表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/45

25 意地悪です



 準備を終えて外へ出てみると、冷たい風が生足を撫ぜた。

 背筋を震えが駆け登り、顔を見合わせて笑う。


 生憎の曇り空。

 しかし雲間からは遮られた向こう側で存在を主張し続ける太陽の光が神々しいカーテンのように差し込んでいた。


「コートも羽織ってくればよかったですかね」

「肌寒さは感じるけど、私は大丈夫かな。必要なら取ってくるよ?」

「大丈夫でしょう。二人でくっついていれば温かくなるかと」


 レンカが言いつつ距離を縮め、手の甲に自らの手のひらを重ねた。

 柔らかく、人肌のぬくもりが伝わってくる。

 これは手を繋ごうという意思表示か。


 確かに手はあったかくなるかもしれないが……何か間違っている気がする。

 とはいえ、その好意を無碍むげする気にもなれなくて。


 ほんの少しだけ、興味を持っている自分もいて。


「……わかった。これでいい?」

「っ」


 手を返して、レンカの手を握る。

 さっきよりも隙間がなくなり密着した肌と肌。


 そこだけが異様に熱を持ったように感じられ、徐々に身体の隅々まで伝播していくようにすら感じられた。


 気恥ずかしさはあれど、離す気はなかった。

 なにせ、レンカの頬が真っ赤に染まっていて、申し訳ないけど面白い。


 自分から誘っておいてそれはどうなのだろうかと思いつつも、


「あったかい?」


 したり顔で聞いてみると意図を察したのか視線を逸らして「意地悪です」と呟き、握る力が強まる。


「離しませんからね」

「望むところだよ」


 決闘のような言葉を交わし、揃って一歩を踏み出した。



 とはいったものの、だ。

 自由に行動できる範囲は訓練校の敷地内だけ。


 石畳を鳴らして歩いていると、並木の枝に止まっていた鳩が驚いて空へ羽ばたく。

 悪いことをしたかな……なんて思いつつ、その姿を見送る。


「思えば敷地内を散歩したのは初めてかもしれません」

「レンカは朝弱いからね。私は朝にランニングしてるけど、普段より人が多いね。昼前で休校中だからだろうけど」

「あー、もうそんな時間ですか」

「髪を弄るのが長かったからね。予定はないから困らないけど」


 やることなんて課題くらいなものだ。

 意欲のある者は自主的に訓練場で鍛錬を積んでいたりするのかもしれないが、人は人の精神。

 まったりと心を休める期間にしたい。


「レンカは身体、なんともない?」

「戦った時の傷なら痛みも痕もありませんよ。カズサさんの魔術は効き目がすごいですね。皇宮の治癒術士でもこうはいきませんよ」

「あはは……」


 乾いた笑いでごまかす。

 やっぱり学生があのレベルの魔術を扱うのは不自然か。

 レンカのためだったとはいえ、今後は自重しよう。


 そもそも使ったのは魔術ではなく《《魔法》》ではあるけれど。

 ……もっとダメじゃん。


「あんな治癒魔術を使えるのに、眷属も簡単に倒していましたよね。正規軍人さんでも単身では難しいのに」

「……偶然だよ、うん。もしかしたら普通よりも弱い個体だったのかもしれないし」


 内心で焦りを感じつつも答えると、レンカがジト目で俺を見ていた。

 思考すら見透かすような視線。

 ややあって、軽くため息をついて。


「では、そういうことにしておきましょうか」


 表面上は納得したらしいが、笑顔が怖い。

 これは誤魔化せたと見ていいのだろうか。


 ……多分、何かしら嘘を言っていたのはバレてると思う。


 追及されないのなら自分からは言うまい。


 でも、仕方ない事情だからと隠し事をしているのは心が痛む。

 いつか、いつかきっと。


 話せる日が来るといいな、なんて。


 そんな頃、十二時を告げる鐘の音が鳴り響く。


「もうお昼ですか。どうします?」

「じゃあ、たまにはカフェテリアでも行く? 用事があって一度行ったんだけど、レンカとも行きたいと思ってたから」

「ああ、あの時の。ですが、営業しているのでしょうか。休校中でも平日の昼ですし、普段なら学食にほとんどの生徒が行きますし」

「開いてるみたいだよ。昼休みに来るにはちょっと遠いけど」

「……なら、行ってみたいです」


 乗り気なレンカとともに十分ほどの道のりを歩き、件のカフェテリアに到着する。

 すると、同じような考えで来ていた生徒がそこそこいたようで、店内は前よりも賑わいを見せていた。


 隅の方にある席に座ってメニューを見ていく。


「品揃えが沢山ですね。目移りしてしまいます」


 わあ、と表情を綻ばせるのを見て、やはり連れてきて良かったと感じる。

 エルナも「女の子は甘いものが好きなんです!」とカカオ95パーセントのビターチョコレートを頬張りながら言っていたし。

 あれ、相当苦くて「食べる目覚まし」とか呼ばれてた気がするんだけど……。


 多分眠かったんだろう。

 そういうことにしておいた方が平和だ。


「どうしましょうか……ナポリタンもオムライスも美味しそうです。あ、パンケーキなんかもあるのですね」

「あー、そっか。お昼だもんね」

「……? 甘いものは別で頼みたいと思っていましたけれど」


 きょとんとしながらレンカが平然と言う。


 知っての通り、レンカの体型は細身である。

 食事の量も平均的。

 なのに、甘いものは別腹らしい。


 安心したような、少し心配になったような複雑な心境のまま、頼むメニューを決めて注文した。

 俺はデミグラスソースの海に浮かぶオムライス。

 レンカはかなり迷った末に、熱々の海鮮グラタンに決めた。


 待つ間、二人で他愛のない雑談に興じるのだった。


次回の更新予定は一日空いての3/4になります。色々と立て込んでいるので、今後は隔日更新になると思われます。どうか今後とも応援して頂けると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