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37 ばけもの

1000pt感謝!



 逃げる。

 十歩でも、一歩でも遠くへと走る。

 脇目も振らずに走って、走って、走る。


 シェルターでは他の人を巻き添えにしてしまう。

 私が目的なのであれば、きっと追ってくる。


 夢でカズサさんを殺したのは、さっきの女の子でしょうか。

 だとすれば……いえ、考えないようにしましょう。

 私が信じていては夢も現実になりかねません。


 とにかく今は遠くへ。

 誰の目にも止まらない場所へ。


 都市の内部には逃げられない。

 外側へ、できるなら都市から出てしまいたい。

 念のため敷地内にある北門の様子を見に行くと、都合がいいことに門は破壊されていた。

 門番を務めている軍人の姿もなく、電線の切れた照明がチカチカと明滅している。


 この門を潜れば都市の外。

 きっと、誰も助けには来れない。


「……それでも、私は」


 逃げて、生き延びなければならない。

 あの少女に血を分けてはいけないと予感がある。


 こんなところで死にたくない――死ねない。


 今、この瞬間も誰かの命がなくなっている。


 私が大人しく死んでいたら救えたものだ。

 それを私は、私の意志で拒んだ。


 まだ、お別れもちゃんとできていない。


「怒られる、でしょうね」


 脳裏に思い浮かぶのは家族、皇宮のメイドたち、そして数少ない友人と呼ぶべきカズサさんとエマさん。

 あと、エルナさんも。

 ……思ったより少ないですね。


 でも、きっと。

 数の大小なんて関係なくて。


「――みーつけたっ」


 それは、いつの間にか道を阻んでいました。

 傷跡が一切なく繋がれている首。

 彼女は年相応の少女同然に無邪気な笑みを浮かべて、上目遣いで見つめている。


 一見して人と変わらない。


 でも……『魔王』だ。


「おにごっこ、おわり?」

「……ええ、そうですね。逃げ回るのも無駄みたいですし」


 目的も果たしましたし。


「一つ聞かせてほしいです。私の血を取り込んでどうするのですか」

「えっとね……戦争?」

「……え」


 予想外の答えだった。

 思わず思考が固まる。


『魔王』が戦争とまで言う相手?


