『野菜とお豆腐のハンバーグ』
レシピには届かないお料理小説、第二弾。
すべてのお父さん、お母さん、
毎日お疲れさまです。
「星史が、野菜を全然食べてくれなくてね……」
兄が音を上げて依世に相談を持ち掛けたのはいつだっただろう。
記憶が確かなら、甥が二歳をこえてしばらく……もう十年以上も前ということか。
離乳食を順調に終え、幼児食にも慣れきった頃だったと思う。自我が出てきたのか、舌が肥えてきたのか、それまで目立った好き嫌いも無かった甥が、兄にとって悩みの種となってしまった。
専業主夫である兄は料理を不得意とする男ではない。むしろ、溺愛する一人息子の育児中ならではのイベント、『離乳食・幼児食』には、甥が乳呑児の頃からあれやこれや本を漁っては楽しみにしていたような父親だ。
だからこそ、それなりにダメージが大きかったのだろう。藁にも縋る思いで妹に相談してくるその様は、悩みの深刻度のわりには気の毒にみえた。
「お手上げだよ。肉と炭水化物しか食べてくれないんだ。」
(こんなことでこんなにも悩めるなんて、幸せな男……)
依世は感心半分見下し半分で目を据わらせる。
「そんなものじゃないかしら? 男児なんて。」
そして少々容赦無用に冷たく言う。
似てない兄妹だとは、昔からよく言われ続けたものだ。
エノキ茸を五ミリ幅に細かく刻む。小松菜の葉の部分もみじん切りに。ニンジンと玉ねぎはすりおろす。
これらすべてをフライパンにあわせ、中火にかける。煮詰める感覚なので油は敷かない。
水分が無くなりペースト状になったところで火を止め、冷めるまで放置。
その間につなぎの支度だ。
ボウルに、絹豆腐50グラム程度を水気を切らずにフォークで潰す。潰しきったところでパン粉を投入し水分を吸わせる。続けて卵一個と、大匙一杯のマヨネーズも入れよく混ぜる。
さらに、先ほど作った野菜ペーストも、粗熱が取れたあたりで投入。全体がなじんだところで合挽き肉を入れ、よくこねる。
(半分がお肉じゃないのよね、これ。)
このハンバーグを作る度に依世はいつも思う。これを「ハンバーグ」と名乗っていいのだろうかと。
(あの子も、もうすぐ高校生か……)
初めは単なる幼児食でしかなかった。兄の悩みを解決するためだけのレシピ。有難いことに、当時二歳の甥っ子は見事に騙されてくれたもので、晴れてこの誤魔化しレシピは定番メニューとなった。
しかし甥も今年で十六。これから友人と食事に出たり、もしかしたら彼女ができてデートなんかにも行ったりするかもしれない。
この「ハンバーグ」が、「ハンバーグ擬き」だとばれるのも時間の問題だ。
ばれたところで困る事など一つもないのだけれど。
依世は開き直りながらタネの成型に取り掛かる。
油を熱したフライパンで肉を焼いてゆく。中火で蓋をし、表面の色がしっかり変わったら裏返す。
このタイミングで、空いたスペースに輪切りのナスを投入。もう一度蓋をして肉と一緒にじっくりと焼く。
ハンバーグが焼き上がったらナスと一緒に取り出し、肉汁と油の残ったフライパンにケチャップと中濃ソースを2:1くらいの割合で混ぜ合わせ、火にかける。
(……そんなに手間な作業ではないのだけれど……、)
くつくつと出来上がってゆくソースをみつめながら、依世は物思いにふける。
(ソース作りが無かった分、幼児食はもっと楽だったわね……)
もう十年以上も前になる、兄と甥との記憶を思い起こす。
「すごい……ぜんぶ食べちゃった。」
野菜たっぷりの『ハンバーグ擬き』を完食した甥っ子を目にし、兄は茫然と呟いた。
「あまり嬉しそうじゃないわね。」
依世のめざとい指摘に、兄は針にでも刺されたかのような反応を見せたあと、わかりやすく慌てふためいて変な笑顔を見せた。
「いや、そんなこと、……はは。」
