旅支度
初仕事を終え、ミーシャおばさんのお店を後にした僕はママさん達との約束通りサニアちゃんの家に向かった。女の子の家にお呼ばれするのは前世でもなかったかな……ちょっと緊張する。
「お邪魔しまーす」
「リューくん!」
「さっちゃん、こんばんは」
「さっちゃん?!」
「サニアちゃんだから、さっちゃん」
「えぇ……」
「地元では割とポピュラーなあだ名の付け方なんだけど……」
まあ、さちことか何とか、そんな和風な名前に対するあだ名なんだけど
「ふーーん……リューくんの地元じゃ親しい女の子にあだ名をつけるんだ?」
「そうそう、仲良しは特にね」
「ふぅーーーーん、そっかじゃあさっちゃんでいいよ」
「あらリュウさんお帰りなさい」
「ただいまです!」
「あらあら!まあ!いいわねぇ……あなたぁ!!男の子っていいわねぇ!!あなたぁ!!」
ドタドタと二階へ駆け上がっていくママさん、何が琴線に触れたのかよくわからないがママさんがヒートアップしている
「藪から棒になんだねいきなり!!そんなこといきなり言われても!!うおおお!!」
上から何かが割れる音や倒れる音がせわしなく聞こえてくる、一体なにが……
「すみません、ちょっと冷静さを欠いてしまって」
「いやいや全く君は……」
パパさんは頭がボサボサだ、一体なにが……
「リュウか、戻ったのか」
「パパさん、目のうえ少し切れてますよ」
「ん、ああ……それより食事だ。早く手を洗ってきなさい」
「リューくん、今日はご馳走だよ。ママがリューくんが来るからって張り切っちゃって!」
「あらあら、張り切ってたのはサニアちゃんもでしょう?ママだけのせいにするなんてズルいわねぇ」
「ママ!!黙らないと食べてるときに内臓みせるよ!」
「それはパパにだけ効くからやめなさい」
「僕もそれはちょっと……」
ママさんとさっちゃんの手料理はどれも美味しくて僕とパパさんは大はしゃぎだった
「リューくん、起きてる?」
「さっちゃん?起きてるよ、どうぞ入って」
客間を使わせてもらえることになって、食事をおえてから僕は客間でのんびりさせて貰っていた。なにせあの重労働のあとだ、身体も言うことをきかない。
「それじゃお邪魔しまーすってリューくんだらしないよ~」
寝転がったままの僕をみてさっちゃんが笑う
「鍛冶屋の下働きを紹介してもらったんだけどね、思いのほかきつくて身体がガタガタだよ。でも軟弱な僕でも続けていれば旅に困らないくらい丈夫な男になれるかも?」
そうならいいねと彼女は笑う、こうして彼女とのんびり過ごす時間もまた良いものだ
「傷がいたんだりしないかな?体調はどう?」
「うーん痛みはないよ、体調もとくに変わらず快調だね。」
少しばかり距離があっても彼女が不調になることはないようだった、一安心
「あの、相談なんだけど。リューくんって死霊術師なんだよね」
「ああと、まあその一応は」
才能の芽だけを植え付けられたニワカですが
「ええとじゃあさ!あのね!うーーんと!!あああ恥ずかしい!!」
「ええ……なになに……緊張してきた」
「ええとね!その……私臭くない?」
「はぅ」
来てしまった……この問い掛けが……どうしよう
「その、少し腐臭がするんじゃないかってその……パパもママも遠慮して言わないし……でも気になって」
彼女がゾンビ化したのはほんのちょーっとだけ何処かが腐り始めたタイミングだった。そうちょっとだけ、だから臭いもちょっとだけなんだ。
気にしちゃいけない、それに気のせいだと思えば気にならないレベルだ。
ただし一度認識してしまうといつまでも気になるんだが……
「どうかな?におう?」
綺麗な薄紅色の髪、ガラス玉のような大きく美しい瞳、整った目鼻立ち。そして、その容貌を鼻にかけない明るく元気な優しいさっちゃん
完璧な美少女だ。ただ少し腐臭がするゾンビなだけだ、なんの問題もない
「そんなことないよ、さっちゃんは良い子だ!」
ガッツポーズと共に僕は断言した
「へ?そうじゃなくて臭いの話だってば!はぐらかさないで!!」
ちょっと照れたのかな?と思ったがはぐらかしたのだと思われたのか叱られてしまった
