遠い時代 遠い世界
――ずっとずっと遠い時代、遥か遥か遠い世界――
私はクロエ、今年で十六歳になる。高校への進学を控えて母の故郷から父の実家のあるこの国へ移り住むことになった。学校は明日から始まる……私のブロンドの髪も翠眼も、この国では珍しいようで悪目立ちしないか心配だった。
新天地で、それも高校進学という目まぐるしい変化への期待と不安は気疲れこそするが、今だけ味わえる貴重な感覚だと割り切って楽しむことにしている。ただ、この国に来てからというものどうにも納得のいかない不思議な事が毎夜起きている。
こればかりはどうプラスに考えようにも腑に落ちなかった。それは眠ってから見る夢のことだ。
私は幌馬車に揺られて、どこかを旅している。少なくともそれは現代でも、この国でもないように思えた。馬車には女の子が一人と、手綱を引いている男の子が一人、合計三人乗り合わせている。髪も瞳も薄紅色の美しい少女に、黒髪で茶色い瞳の男の子だ。
私達は三人で仲良くどこかへと向かっていく、そこには大きな街があって沢山の旅人で賑わっていた。私達はそこにある一件の家に入ると、優しそうおじさんとおばさんが私達を出迎えて沢山の夕食を皆で囲んで食べるのだ。
これだけの夢だが私の心に強く刺さる何かがあった、それは私の家庭事情によるものなのかもしれない。父は実業家で結構なお金持ちだが、収入に見合うだけの忙しさで母共々留守にすることが多い。私は家政婦に育てられたようなものだった。
加えてこれまで、過保護な両親が所謂お嬢さま学校に私を通わせ続け、交友関係もそれなりに厳しく制限されていて、名家のお嬢さまと時折御茶会をする程度の交友しか許されなかったためか私は友人に飢えていた。
そのような背景があって、自由で楽しく温かな夢を描いてしまったのではないか……いや、それにしたって現実味が強いように感じる。あの空気の匂いも、触れ合う肌の感触も全て思い浮かべることができた。私はいつかどこかで、あの体験をしたのではないか?という想像が止まらない。
ふと、母の実家で耳にした御伽噺を思い出す。確か遥か遠いご先祖様の姉……私の名前の由来になった高祖伯母のクロエさんが残した旅の回顧録のことだ。その本に書かれた文字は現代では廃れてしまい読むことはできなかったが、話の一部が口伝えで母の家系に伝わっている。
悲しい死を遂げた高祖伯母が、死霊と通じる異国からきた黒髪の少年と出会い、旅をして恋に落ち、そして奇跡の果てに生き返って二人は結ばれた……というものだ。
その御伽噺の少年の姿と、私の夢の男の子がそっくりなのではないかと思えてならない。……いや、私の行き過ぎた少女趣味が生み出した妄想なんだろう。そんな荒唐無稽な事があるわけがない。
兎に角明日は学校だ、余計な空想を膨らませて眠れなくなってしまう前に心を落ち着けて、私は眠りに落ちていく。
――いつか十五歳より先に行くの。そしてあなたとちゃんと恋をするんだ――
またあの夢をみた……ただ今度は景色が違ったような気がする。普段はありありと覚えているのに今日に限っては薄ぼんやりとしていて気持ちが悪い。
登校の準備を済ませ、朝食をとる。昨夜も両親は戻らなかったようだ……お金に困らない生活は有り難いが正直寂しく感じる。いつかこの寂しさを癒してくれる素敵な恋人でも……と思うが過保護な両親を考えると先が思いやられる。
朝食を済ませた私は初登校のため通学路をゆっくりと歩いていた。朝の涼しい空気がとても気持ちいい……この清々しい気持ちを誰かと分かち合いたいな、と思った瞬間だった。後ろから私を呼び止める声がする。
「君……クロエじゃないか」
振り返えるとそこには同じ学校と思われる制服をきた男の子が立っていた。涼しげな顔立ちとは裏腹にどこか頼りなくて情けなさそうな雰囲気を漂わせる優しそうな男の子だ。
――リュウ……
私の脳髄に電流が駆け巡るような強い衝撃が走る。あまりの衝撃に鼓動が早まり声も出せなくなる。
「毎晩……同じ夢をみないか?馬車で旅する夢……僕もなんだ……その夢にいた子が君……クロエだ」
――私を見つけて……
「僕は、僕はちゃんと覚えてるよ!あの日の約束!だから……何度も生まれ変わって……君を見つけた!今度こそ忘れずに!」
――私を外の世界に連れて行って……
「僕は旅の街のリュウだ!森の都のクロエ!君を迎えに来た!」
――そしてあなたとちゃんと恋をするんだ……
心の奥の奥ずっと奥から溢れ出す純情の叫び、抗いようのない想いと記憶の奔流が私に流れ込んでくる……
彼の名を叫び、そして彼の胸へと飛び込んだ。
「リュウ……約束……守ってくれたのね……」
「ああ……遠い時代、遠い世界で君と誓った遥か未来の約束だ。今度はちゃんと僕から君を見つけたよ」
「ありがとう……リュウ」
私達の旅はまだ終わらない……これからもずっと……ずっと……




