救いの形
聞き慣れたあの声がする……やっぱりというか何と言うか。あんな事で死ぬような人では無い気はしていたが……
僕達三人の胸のあたりから光が飛び出して、人の形を作っていく……やっぱり神様だった。
「じゃーん!皆の愛する神様ちゃんだよ?」
「カーミラ……」
「一体今まで何してたんですか?人が困ってるときには出てこないのに全く……」
ニコニコとしながら手を振る神様はこちらの心配などまるで気にしていないようで少し腹立たしい。
「皆の魂が救われないと出てこられなかったの!傷の隙間を埋めるためにずっと一緒に居たんだから仕方ないんだよ~」
「僕らはそのお陰で色んなことを思い出すはめになって大変だったんですからね……」
「だから、全部必要な事だったんだってば!」
周りを見回すと神の降臨に平伏してる人達ばかりだ……この神様にはそんなことしなくてもいいのに。
「ああ……神よ……!」
「でも何の神様なんだ……?」
「あの胸は……そう、おっぱいの神様に違いない」
「美しきおっぱいの神様……どうか妻に張りのある形が戻りますように……」
旅の街の人達が口々におっぱいの神だとか言うものだから、当の神様はぷんすかと漫画のように怒っていた。
「せっかく皆の魂が癒えて、神格を取り戻してようやく戻ってきたっていうのに随分な扱いだね!」
「日頃の行いですよ神様」
「と、とにかく私がこうして戻ってきたのには理由があるの!話進めていいかな?!」
あまりいじりすぎると神罰が下るかもしれない、一応神様なんだし……取り敢えず『どうぞどうぞ』と話を促す
「どうもどうも、まずリュウくん、サニアちゃん、クロエちゃん、君達三人の魂が癒えた事で私はこうして復活しました!はい、拍手~!」
まばらな拍手が起こる、僕らはともかく他の人たちには事情がさっぱりわからないのだから当然だ。
「どうして僕らの魂が癒えたら復活できたんですか?」
「それは私が生と死の女神だからだよ、傷付いた魂を癒やす旅に導き、癒えた魂が私の下へと帰ってくる。そうしてまた輪廻の環の中に戻っていく……その正常なサイクルこそが生と死の女神としての力の源だもの」
それで僕らの魂が癒えたから、力を取り戻せたということか……僕らは神様の充電器みたいな役割を担っていたと……
「リュウくん身も蓋もないこと考えてるでしょ……?それにね、私の神格は愛なの、誰かを心から愛する気持ちが私の存在をより確かなものにする。神格は神威の源、私個人という存在の根源だから」
それを聞いてさっちゃんとクロエがもじもじとしている。僕も改めて言われると気恥ずかしい。
「全てが揃って、私は生と死の女神として復活したの。そして先ず君達三人にご褒美をあげたいと思います!もの凄く頑張ったから、特別だよ?」
ご褒美か……あんまり期待は出来ないかも……どうせいつものやつだろう
「最初はクロエちゃん、前世の君は孤独の中で自分を責め続けて何もかもを我慢して諦めてきた。過去の記憶を得て真っ先に自分に素直になろうと頑張ったね?そして自分の力で道を拓いて自由を手に入れた。それこそが君が求め続けていた救いの形……」
「私はリュウやサニアのお蔭で私は救われたの。もう何の未練もないくらい……いえ、未練が一つだけあったわ。生身の身体で二人を抱き締めたかった、幽霊の身体じゃ感じ方が違いすぎるもの」
「クロエちゃん、こっちにおいで。頑張ったクロエちゃんに私からの祝福をあげるよ」
そう言って神様はクロエの額に祝福をした。神の祝福を目の当たりして歓声があがるが、こんなのはいつもの事だ。普段から祝福を乱発してるものだから有り難みなどはありはしない。
「あれ……?リュウ……サニア……私、私の身体……」
そう言いながらクロエが両手を突き出し全力で走ってくる。息を切らせた彼女を僕ら二人で抱き留めると、彼女の温かく柔らかな感触がした。髪からは少し甘い香りがする……
「ク、クロエもしかして……生き返ってる……?」
「そ、そうみたい……」
「だから神様から祝福をあげるって言ってるじゃない!何だと思ったの!」
いつもの寵愛だと思ってたが、まさかここにきてとんでもない奇跡を起こすとは……やはり神様は無茶苦茶だ
「クロエちゃん、その身体で沢山の自由を感じてね。大切な人と触れ合って温め合って、幸せを沢山感じるの。これが私からのご褒美」
「リュウ!こっち向いて!」
「えっ?」
僕が振り向くとクロエはすかさず僕に口付けた、温かく柔らかい熱のこもった感触が僕を包む……
「やっと……やっとよ。やっと私が、クロエが!ちゃんとリュウを愛せるんだ……」
