20 証言と押収品
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裏部屋はバーのような雰囲気の空間になっている。
いや、実際そうなのではないだろうか。
室長と座ったカウンターの向こう側にある棚に、所狭しと酒の瓶が並んでいた。
どうやら表の店と繋がっているらしく、さっき見た店主が扉を潜って顔を出す。
「ご注文は」
「俺はブレンドを。カズサも同じでいいか?」
「構いません」
流石にこの時間から飲む気はないようで、頼んだのはコーヒー。
……あ、苦いの大丈夫かな。
ダメなら砂糖とミルクを足そう。
手早く注文を済ませると、店主は心なしか楽しげな雰囲気を漂わせて表へ戻った。
「ここのブレンドは絶品でな。時々来るんだ」
「初めて知りました。ですが、確かにいい雰囲気ですね」
「マスターが昔よくお世話になった上官でな」
室長は在りし日のことを懐かしむように語る。
道理で店主から只者ではない気配がするわけだ。
巧妙に隠してはいるが、歩き方や気配の絶ち方が尋常ではない。
正面戦闘よりも暗殺や不意打ちに特化していそうだ。
『魔王』を狩るのに卑怯も何もない。
ルール無用のバーリトゥード……味方ならば頼もしいものだ。
「まあ、それは今はいいだろう。それで、どうだ? 普通の生活は」
「毎日が新鮮で楽しいですよ。皇女様の護衛も恙無く」
「それは重畳。心配はしていなかったがな。襲撃者も簡単に倒して捕縛したようだし、本当に引き受けてくれて助かった」
「任務ですから」
「真面目だな。そんなカズサだから皇女様を任せられると皇帝陛下も判断なされたのだろう」
うんうんとしきりに頷く室長。
なんとなく気恥ずかしさを感じて顔を僅かに背ける。
「なんだ、照れているのか?」
「……別にそういうわけでは」
「不愛想だったカズサがこんなにも感情を露わにするようになったのは収穫かもしれないな」
はは、と笑う室長。
エマもそうだが、自分では判別がつかない。
エルナとの表情練習が自然に表れているのだとしたら喜ぶべきか。
……正直複雑な気分である。
それはつまり、少女らしい振る舞いが板についてきた証明でもあるからだ。
男に戻る希望が限りなく薄いとしても、依然として意識は変わっていない。
思考を続けるのは不毛だ。
「……本題に入りませんか。どうやら昼には寮母さんが様子を見に来るようなので」
「それは大変だな。では――これを見てくれ」
室長はコートの内ポケットから数枚のクリップで留められた紙束を取り出し、俺へ手渡す。
「カズサが捕縛した侵入者から得た情報だ。内容が内容なだけに、直接渡す必要があった。話の後に処理していく」
「情報レベルは」
「当面はレベル4指定になっている。軍部と議会、元老院の合同決定だ」
情報レベルの最高が5なのを踏まえると相当に高い。
市民の混乱を避けるためだろう。
軍部がそこまで警戒する内容とは何なのか。
紙面へ静かに目を通す。
ぺら、ぺらと紙を捲る音が続いて。
「……これ、拙くないですか」
感じたままの感想を呟いた。
報告書に記されていたのは、捕縛した魔王崇拝者の不可解な証言と押収品。
というのも、だ。
「勿論、諜報室が裏を取っている最中だが……奴らが持っていたモノがモノだけに、信憑性は高いと思う」
「『魔王』から渡された眷属の種……怪しさは満点ですけどね」
紙に写真付きで載っているのは、小さなアーモンドくらいの大きさの種。
仮名称として『ヤドリギ』と名付けられたそれは、今にも拍動しそうな心臓を思わせる赤黒い色合いをしていた。
表面に浮かんだ筋は血管を連想させるようで、薄気味悪い。
襲撃者の証言曰く、『魔王』と名乗る者に貰ったとのことだ。
これが真実ならば都市の根幹すら揺るがす一大事。
「まずもって、いつどこで『魔王』と接触したかだ。都市には結界が張られている以上、そこから『魔王』が侵入したとなれば都市全域に警報が鳴るはず」
都市を囲む黒鉄の壁には刻印魔術が施されている。
強度増強、座標固定、その他諸々の防御系魔術と、眷属程度ならば通さず『魔王』にも一定以上の抵抗を行える結界まで備わっているのだ。
結界は都市の上空と地下にも広がっているため、警報システムに引っかかることなく都市に『魔王』が侵入することは至難の業。
……決して侵入できないわけではないのがミソではあるが、それはそれ。
例外を考えても仕方ない。
というか、都市の結界をものともしないレベルの『魔王』が中に侵入した時点で生存はほぼ不可能になる。
代表的なのは『王』と呼ばれる『七本角』だが――
「『王』ではないだろうな。奴らなら接近している時点で魔力探知に引っかかる」
「……だとしても、かなり強い『魔王』です」
「結界の警報システムをすり抜けるほど隠蔽の類いに特化した『魔王』か――」
「――『魔王』の名を騙る何者か、ですかね」
俺の推測に、室長も頷く。
『魔王』の名を騙る意味としては素性を隠す目的か。
魔王信奉者の存在が脳裏を過るものの……恐らく奴らではない。
奴らの認識では『魔王』は世界に降り立った神だ。
狂ったように崇める彼らが、自ら崇拝対象の『魔王』を名乗るとは思えない。
「なんにせよ、都市を害する連中がいるのは確かだ。軍、議会、元老院の三会で都市内外の警戒を強める決定が下された。だが、カズサには引き続き第三皇女様の護衛を務めてほしい。警戒は今必要だが、皇女様はこれからの都市に必要なお方だ」
「了解しました」
「……完全に『神託』を制御できていたのなら、力を借りられたのだが」
「まだそこまでの段階にはないようです」
レンカの『神託』をはじめとして、皇族に継承される血に刻まれた恩寵は魔法の一種。
魔法は本来、強く願った事象を顕現させるため世界を書き換えるもの。
世界のルール内で事象を発現させる魔術とは、そもそも原理からして違う。
「元より都市を守るのが軍人の務め。『特務兵』も動員するのだから人数の問題は補える」
「くれぐれも気を付けて――」
ください、という前に。
けたたましい警報が鳴り、直後。
『東京人工都市の全市民へ警告します。都市内部に眷属が侵入。直ちに市民はシェルターへ避難してください。繰り返します――』
非常事態を告げる都市放送が響き渡った。




