化です。『嫉妬』みたいなのには効果抜群かと」
「……それ、もっと早く伝えてくれよ」
「乙女の秘密は簡単に明かせないんですー!」
べーっと舌を出して反論するエルナ。
可愛くないし殴りたくなる笑顔もやめろ。
てかこれエルナの魔法なのか?
「でもでも序盤じゃ使えませんでしたよ。それは差が大きいほどに効果を発揮するやつなので」
「今なら通じるってことね。で、それを出ていく前に言わなかった理由は?」
「ヒーローは遅れて登場する――あいたたたっ!!!? ほっぺちぎれるっ!?」
都市の危機を前にふざけたことを宣うバカに天誅したところで、引っ張っていた頬から手を放す。
『適者世存』なる魔法の効果が本物なら、勝機が見えてくる。
『嫉妬』の方がまだ干渉力は上だろう。
なら、外側からの攻撃は効果が薄いか。
……となると、体内に侵入して荒らすのがベターになる。
あの口に突っ込むの? 普通に嫌なんだが。
『がんば』
「他人事だと思ってるだろ……」
専属オペレーター様も背中を押して……もとい、突き落としているのでそういうことだろう。
無駄死にに繋がる行動をエマ見逃すはずがない。
これが最善、最悪を一歩手前で止めるための最終手段。
「まあでも、やることは変わらない。『魔王』を殺すために全力を尽くす。それが魔王狩り――俺たちのプライドだ」
覚悟は決まった。
後悔も無念も残さぬように。
「――いってしまうのですね」
「ああ」
「……待っています。必ず帰ってきてください。じゃないと、許しませんから」
レンカにも色々と言いたいことが積もっているのはよくわかっている。
だけど、それは全てが終わった後にしよう。
「約束。大丈夫、必ず戻ってくる」
「……はい」
小指を絡め指切りをして、前へ。
その隣へ並ぶ気配。
「ボクもお供しましょうか」
「いや、レンカを頼む。流れ弾から守ってくれ。できるだろ」
「お姫様の護衛ですか。任務貰っちゃっていいんです?」
「バカ言うな。補佐じゃ不満か?」
「人使い荒いですねー。まあ、いいもの見れた分でチャラにしときますよ。メイド服、案外似合ってるじゃないですか」
ケラケラと笑いながらエルナは隣を離れ、レンカの元へ。
エルナの隠密性と機動力であれば逃げるくらいは造作もなくこなせるはず。
『半径五キロ範囲内に敵影なし。邪魔は入らない』
「眷属も?」
『ん。内部は他に任せて。エマたちは集中』
「了解。いつも通り頼む」
返ってくる声は普段と同じ平坦なもの。
緊張も不安も感じられない。
ここが正念場。
都市の全てを背負ってここにいる。
さあ、いこう。
「――魔王狩りの時間だ」