泣き崩れるクロエを僕とさっちゃんが強く抱き締める。折れてしまいそうな華奢な身体から彼女の鼓動や体温が伝わってくる。クロエは生きている、孤独だった幽霊としてではなく、一人の人間としてクロエが僕達の腕のなかにいるんだ。
「次はサニアちゃん、君は今まで外面を取り繕うことばかりで自らの欲望を受け入れない生き方をしてきたね。本音で語らず察して貰えることに期待して、自らの願望や欲望を他人から叶えて貰おうとするばかりだった……違うかな?」
「そうだね……カーミラさんの言う通りだよ。私はずっとリューくんが好きだった、それなのに私からは素直にならずにリューくんが私だけを見て私のことだけを無条件に愛するようにと期待した。そして思い通りにならないと不機嫌になって当たり散らして……嫌な女だったと思う」
「でも君は自らの記憶や欲望と向き合うことで、自分の力で誰かを求めることを学んだね。そしてそれを叶えた……飾らず傲らず……真っ直ぐに誰かと向き合う無垢な心、それが君の救いの形」
神様が手招きしてさっちゃんを呼ぶ、そうして先程のように額に口付けた。
「ああああああ!リューくん!クーちゃん!見て見て見て!!」
お腹を出しながらさっちゃんが全速力で走ってくる……なぜこの子達はすぐ走り出してしまうのだろうか。お腹の部分に目をやると最早一発芸はたまたトレードマークとなっていた彼女の腹部の大穴が綺麗さっぱり無くなっていた。
「これってやっぱり……?」
「誰か水!水もってない?」
兵隊さんの一人が革の水筒を手渡すとさっちゃんはそれで顔をジャブジャブと洗いはじめた。
「どう?!お化粧落ちてる?!」
「さっちゃん……やっぱりお化粧しないほうが綺麗だよ」
「そうね、この方がずっと可愛らしいわ」
さっちゃんは両手を天に突き出し空を見上げている。感無量というところなんだろう。彼女は腐りかけたゾンビではなく、望んでも手には入らないと諦めていたもの、ごく普通の女の子としての身体を取り戻した。
「サニアちゃんへのご褒美は当たり前の女の子としての幸せ、そして沢山の自由だよ。もう何も気にする必要はないの、雨の日でも雪の日でも君を縛ることはもう出来ない。あるがままの姿で自らの体温で生きていけるよ」
「それでも私はリューくんやクーちゃんに甘えたいかな、パパやママにも……」
「もう温めてもらうだけじゃなくて、サニアちゃんが皆を温めてあげられるの、とても素敵なことだよね?サニアちゃん」
「うん……うん……」
「サニア、早速私達を抱き締めてくれる?あなたの温かさ……感じてみたいわ」
そう言い僕らは抱き合った……さっちゃんから脈動が伝わり頬を流れる涙はとても温かかった。取り戻したのは生身の身体と体温だけじゃない、きっと彼女は人としての尊厳も愛も取り戻せたんだろう、この温もりがそう僕らに伝えているようだった。
「君達さっきから抱き合ってばっかりね?あんまりイチャイチャしないでくれるかな……最後はリュウくん!」
「えっ、あっはい!」
「そんなに緊張しなくていいよ、君のが一番大したことないから」
「えぇ……」
「君はずっと誰かを求めること誰かに求められることに強い抵抗があったね?過去の全てを知ってわかったと思うけど、それは全て誰かの死と関わっていた……それはわかるかな?」
「はい、沙樹も栞那もそうでした。栞那とは何代も生まれ変わりを重ねてもずっと報われなくて……」
「その全てが君の魂の傷、誰かを求めることで失う、君を思う人達が去っていく……その恐怖に怯えて君は自ら孤独を選んできた。一人自分の殻に閉じこもり誰とも関わらず孤独に生き孤独に死ぬ、それが君の因果になっていたんだよ」
沙樹という唯一温もりや繋がりを感じられる家族を失って僕は引きこもっていた。そんな僕の人生はなんと惨めなものだったろうか。
「でも今は違うよね、君を心から愛する人が五人いる。そして君のためにこうして集まってくれた人がこんなにも沢山……私は誇らしいよリュウくん、私の愛しい産子がこんなにも沢山の人に想われて」
「えっ?五人?二人じゃないんですか?」
「えっ?サニアちゃん、クロエちゃん、それに森の都にいるクロエちゃんの妹さんに、庭仕事の先輩さん、あと私で五人だよ?気付いてなかったの?ラノベ主人公じゃあるまいし鈍感なふりはよくないよ?」
「さり気なく自分を加えるのやめませんか」
「アリア……やっぱりあの子……」
「ニアさんはそっちの属性の人っぽい感じがしてたから何となくはわかってたけど……」
