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僕の仲間には生きてる人がいません  作者: らんこ
一章 旅のはじまり
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旅立ち

 そういえば僕って何で引きこもっていたんだっけ、こんな事を思い出そうと思ったきっかけは単純だった。


 ここでの生活に満足しはじめたせいか、僕の前世での記憶がゆっくりと薄くなっていっているのだ。こんな話は神様からは聞いていない。

 そもそも忘れるというのは自然なことなんだとも思うが、こうも日に日に記憶が霞んでいくと不安になる。


 そうそう、中学にあがったばかりの頃だった、僕の妹が事故で死んだんだ。

 駅のホームでの出来事だ、たまたま最前列に立っていた妹の背中を誰とも知らない女が突き飛ばした。

 事情を聞けば後ろを通ろうとしたときに邪魔でぶつかってしまった、アタシは悪くないの一点張りだったそうだ


 そんなことで妹は死んだ

 亡骸も無惨なものだった


 そのときのショックからか僕は妹の姿がよく思い出せないし、あれからずっと妹の写真が直視できないでいたんだ。


 そうか、さっちゃんの死に直面したときに言い知れぬ無力感に襲われたのはこのせいだったのかもしれない。自分とは無関係なところで人の命が終わる、そういうやるせなさと無力さがとことん嫌だったんだ。

 もしも、いや、ただのタラレバになってしまうけれど、あの時妹と一緒にいたら死なずに済んだのかもしれないという僕の考えは死に直面したときに無様に壊れた、僕がいようといまいと人は死ぬ。

 何か出来たはずだという僅かな希望は結局のところ虚しい願望でしかなかった。

 だから僕は立つこともできないまま、冷たいさっちゃんの手を握って泣いていることしか出来なかったんだろう。


 僕はそれから鬱ぎ込むようになり、他人という身勝手な人達が信じられないようになっていた、次第に見る人が全てが怖くなっていた

 その結果が引きこもりの僕だ、そして抱いていた不安をよそに僕は勝手に死んだ。つまらない死に様だった。


 中学は事故から殆ど通っていない、高校は名前さえ書けば入れるような底辺校を仕方なしに受けた、そこには1日も通っていない。

 両親は元々厳しい人達だったが中学卒業を機に何も言わなくなっていった、そして僕はいないものとして扱われていることに気がついたんだ。


 思い返せば元々記憶に留まるような出来事もそうなかったような気がしてきた。

 妹のことも受け入れられないまま、現実から逃げて忘れようとしてきた。実際に前世の頃も今も忘れていたじゃないか。


 考えても滅入るだけだ、忘れていくならそれでいい。

 僕らにはこれからやることがある。

 旅立ちだ。


「雪もすっかり溶けたね」


 さっちゃんが微笑む


 僕らは旅立ちを翌週に控え、仕事も辞め、旅立ちの準備を着々と進めていた。先延ばしにしたお陰か資金も潤沢だ。一頭立ての小さな馬車なら買えそうなくらいの蓄えがある。


「へぇ、馬車かぁ~幌付きの馬車がいいな、これならお天気が悪くても野宿に困らないよね?」


 確かにそうだ、彼女の希望通りに揃えるとしよう。買い物や馬車の手配を済ませて家路につくことにする。


「そうだ、ミーシャさんのところに寄っていかない?防具の予備もあったほうがいいと思うし、仕事を辞めてからお話してなかったし」


「そうだね、僕も久しぶりにおばさんに会いたいかな。何か果物でもお土産に買ってからいこうか」


「うん!」


 日持ちしそうな林檎をいくつか買い僕らは仕立屋に向かった


「久しぶりにパイでも焼こうかね、林檎のパイは旦那が好きでね……何年ぶりだろうか」


 土産の林檎を受け取ったミーシャおばさんは十年前に亡くなった旦那さんのことを思い出しながらそう言った


「私達、来週発つんです、週があけたらすぐに」


「そうかい、もう何日もないじゃないか、ご挨拶は済んだのかい?ちゃんと声かけていくんだよ、帰ってきたときの居心地が全然違うからね」


 結婚する前にはあちこち旅して回ったというおばさんが僕らにちょっとした人付き合いのコツを授けてくれる。やっぱり面倒見の良い人だ。


「それからこれはお嬢ちゃんに餞別さ、とっておきな」


「このペンダントは……?」


「あたしが若い頃御守りとして持ち歩いてたもんだよ、お古で悪いけどね。ただまあ縁起物っていうのは実績があったほうがありがたみが増すだろう?あたしはそれのお陰で無事に旅ができた、ならお嬢ちゃんのことも守ってくれるはずさ」


「ありがとう、ミーシャさん」


「なぁ坊や、お嬢ちゃんの話は親御さんから聞いてる。お嬢ちゃんがどうあってもやっぱり女の子だからね、あんたがきちんと守っておやりよ」


「知ってたんだ、おばさん」


「そらそうだよ、どんなに忙しい日でも息一つみだれないんだ。逆に心配になるってもんだよ、それで話をな。心配しなくても誰にも言ってやしないさ。あたしにとってもお嬢ちゃんは娘も同然だからね、息子がこの場にいたらすぐにでも嫁にきて欲しいくらいさ」