変な笑顔はすぐに落胆へとかわる。これまたわかりやすく肩を落とした兄は、薄い溜息を吐きながら、完食してご満悦になっている甥っ子の頭を撫でた。
「まあ…………うん。ちょっと、さみしい、かな。」
観念した彼の本音を依世は冷静に分析する。そこは、くやしい、の間違いではないだろうか。
兄は甥っ子を膝に乗せ、か弱く抱きしめながらゆったりと左右に体を揺らし始めた。
「……僕もまあ、この子の食事くらいは、頑張ってたつもり、だったし、」
ささやかなアトラクションに甥っ子はご機嫌に笑う。
「栄養とか、食育とか、まあ、いろいろ、できたらなって、」
対して兄の声は、表情は、沈んでゆく。
「僕、星史の……父親、だし……」
そんな相反する父子の正面で、依世は目を据わらせると、
「『一日三食』『主食・主菜・副菜・汁物』、『完食指導』が至極御立派だとでも思ってる?」
わりと容赦無用に、冷たく言い放った。
「そんなの、作り手以上に星史が不憫だわ。
三食のうちの一回、どこかで何品目か摂れればそれでいいじゃない。」
妹の追い撃ちに、兄はまばたきも忘れるくらいに黙ってしまっていた。
似てない兄妹だとは昔からよく言われ続けたものだ。
そう。兄は昔から真面目すぎるのだ。
手を抜くということを知らない。幼児食一つに対しても、一食で何品以上だの、米のやわらかさがどうだの、盛り付けや彩りがどうだの。
「その一回の食事が、野菜や海藻入りの炊き込みご飯だけでもいいし、野菜をくたくたに煮たラーメンなんかでもいいと思うわ。もっと手軽に、卵と納豆とご飯と刻んだ野菜を全部混ぜて、焼いたオムレツでも栄養面は充分のはずよ?」
兄は真面目すぎるのだ。食事に対しても、育児に対しても、この子に対しても。
だからこそ、依世は簡単な例を冷たく挙げてゆく。
「男児にはそんなもん食わせておけばいいのよ。
そういう見映えしないメニューを、父親も隣で一緒に食べればいいの。」
真面目過ぎる兄と、彼の溺愛する息子、父子の最善へ容赦なく打ち込んでゆく。
「真面目よね、兄さんって。」
ハンバーグを頬張る甥の正面で、依世は頬杖をついて呟いた。
「んー?」
口端にソースをはみ出しながら、甥は首を傾げる。
「あなたのお父さん。あなたのこと、いっつも真面目。」
単純明快な説明によりすぐ理解できたのか、甥は口を閉じたまま笑いを吹き出すようなしぐさを見せた。口のなかを全部飲み込むと、仕切り直しとばかりに改めて目尻をおとす。
「そだね。おれ、めっちゃ愛されてるもん。」
ごもっとも。肩をすくめる依世へ「にしし」と笑いながら、甥はフォークを教鞭のように振った。
「兄妹なんだしさー。お父さんもちょっとくらい、イヨさんっぽくなれればラクなのにね。」
「なによ、私っぽいって。」
「んー、しいていうと、『親擬き』?」
フォークが焼き茄子へぷすりと刺さる。甥の口へと運ばれ、飲み込み終わったあたりで、依世は冷静に言い放った。
「兄さんには無理ね、擬きは。」
「あはー。知ってた。」
あの父親にして、この息子あり。か。
兄よ、ほら見たことか。この子もあっという間に高校生だ。
「あと私、親擬きってほど、あなたを可愛いと思ってないわよ。」
「えっ、こっわ。え? 真顔こっわ。」
似てない兄妹だとは、昔からよく言われ続けたものだ。
◆大人が食べる場合はタネの段階で塩コショウ、ナツメグなどを入れてもいいですが、幼児食として作る場合は入れないでください。マヨネーズとパン粉の塩分で充分です。もちろんソースも無し。
◆ソースにはケチャップがベースとなっていれば、中濃ソース以外にウスターソースや市販の焼肉のタレ等を混ぜても美味しいです。
◆今回はハンバーグと一緒にナスを焼きましたが、お好みでどんな野菜でも美味しくなります。ジャガイモ、マイタケ、エリンギ、ズッキーニがおすすめです。
◆子どものごはんは、一緒に楽しくが一番です。