「だって、あいつじゃまなんだもん。みんないっしょに、あいつをほろぼすの。そのためにちからがいるの。これでいい?」


 ソプラノボイスで紡がれる狂気の宣言。

 彼女が言うあいつもみんなもわからないけれど……まともじゃないことだけは理解できる。


 理解不能、支離滅裂。


 恐怖に脚が竦む。


 間違いなく死ぬ、それ以外の未来が見えない。


「しつもんにもこたえたし、もういいよね」

「――っ」



 ■



 いつかはバレると思っていた。

 早いか遅いかだけのこと。


 駆ける。


 気配を追って、沸騰しそうな感情を抑えつつ駆ける。


 崩壊した学び舎。

 人気が消えた敷地内を闊歩する人型樹木の眷属を片手間に捌いて進む。

 枯れ木のような死体も転がっていた。


 心の中で黙祷をささげつつ、走る。


「……思ったより遠いな。というか、これ外まで出てないか」


 想定よりもずっと早い。

 レンカが全力で走れば訓練校の北門まで時間はかからないか。

 眷属に邪魔されなかったのは、ひとえに主人たる少女の意向だろう。


「エマ。レンカの居場所はわかるか」

『北門の外。侵攻で崩れたから通り抜けられる」

「やっぱりか」


 予想は当たっていたらしい。

 どうやって居場所を特定したのかは謎だ。

 多分インカムに発信機でもついている。


 向かうは北門。

 文字通りの死闘を続ける軍人と眷属を横目に、ひたすら足を進める。

 そこで救えるかもしれない命を切り捨てて、走る。


 やがて外と内を隔てている北門へ辿り着く。

 堅牢に聳えていた門はしかし、今や見るも無残に崩れて大穴が開いていた。


 無限に広がる荒野。

 だが、そこは眷属が埋め尽くしている。

 樹木の眷属は幹を軋ませて嗤っているように思えた。


「ああ……邪魔だな」


 ふとついて出た呟き。

 自然と手に力が籠る。


「道を阻むな、三下」


 踏み出す。

 同時、手を横薙ぎに振るう。


 白い閃光が迸る。

 眷属の幹に刻まれた傷跡から崩壊が始まり、数秒で魔力の粒子へと変わり月夜に溶けていく。


 開けた道、早く通らなければ次が来る。


「迎えに行こう」


 久方ぶりの外。

 死が渦巻くそこは、人間が長く生きられる環境ではない。


 人知を超えた絶望の使徒『魔王』が闊歩する死んだ世界。


 外には高濃度の魔力が充満する汚染地帯もある。


 人間が立ち入るにはあまりにも危険な場所。


「……散歩にしては殺風景なのが玉に瑕かな」


 とはいえ、外は慣れている。


 道なき道をひた走り、魔力の残滓を辿る。

 残留具合からして時間は経っていないはずだ。


 戦闘が行われた形跡もない。


 抵抗するまでもなく連れ去られたか、あるいは。


「信じるしかないな。それに……権能も不明なままだ」


『魔王』と戦うなら権能への対策は必須。

嫉妬(エンヴィー)』――『七本角(セプテム)』が相手なら尚更。


「エマ。権能について情報はあるか」

『ん。魔術で癒えない傷。植物型の眷属。首と胴が離れても死なない。わかってるのはこれくらい』

「詳しいことは不明か」

『『七本角(セプテム)』の情報は少ない。これでもあるだけマシ』


 それもそうか。

 目撃証言自体が極端に少なく、情報を持ち帰れることはもっと稀。

 幸い、判明している権能らしいものに関しては対処可能だ。

 ……即死しなければ、という枕詞はつくが。


 全部がバラバラの権能だとして三つ。

 他の四つは何だ?


 不確定要素が多すぎる。


 思考を加速させつつ走り続け――その影と大地に広がる巨大な魔術陣を見た。

 紋様の中心に二つの姿がある。

 一つはレンカ、気を失っているのか仰向けに寝かされたまま動かない。

 もう一つは『嫉妬(エンヴィー)』。

 両膝をついて、祈りを捧げているように見えなくもない。


「対象補足。これより戦闘に入る」

『りょ』


 短い応答を聞き届け、魔術で刃を生みだす。

 刻印を刻み『崩壊死滅(コラプテッド・モルス)』を発動。

 そのまま勢いを乗せて振るった刃が再び少女の首を斬り裂いた。


 くるりと生首が宙を舞うのを背にレンカを起こす。

 傷はない。

 単に眠らされているだけのようだ。


 軽く肩を揺らして声をかけると、閉じていた瞼が薄っすらと開いていく。


「……んぁ、カズサ、さん?」

「それ以外の誰に見えるのさ……と、お喋りしてる暇ないんだった。立てる?」

「大丈夫です……っ」


 ゆらりとレンカが立ち上がる。

 意識も問題なさそうだ。


 ……というか、もしかして寝てたから俺の正体バレてないのでは?


 まあ、今確認することでもないか。


 本題と行こう。


「いたいなあ……」


 倒れていた少女の胴体がひとりでに起き上がる。

 言葉を発したのは胴体と繋がっていない頭部。


 覚悟を決めろ、後には引けない。

 ここで後顧の憂いを絶つ。


「――本当に()()だな」


 あえての挑発。

 効果は劇的、『嫉妬(エンヴィー)』の気配が切り替わる。

 圧倒的な暴力と殺意を乗せた、絶対的強者のそれへ。


「……いま、ばけものっていった。わたしのこと、ばけものっていった」


 首を手に取り、断面を一瞬で癒着させて俺を射抜く。

 ぞわりと悪寒が背を伝う。


「わたし、にんげんだもん!!!! ばけものじゃないもん!!!!」


 叫びに呼応して空気が変わる。

 紫紺の長髪が蛇のように揺らしながら、小さな身体が空へ浮かぶ。


「しょうめいするんだ。わたしはにんげんだって!!!!」


『魔王』は人間の敵だ。

 そんなことわかっている。


 それなのに。


 少女の叫びは濡れていて、助けを求めているように聞こえた。


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