「いやぁ、色んなことを総合的に考えた結果の結論で」
「つ、つまり臭くないってこと?」
「臭いなんて大した問題じゃないよ、さっちゃんの前ではね!」
僕はサムズアップで答える
「臭いの臭くないのどっちよ!!」
「く、臭くないです……」
彼女はそっと胸をなでおろした。さっちゃんはそのまま僕のベットでゴロゴロしたり足をバタバタさせながら何か言いたげにしていた。
「どうかしたの?」
「うーん、その旅のことなんだけど、リューくんばかり働いてるのもなって、ゾンビを雇ってくれるところがあるか不安で」
「んん~無理して働くことはないと思うけど。このまま家にいても精神的に辛くなってくるかもしれないし、旅にでたらイヤでも人目に触れるから、今から対策を考えておくのに越したことはないよねきっと」
「そうだね、そう思う」
「とはいえなかなか思い付かないなぁ、一晩考えてみるよ、それと明日ママさんとパパさんに相談してみようか」
「うん!」
翌日、仕事を終えた僕は帰路を急いでいた。休み時間にさっちゃんのことを思い浮かべながらぼーっとしていたら天啓を得たのだ。
「お化粧?」
「そう、お人形さんみたいに塗装してしまえばいいんじゃないかと思って。さっちゃん綺麗だしきっと色味を変えるだけで随分と自然になるんじゃないかな」
「なるほど……一理あるな。名案だぞリュウ」
「き、綺麗ってそんな……」
「そうね、ゾンビだけど形も崩れてないしお化粧だけでいけそうよサニアちゃん」
「ママ、時々空気読まないよね……綺麗ってそっちの意味ですか……そうですか……」
「いや、さっちゃんは美人だよ」
「ほあああああ!!油断させてそうくるのね!照れさせてからかうのはもうダメ!禁止!!」
「からかってるつもりはないんだけどなぁ、兎に角お化粧作戦でいってみよう!仕事はミーシャおばさんに聞いてみようか」
「仕立屋のミーシャさんね、彼女ならきっと安心ね」
「ああ、このあたりで商売してる連中でミーシャさんの世話になってないやつはいないからなぁ」
そんな有名な人だったのか、世話好きな優しいおばさんだもんなぁ。明日はさっちゃんを連れて挨拶にいこう。
僕は緊張していた
「どうしたの?リューくん」
「い、いやぁ、そのなんでも……」
目の前にはお化粧をしたさっちゃん、すっかり生前の姿を取り戻した彼女の眩しさがきつい。
よくよく考えると生涯まともに女の子と話したことさえない僕がよくまあ今まで平気だったなと。
もしかして僕は無意識に死者たる彼女を見下していたのだろうか、ひとりの女性として認識していなかったのか、それが見た目だけ元通りになった途端彼女を相手に緊張し、まともに目を見られない。
そんなのは嫌だった、さっちゃんにとても失礼だと思った。さっちゃんの優しい明るさは僕にとって救いであるし、僕を優しく照らしてくれるさっちゃんは僕にとって大切な人だ。
無意識にゾンビだと見下していた自分が許せない。彼女に引け目を感じさせるようなことがあってはならないんだ。
「おめかししたさっちゃんが綺麗で、ちょっと緊張してさ、それがなんだか格好悪くて恥ずかしくなっちゃって」
「ふふっ!そうなんだ?じゃあお化粧作戦は大成功なんだね!」
「いや、ごめんね、さっちゃんはさっちゃんなのに。態度が変わっちゃって……なんだか情けないよ」
「そんなことないよ、誉めてくれて嬉しいもの。そっかリューくんドキドキなんだね!そっかぁ!」
「あ、あんまり大きな声で言わないでよ!恥ずかしいってば」
「あははっ!ごめんねリューくん!」
そういってさっちゃんは僕の腕に組み付いてきた、僕たちはすっかり仲良しだ。いつまでもこうしていたいのだけれど……残念、目的地は目と鼻の先ですぐに到着してしまった。
「おや?よくきたね坊や、仕事のほうも評判がいいんだよ。あんたのこと真面目だって親方が誉めてたよ。ん、そっちの子は」
「サニアです、よろしくお願いします。お仕事がしたくて……ミーシャさんなら良いお仕事を紹介してくれるってリューくんから聞いて」
「こういう時に頼りになるのはおばさんかなって」
