22 劣化『魔王』――眷属
『魔王』が無限に生み出す眷属。
彼らは自らの主である『魔王』の権能を色濃く反映している。
容姿、魔術、そして『魔王』の代名詞でもある権能の一部。
つまるところ、劣化『魔王』と呼ぶべき存在だ。
眷属を二体同時に相手し、殿を務めきったレンカは手放しで褒められていい。
実戦など初めてだろう。
命のやり取りが引き起こす恐怖が焦りを生み、実力を発揮できずに死ぬ人は多い。
来るともわからない救援を待ちながら、ボロボロになるまで戦っていたレンカなら尚更だ。
それでも。
思いは伝わり、間一髪で間に合った。
危うくも眩しさを感じる在り方に何かが揺れながらも、視線は前へ。
「さて……どうしようかな」
樹木が捻じれたような身体の眷属は、突然現れた俺を警戒するようにじりじりと距離を詰めてくる。
魔法で一掃してもいいが……レンカが後ろにいる手前、あまり使いたくはない。
素性がバレる要因は可能な限り排しておきたいところだ。
とはいえ、情報がない初見の眷属相手。
油断せずに詰めていこう。
魔術と体術、それと経験で乗り切る。
「カズサさん、どうか気を付けて。その眷属は地面からも――」
背後からかかったレンカの警告と同時、地面が僅かに揺れた。
土が盛り上がり、眷属と同質の魔力の気配。
来る、と考えた瞬間には身体が動いている。
地を蹴り跳躍。
脚が離れた直後、地面から筍のように鋭く尖った木の棘が生えた。
逃げる俺へ棘を伸ばして追ってくるが、森という遮蔽物の多い場所でなら逃げるのは容易だ。
木の幹を蹴る軽快な音を連続して奏でながら眷属の一体へ肉薄する。
ざざっ、と地面の土をブーツの底で抉りながら勢い余る身体へ制動をかけ、
「――木ってことは、よく燃えたりする?」
魔力を熾し、錬成するのは一見して薄く脆そうな抜身の刃……刀。
白銀色の刀身を持った刀を指先でなぞりながら刃を削って刻印を刻み、魔力を流すと蒼白い焔が刃を包む。
確かな熱を肌に感じつつも両手で柄を握り――予兆を極限まで省いた横薙ぎの一閃。
蒼銀が森の薄闇を引き裂く。
しかし、間の空間が歪んだかと思えば、刃がするりと眷属の身体を避けて通り抜けた。
瞠目し、即座に思考が加速された脳内で不可解な現象の推測をたてる。
今の明らかにおかしい動きは劣化権能か?
でなければ魔術が後れを取る理由が見当たらない。
基本的に魔術より魔法の方が干渉力が高く、両者が衝突した場合は魔法が優先される。
魔法と同等の干渉力を持つ権能ならば、魔術で生み出した刃が通らなくても不思議ではない。
攻撃が通らないのは厄介だ。
だが、同時にこの眷属は自分へ攻撃を通せる相手と相対したことがないはず。
故に。
(――纏)
不本意ながら刃へ『崩壊死滅』で生み出した崩壊因子を纏わせ、刀を逆へと返す。
それは油断しきっていた眷属の胴体を、寸分違わない軌跡を描いて切り裂いた。
『――――――ッ!!!?!?』
濁った音として発せられた断末魔。
硬質な手ごたえは一瞬。
ガラスでも砕いたかのような硬い感触を抜けた刃が乾いた胴体を焼き焦がす。
蒼炎が瞬く間に樹木の眷属を蝕み、着実に延焼を続けた末に白い灰となって燃え尽きる。
これで一体は片付いた。
残りの一体も同じように斬って終わりだと考え、踏み出した時。
「ちっ」
地中から背後へ伸びていく魔力の感覚。
その狙いは――レンカ。
舌打ち、優先順位を変更。
恐らくこのまま眷属を斬っても間に合うとは思うが、念のためだ。
急いで方向転換しレンカのもとへ駆け、するりと腕を膝裏と首に添えて横に倒す。
いわゆる『お姫様抱っこ』の形でレンカを攫うように抱えた。
「カズサさんっ!?」
「口を開けないで。舌噛むと危ないから」
レンカから上がった抗議の声を無視して走り去ると、遅れて四方八方から生えた捻じれた木の棘が鳥籠のようなものを編み上げる。
すると棘が徐々に肥大化し、中の空間を押し潰しながら広がっていく。
あと数秒遅ければ死んでいた。
青い顔をしたレンカが口を開閉しつつ、胸に頬を摺り寄せる。
結果論ではあるが正解だった。
あの眷属、明らかに知性がある。
自らの危機を察知して俺ではなく後ろのレンカを狙ったのがその証拠。
普通の『魔王』には知性がなく、本能で世界を壊す存在。
だが、共喰いを経て力を付けた『魔王』に関しては、知性を持つことがあるという。
眷属でこれなら、生み出した『魔王』は最低でもそれ以上。
とはいえ今は戦闘中。
思考を打ち切り、意識を戻す。
眷属は悪辣な笑みを張り付けて、俺たちを見ていた。
これは早いうちに処理した方がよさそうだ。
ただ……レンカを一人にするのは得策ではないか。
「ちょっと動くよ」
一声かけて小さく頷いたのを確認し身体を自然に前へ倒す。
力強く地面を踏み締めると、簡単に罅割れ僅かに足が沈む。
軽く息を吸って落ちた集中の中で縮地を用いての移動。
そして、景色が切り替わる。
眼前には認識すらままなっていない眷属の姿。
身体を捻りつつ『崩壊死滅』を纏わせた右足が弧を描いて眷属の首をへし折り、倒れて動かない頭を踏み砕いた。
再生もせず、ピクリとも動かないのを確認したところで。
ふう、と息を吐いて。
「……レンカ、終わったよ。立てる?」
「ごめんなさい……ちょっと、脚が竦んでしまって」
恥ずかしそうに言うレンカ。
致し方ないなと思いつつ、微笑みを投げる。
「そっか。じゃあ、このまま運んでいくよ」
「どうかあんまり速度は出さないで――」
「みんな心配してるから急ぐよ」
無慈悲な宣告をして走り出す。
「ひゃっ」と短い悲鳴が聞こえ、胸のあたりへ必死に掴まっているレンカがなんだか可愛いな、なんて思いつつ。
見るからに「後で仕返しします」と言いたげな、確かな決意を滲ませた表情に危機感を覚えながらも、訓練校内にあるシェルターへと向かった。