「ええと……おばさん……」


「はっはっ!男がそんな不安そうな顔するんじゃないよ情けないね、ただのたとえ話さ」


「ミーシャさん、私達必ず帰ってきますからどうかお元気で、本当にありがとう」


「見送りには必ず行くよ、あんた達も気をつけな。最近物騒だからね」


 仕立屋をでた僕らはそのまま家路についた。


 最近物騒、か。去年のことになるが山賊討伐に向かった街の討伐隊が戻らなかった。それからだ、街道沿いでの略奪や山間部の村々が襲撃にあったという噂が頻発するようになった、確かに物騒になっている。


 僕にはひとつ決めていることがある、旅をはじめるにあたって一番近くに定めた目標だ。この近隣の野党や山賊の類を追い払う、少なくともさっちゃんの故郷の周りだけでも何とかしたいと思う。

 僕が戦おうとしている相手にはさっちゃんの命を奪った奴らが間違いなくいる


 僕はそれを許さない

 絶対に


「おかえなさい、サニアちゃんリュウさん」


「ただいまです、ママさん」


「いよいよ旅立ちなんですね、寂しくなります」


 ママさんはポロポロと涙を流していた、今からこんなことでは当日はどんなことになってしまうのか先が不安だった。


「さっちゃんも言ってることですが、僕らは必ずママさんとパパさんのところに帰ってきます。どうか安心してください。約束ですから」


「リュウさん……そうですね。旅のお話、楽しみにしていますね」


 ママさんの手をとって約束を確かめ合う、さっちゃんも手を添えて微笑んだ。



 準備を終えて、僕らは旅立ちの日を迎える


「まずはどこに向かうんだ?」


「とりあえず北に向かって、周辺の都市を巡ってみようかと」


 この街は少しばかり小高い場所にあって、周囲には広い高原が広がっている。南のほうには僕が目覚めた草原、そこから更に南へ向かっていくと大きな街があるらしい。


 北には小さな村があり、そこから道なりに北上していくと大きな森林地帯があってそこを抜けると交易で栄えた大きな都があるとか。


 東にはさっちゃんが野党の襲撃に遭う前に出掛けていた街がある。そこから遥か先にはこの国の首都があるそうだ。


 西は広い平地が広がっていて農業が盛んな田舎らしい、その先は丘陵帯となっている。そちらは酪農を中心とした農業が盛んなところで丘のうえに小さな村が点在しているとのことだ。さらに東へ進むと大きな山々が連なっており、山間部には林業や狩猟を営む小さな村がいくつかあるそうだ。そして山のどこかに今も山賊がいる。


 ひとまず僕らは北の都に向かい、そこから時計回りに東、南、西と巡っていこうという計画をたてた。


「この街を中心に考えることで、いつでも帰ってこられるようにしてます。何十年も出たっきりだなんて考えてませんよ。ひとまずは半年から一年の計画で、この国の中を旅してみようと思います。どんなに遅くなっても一年で一旦帰りますので」


「そうか……気を遣わせているようですまんな、リュウ。お前にも旅の目的があるんだろう」


「いえ、まだ探してる途中ですし。それに僕も帰ってきたいから、いつでも帰れるようにしただけですよ」


「そうかね」


 パパさんはそう言いながらニヤリと笑った


 さっちゃんはママさんやミーシャおばさんと話し込んでいるようだ。ママさんの落ち着いた様子から、今の僕らと同じような話をしていたのだろう。


 ふと、さっちゃんと目が合う。微笑むと皆揃ってこちらへ歩いてきた。


「さぁ、行こうリューくん。まずは国内制覇だね」


 ヤンキーの遠征のような事を言い出す


「気をつけていってきな、あんた達の探してるものが見つかるよう祈ってるよ」


「サニアちゃん、リュウさん、あなた達の家はここですからね。いつでも帰っていらっしゃい」


「サニア、リュウに変なことをされたらパパに言いなさい、懲らしめてやるからな」


「ありがとう皆さん、いってきます」


「パパさん、ママさん、おばさん……いってきます。さっちゃんのことは絶対に守ります、必ず帰りますから、どうかお元気で」


 冬の間に2人でミーシャおばさんに馬の扱いを習ったおかげで出発はスムーズだった。小さな幌馬車、これが暫くの間の僕らの家みたいなものか。


 遠ざかっていく皆に、さっちゃんはいつまでも手を振り続けていた。



 僕にはまだ知らないことだらけだ、この世界で目覚めてから、この街以外のことは人づてに聞いただけで実際のところ何もわかっていない。まずは北の村へ寄ろう、水や食料の補充と情報収集をしなくては。


「2人きりだね」


「そ、そうだね」


 そう言ってさっちゃんが身を寄せてきた、さっちゃんには体温はないが不思議と触れているところが熱くなるような不思議な感覚がある。僕は照れているんだろうか。


 春先と言ってもまだまだ寒い、僕らは一枚の毛布にくるまって馬車をすすめていった






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