「ハッハッ!そういうことかい、てっきり結婚の挨拶かなと思ったんだがね。仕事のことならちょうどいいのがあるよ」
「け、結婚?!そんなまだ私達その……おおおおお……」
ヤバい、さっちゃんが振動している
「そ、そのお仕事というのは?」
「うちの手伝いさ!最近妙に忙しくてね、西の山奥に山賊の根城があるとかで、その討伐隊の召集がかかってるんだよ」
「山賊……」
背筋にチリっとした何かが走った、もしかしたらさっちゃん達を襲った連中なのかもしれない。
「それで街の血の気の多い若い衆が装備を買いにくるってわけさ、うちは防具もやってるからね」
「なるほど」
「んでお嬢ちゃんにはちょっとした縫い物と接客をやってもらいたいわけさ、どうだい?できるかいお嬢ちゃん」
「お裁縫なら大丈夫です!接客も多分大丈夫、はじめてだけど」
「なに接客なんて大したもんでもないさ緊張なんざしなくていいよ、値札もついてることだし勘定も難しくない、気張らずやんな」
「はい!」
「いい返事だね、奥に作業部屋があるからみてきな。あんたがこれから扱う道具がどんなもんか確認してくるといい」
「それじゃあ早速いってくるねリューくん、またあとでね」
さっちゃんは初仕事が嬉しいのかウキウキと奥へと駆けていった
「なぁ坊や、あの子が襲われていたっていう例の」
「ああ、うん。そうだよ。」
「そうかい……つらかったろうね……あとはあたしに任せときな。こういうのは女同士のほうがいいのさ。嫁入り前だってのに可哀想に……」
「んん??いやいやおばさん、嫁入り前の身体に云々的なことは幸いにしてなかったみたいだよ」
「ええ?!あっははっ!おばさん早とちりだったかね、その前に人に見せられない格好だったなんて話してたもんだからついな!」
「大怪我しちゃって服もボロボロだったんだ、ひっくり返った馬車の下敷きになって」
「そうだったのかい、今はもう心配ないのかい?」
「見てのとおり元気だよ、仕事をはじめるのも楽しみにしてたんだ、仲良くしてあげてよ、おばさん」
「それはもちろんさね、元気な可愛い子だよ。坊やはあの子が好きなのかい?ん?」
「ええとまあ……そうだね!彼女を嫌える人なんてそう居ないと思うよ、あっはは……」
「ふぅ~ん、なんだか無難にかわそうとしてるねぇ……まあおばさんも応援してるからね、仲良くやんなハッハッ!」
おばさんがバシバシと僕の背中を叩く、ちょっと痛いけど自然と笑いがこみあげてきた。気恥ずかしいようなくすぐったいようなそんな気持ちだ。
僕は僕で仕事に向かいながら考える、もちろんさっちゃんのことは大好きだ。それが恋愛感情なのかは僕にもさっぱりわからないけど、大切に想っているのは間違いない。
もしかすると知らない世界で誰より先に僕と仲良くしてくれた彼女に依存心を持ってしまってるだけなのかもしれないけど。
さっちゃんの事を考えながら、僕は黙々と仕事をはじめた
「私達って結構お金持ち?」
さっちゃんが稼いだお金の山をみてニヤリと笑う、女の子ってお金好きだよなぁ……
あれから3ヶ月が過ぎていた。淡々と労働に励む日々、僕は下働きから簡単な鍛冶仕事まで任されるようになっていた。
これなら自分の武器の手入れに困ることもないだろうと思う。さっちゃんは仕立屋の看板娘として若い男衆に大人気だ、明るくて可愛いのだから当然か。
僕はそろそろかなと決意を固めはじめていた。あとはさっちゃんだ、ここはさっちゃんの故郷で家族がいて友達もいて仕事もみつけた。
死んでしまうという不慮の事故があったものの、今の彼女の人生は順風満帆だ。まあ、ゾンビだけど。ゾンビであることを差し引いても彼女は幸せそうにみえる。
僕の迷いはそんな彼女の幸せを終わらせてしまう事だった。『資金も充分、そろそろ旅立とう』そう言ったが最後、今の彼女の幸せは終わってしまう。
もちろん、僕の今の幸せな生活もだ。パパさんがいてママさんがいてミーシャさんがいて、そしてさっちゃんがいる。こんな生活が終わる。
僕はこの街の人間じゃない、そういう割り切りができるから耐えられる部分もあるが、さっちゃんはそうではない。
今一度、彼女と向き合ってみる必要がある。
僕は彼女が望むなら……