僕と私
――――彼とずっと一緒にいたい。穏やかで優しい彼、私のために泣いてくれた彼。私の忌の際、彼が注いでくれた涙の暖かさが忘れられない。
今の私には体温がない、死に逝くあのときと同じだ。あの涙はとても暖かく私の心に流れ込んできて今も冷え切った私を暖め続けている。
旅立ちが迫っていた
彼は何も言わないが、何か悩んでいるように見える。どうせ私に気を遣って言いたいことが言えないでいるんだろう。
きっとこうだ『今の幸せを壊したくない』
私がこの街を離れることで生活は変わる別れもある、お母さんやお父さんとも話したけど、これは終わりじゃないと今では思える。私達は旅をしてここへ帰るんだ。一緒に……
今の私の夢だ
叶えてほしい
私と一緒に
――――僕はどう切り出せばいいのだろう。一言告げてしまえは様々な事が流れて変わる、そんな責任の重さに堪えられなくなってきた。
パパさんやママさんの悲しそうな顔が過る、別れに涙を流すさっちゃんの顔も。
一緒にいたい、そう思うことは僕のエゴなんだろうか。僕がいなければ彼女は正気を保てない、だから一緒にいなければいけないという事情もある。
それだけなら僕はここに住み着けばいいだけのことだ。しかし未だに自分の力がどういうものかさえよくわからないでいる。
ある日突然に彼女をつなぎ止める力がぷつりと途切れてしまったらと思うと不安で仕方ない、きっと彼女もご両親も不安だろう
このままでは耐え難い不幸が訪れる、そんな強い予感があった
僕は旅を続けなければいけない、そして彼女を置いてはいけない。でもあんなにも幸福そうな家族を引き離すことはしたくない。二律背反する考えがグルグルと渦巻いて僕を苛む。
やはり辛い別れを強いなければならないのだろうか、彼女のために僕のために。
すっかり僕の部屋となった客間でさっちゃんと僕はうなだれたまま、ぼんやりと夜を過ごしていた。
言おう、ちゃんと僕から
「あのね、リューくん」
「うっ!なに?さっちゃん」
出鼻を挫かれた、喉元まででかかった言葉飲み込む、一度引っ込むと次が大変なんだよなぁ
「その、そろそろ旅にでない?出発できるだけのお金は貯まったんだし」
「ええ?!あっ、うん……そうだね」
思い悩んだ末に随分と格好悪い結末を迎えてしまったような気がする。もっと気の効いたことが言えないのだろうか僕は。
「リューくん、ずっと私のこと心配してくれてたでしょ?」
「う、まあ、うん……」
「ありがとう、でも私大丈夫なんだよ。旅がしたいの一緒に」
「うん」
「それでね、旅が終わったら一緒に帰ってこようよ。この街に、この家に。そしてずっと一緒に暮らそうね」
「う、うん」
女の子にここまで言わせる僕って情けないんじゃないだろうか、何か僕からもちゃんと……
「だからね大丈夫、私の夢なんだ。リューくんと一緒に沢山旅をして色んなものをみて……大きくも小さくもない都会でも田舎でもないような平凡な街の普通な家庭に産まれて、そのまま普通に生きていたらきっと考えもしなかった夢。2人でその夢の先に何かあるか見つけたいの、そして帰ってきたときママやパパに沢山話すんだ」
「うん」
「死んじゃってから見つけた私の新しい夢、リューくんがくれたんだよ」
僕はどこかで彼女に罪悪感を感じ続けていた。彼女は可愛らしい女性だ、綺麗なまま一生を終えることもできた。
それを僕が魔物に変えてしまった、彼女はずっとそれを感謝し続けてくれていた。お別れの機会を得たと前向きに考えてくれた。
そして今は新しい夢を得たと喜んでくれている。僕の悩みは杞憂だったのかもしれない。
「だからもう悩まないでリューくん、死んだ私を助けてくれたこと、どうか悔やまないで」
彼女は全てお見通しだったんだなと思った、さっちゃんには敵わないな。僕の手をとって彼女の瞳が強く輝く。
「だから……行こう!」
かっこいいところまで彼女に取られてしまった。僕と彼女の魂が救われる道はその夢の先にあるんじゃないか、僕はそんな気がしていた。
行こう、彼女と一緒に
どこへでも
「さっちゃん、ありがとう。どこまでも行こう、一緒に」
「こちらこそ、ありがとうリューくん。楽しい旅にしようね」
「ああ、もちろん」
僕ら決意をひとつに固めた
旅立とう
「それで、いつ発つんだ」
「これから冬だし春先にでも……」
熱意に奮い立つ僕らだったが冬を控えた今、寒空の下を歩くことを想像したら一瞬で折れた。
「ま、まあ、急ぐ旅でもないし!暖かくなってからでもね!」
先程の熱い盛り上がりは何だったのか、僕もさっちゃんも何だか自然と言い訳がましくなる
ただ僕たちのスタートは決まったんだ。雪解けと共に始まる。
僕らの旅が