訓練施設にて
訓練施設には、3種類のモンスターが生息している。
植物に擬態して丸呑みにしてこようとする、ハスカブラ。
狼のような姿で、群れで獲物を追い詰める、ヘルハウンド。
そして、今フレアたちが対峙しているのが、とにかく数で攻めてくる、ハエ型モンスターのフライエッジだ。
「さてと、準備は出来てるんだろうな?」
「もっちろん!お先、いただくね」
そういうや否や、彼女は腰から拳銃を引き抜き、フライエッジを1匹、撃ち落として見せた。すごい早業だ。
「こいつら、体大きいくせにすっごく脆いんだよね。まあ、楽でいいんだけどさ」
素材が貰えないや、とぶつくさ文句を垂れている彼女を横目に、フレアも手にした大きな両手剣で目の前の巨大なハエの始末に取り掛かる。
「本来、空を飛んでいるモンスターに剣は微妙なんだが―――」
そう言いつつ、剣と共に松明をかざすと、
「―――簡単に火に寄って来るんだよな、この虫は。」
見事な回転斬り、だったと思う。少しカッコつけてしまったかもしれない。彼女にバレてないといいが。
「おお~、フレアって、そんなに大きな剣使うんだ」
「なんだ?イメージと違ったか?」
「まさか!ぴったりぴったり!!」
「なら良かった。そういうお前は銃を使うんだな。少し意外だ」
松明に寄ってくるフライエッジを切り落としながら、同じくモンスターを撃ち落とし続ける彼女に聞いてみた。
「狙いをつけるの、難しいだろ。よくこんな一瞬で撃てるな」
すると、彼女はよくぞ聞いてくれましたというような顔で、
「じっつはこの銃、ただの銃じゃないんだっ!」
そして、自身の武器を見せつけるようにくるくると手の中で回しながら、
「これはね、『魔装銃』っていってね、弾丸に魔力を込めて撃つからある程度狙いが甘くても当たってくれるんだ~」
彼女によると、魔力は魔力に引き付けられるため、魔装銃の弾丸は相手を軽く追尾してくれるらしい。
「じゃあ、別にお前がすごい訳じゃないんだな」
「うわっ、何その言い方!嫌われるよ~!!」
そうして、自分の武勇伝を語り出した彼女を軽くいなしながらもモンスターの相手をするが、いっこうに数が減らない。
「……よく考えたら、こいつらを全滅させようと思ったのが間違ってたな……。松明がある限り、どんどん増えていく」
「そうだね。1匹1匹なら全然よゆーなんだけどなぁ!」
「そもそも、なんのために訓練施設に来たんだ?まさか本当に眠れないから俺を誘ったって訳ではないだろ。」
しかし、彼女はしかめっ面をして、
「い、いいでしょ、なんだって!」
「良くはないだろ。目標がないんなら、俺はもう帰るぞ?ここのモンスターを倒しきるまでいるってのも、馬鹿な話だしな」
訓練施設のモンスターは、野生のものと比べて劣っている部分が大半だが、繁殖力だけは野生のものよりも強化されている。この施設はとても人気のため、普通の繁殖力だとあっという間に全滅してしまうからだ。
恐らく、こうしている間にもフライエッジは数を増しているだろう。昼間ならこんなに集まってくることはないのだが、今は明かりが2人の松明しかない状況なのでここまで集まってしまっているのである。
当然、狩り尽くすことは出来ない。
「わ、分かった!訳を話すからっ!とりあえず、ここは離れよっ?」
*************************
「モンスターから必死に逃げるのなんて久しぶりだな」
訓練施設内にあった洞穴に腰を落とし、呟く。あの大量のフライエッジからは、松明をその場に落として逃げてきた。辺りが全く見えないまま走り続けていたので、自分たちが今どの辺にいるのかもよく分からない。
「それじゃあ、訳を聞こうか」
「…………」
そんなにも言い難いことなのだろうか。少なくとも、俺には見当もつかない。だったら、ここで彼女に聞くのは野暮というものだ。
だが―――
「―――無いの」
「………ん?」
「りっ、理由なんて、無いのっ!」
―――は?
一瞬、思考が完全に固まった。理由が、無い?まさか、そんなはずは。
「え、えっとね、ほら、私たち、試験前でしょ?だから中々眠れなくてさ…。だから外の空気を吸おうとしたの」
それは分かる。俺も同じだったからな。だが、それで よし、訓練施設に初めて会った男も連れて行こう! とはならないだろう。
「で、フレアと会ったの。あ、私と同じだって思ったからさ、もっと話したいなって」
と、そこで彼女の話が止まった。しばらく待っていても、中々話出さない。
「もしかして、それだけ?」
「…………うん」
「俺は帰る」
呆れた。試験前だと言うのに、緊張をほぐすのに俺を使うんじゃない。
「わわっ、待ってよ!」
「そうだな、危険だし、入口までは一緒に行こう。だが、それで終わりだ。俺は試験に集中したいんだ」
冷たいようだが、仕方ない。むしろ、俺は優しい方なんじゃないかとまで思う。
「ごめん!やっぱりあるの、あんたを連れてきた理由!」
*************************
「はあ、冷気魔法を使えない、と」
「そ、そうなの!でも試験前なのにこんなこと言うの、恥ずかしくって」
理由があるなら言えばいいのに、と思う。理由なんてない とか言う方がよほど相手に失礼だ。
「だが、なんで俺だ?友達に聞けばいいだろう」
「いつもはその子に教えて貰ってるんだけど、びっくりさせたくて。でもひとりじゃいくら頑張っても出来ないんだ。それで眠れないでいる時に、君と会ったの。フレア、割と有名なんだよ?優等生だって」
なるほど、それで俺を連れてきたのか。
「最初から理由を言えば良かったのに。言っとくが、俺の親友は雷魔法しか使えないぞ」
ストライクが魔法を全然使えないことは、割と知られてないらしい。まあ、身体能力でずば抜けているあいつが、まさか魔法はからっきしだとは誰も思うまい。
「え、そんな子、いるんだ…。私が言うのもなんだけど、やばくない?」
「正直、やばいと思う。もし明後日―――じゃなくて明日の試験が魔法関連だったら、あいつは落ちる」
「まあ、あいつの事は置いといて、」
おもむろに、手の中に氷塊を作り出してみせる。
「今問題なのは、お前だろ?」
「本当に、上手だね」
つい先程、松明を作った時もこんな風に褒められた。
だから、彼女も出来ますようにという願いを込めて、
「これくらい、普通だろ」
と、返してみせた。