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逆トリップハーレムのヒロインはバイト先の常連さん

  「お待たせいたしました、いらっしゃいませ」


 わー、この人くっそイケメンだな。あ、語彙力死んでるわ


 夕方4時半、喋りっぱなしのかすれつつテンションの高い声でお客様に向き直ると、空気が止まった。買い物カゴを持つ手は大きくて、でも蛍光灯に照らされた筋がまるで石膏像みたいになめらかな影を浮き立たせて、ゆっくりとカゴの持ち手を広げる動作をじっくり眺めてしまった。前後から食材がスキャナを通る電子音がぴろぴろ言っているのがどこか遠い。


「おねがいします」


 清涼感が吹き抜けた。石膏像がなにやら動いてる。ウソみたい。お客様の顔はいつもしっかり見ようとしてるけど、そんなこと意識しなくても自分の目がお客様から離れない。条件反射で手が動き、ごちゃっとしたカゴの中から山形に折れた厚紙を人差し指と親指が引っ掛ける。スマートに牛乳パックを持ち上げ、中指で支えつつクルリと身を翻して手元のスキャナに通させた。


ピッ


「178円」


ピッ


「298円」


ピッ


「17円」


 読み上げ登録をする自分の声が高いのがわかる。自分の手はカゴからカゴへ自動で物を詰めていっている。いつも左のカゴはあまり見ないが、今日はとくに遠く感じる。右から左へ動く肉や野菜を、お客様の視線が追いかけている。良く見たらお客様の目は深いグリーンだった。


 小計ボタンを押し、画面右下に大きく出た数字を読み上げ、両手を重ねてお臍の前へ持つ。


「ありがとうございます、お会計、6648円でございます。ポイントカードはお持ちでしょうか」

「……?」


 いつもならここで「いいです」とか「おねがいします」とか来るのだが、お客様は無言で目を合わせてくる。


「こちらの、赤いカードなんですが。お持ちじゃないですか」


 サンプル用に張り出されているPOPを指をそろえた手のひらで指し示す。お客様はちら、と見て、ここで初めて後ろを振り返った。


「……君、ぽいんとかーどだって。持っているかい?」

「持ってる持ってる。えーと……はい、お姉さんに出してください」


 後ろに女性がいたのを気づいていなかった。高い声で応対していた自分が恥ずかしい。その人は、よく見る常連さんだった。こんなに早い時間に来るのは珍しい。女性から見慣れた赤いカードを受け取ったお客様は、そっと差し出してきた。え、直接渡してくるのか。


「ありがとうございます、お預かりいたします」


 作り物みたいな大きな手からカードを受け取る。お腹の上のほうがきゅっとした。

 ポイントカードをドロワの上において、お金がくるのを待つ。後ろに居た女性がさっとカードを出してトレーに載せた。いつものことだったけど、黒いカードだ。


「お預かりいたします。お支払い方法はいかがなさいますか」

「一括で」

「かしこまりました、ご一括払いで承ります……お先にカード、返しいたします」


 読み込みが進むのを見届けてカードを返し、出てくる長いレシートを軽く指先で内側に重ねて、赤いポイントカードとともに渡す。当然のように男性のお客様がカゴを持って、去っていった。後姿にも脚が長く、筋肉が程よくついた背中を思わず目で追ってしまった。横で女性ががさごそカバンの中を探って、エコバッグを出していた。


「ありがとうございます、またお越しくださいませ。 お待たせいたしました、いらっしゃいませ」


 今日はラッキーだったな、と思い、常連のおばあちゃんに向き直った。お、今日は桜餅か……


「ここのね、お饅頭美味しいから、また買ってくわね。こんなおばあちゃんの楽しみはこれだけなのよ」

「いつもありがとうございます。おいしいですよね、桜餅」


 いつものお買い物トークが始まって、ざわざわした心臓は落ち着きを取り戻していた。休憩に入ったら、twitter更新しようかな、と思った。

 



 



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