「と、とにかく!君のことを本気で求めて、そして君も本気で誰かを求めること、そして死を乗り越えて想いを叶えることの三つが君の救いの形。だから私は君に死霊術師の力を授けたんだよ」
「やっぱりあれワザとだったんですね……」
「その力があるから二人と出会えたんだよ?そして旅をする理由にもなったの。結局のところ鈍感極まる君はサニアちゃんとクロエちゃんの一途さに救われたんだよ!それに二人とも美人でよかったね!全く……はい!いいからこっち来て!」
何で急にキレてるんだ……仕方ないので僕も神様の前に立つ、僕へのご褒美は何だろうか。
「あ、君へのご褒美はないよ?それより二人を生き返らせた私にご褒美を頂戴?ほら、前に私が風邪をひいた時にしてくれたじゃない」
そう言って前髪をあげて、ここだと額を指差す。ああ……ご褒美なしか。でも二人を生き返らせてくれて事は感謝のしようがないくらいに嬉しいし、神様の快気祝いにでもなるならお安い御用だと思った。僕は神様の顔を手を添え、額に顔を寄せる。
すると神様が突然僕の顔を押さえて思い切り口付けをしてきた、幽霊のような感触だが神様の熱い想いがこめられた情熱的な祝福だ……何考えてるんだこの人
「だから心から愛していると言ったよね?君の魂を見守り続けて何百年経ったかわからないけど、私はずっと君が好きだった。大好きな人の身体を私が作って、新しい世界で幸せにしてあげることが私の宿願、神の座を捨ててでも叶えたかったことなの」
「それで神様クビになったんですか……いくらなんでも滅茶苦茶ですよ」
「クビになると神様の力は使えないからね、でも今は違う。君達のおかけで私は奪われた神格を取り戻した……それがどういうことかわかるかな?」
神様……またろくでもないことをするんじゃ……
「私は私を転生させるよ、この世界に……一人の女として。そしてまた君に会いにくる!」
「いやもう僕にはさっちゃんとクロエが……」
「甲斐性なし!!人の苦労を何だと思ってんの!!いいから待っててよ!!ばか!!」
「えぇ……」
「ふんだ!またリュウくんの好きなボインボインの身体でくるからね!その時後悔してもしらないから!」
「別に僕は大きいのが格別好きってわけじゃ……」
「えっ?」
「えっ?」
「と、とにかく!もう決めたから!早くしないとまた神格奪われちゃうから私は行くね!近いうちに必ず会えるから~皆元気でね!」
「ああっ!ちょっとちょっと!!」
そう言うと神様はどこかへと飛び去ってしまった。相変わらず慌ただしい……まあ神様の言うことだから本当に遠くない将来また会えるのだろう。
「カーミラさん、行っちゃったね」
「すぐ会えるさ……やれやれ」
僕らは地面に腰を下ろした、さっちゃんもクロエも今まで体力が無限だっただけに急に人間に戻ると勝手が違うのか何もしていないのに酷く疲れた様子だ。いや、神様の相手をしていたから疲れたのか……
「あの……リュウ君だっけ……助かってよかったね。それにお友達も……」
「ごめんなさい、バタバタしててほったらかしになってて……助けてくれてありがとう、怨霊さん」
「怨霊さんは酷いよ……ふふ……アタシは海の街のルア。アタシのことは気にしなくて大丈夫。神様が現れた瞬間、身体が燃えるように熱くなったから離れてたの」
やっぱり怨霊だと神の威光はキツいのだろうか……
「それでね、君にお願いがあるんだ。君の力でアタシを彼のいるところに送ってほしいの……きっともう彼は神様のところにいるから……山賊が捕まってから彼の気配が消えてるしね」
「もう本当に未練はない?ルアさんが望なら僕の力でずっと実体化していられるようにも出来るけど……」
「ううん……もういいの。リュウ君が言ってくれた言葉と、ここにいる人たちの姿をみてアタシは充分救われたから……あとは彼と一緒にいられたらアタシはもう望むことはないよ」
ルアさんが僕の手を握る、彼女の魂が救われ彼との幸せな未来に辿り着けるよう心から祈った。
「ありがとう、心優しいリュウ君。いつか彼岸の向こうでまた会える日まで……さようなら……本当にありがとう……」
そうして彼女は天へと還っていった。いつか幸せになった二人に出会えることを信じよう……
僕らが一息ついていると兵隊や冒険者達が山賊達を荷馬車に縛りつけている。そろそろ引き揚げ時か、僕らも重い腰を上げ、帰り支度を始めた……その時だ
茂みから山賊の一人が飛び出してきた、鉈を振りかぶり襲い掛かろうとする先にはさっちゃんとクロエがいる。今の彼女達は普通の女の子だ、あんなもので襲われては一溜まりもない。
僕は親方のダガーを抜き、弾かれたように駆け出す、ここで間に合わなければ全てが失われてしまう。
僕は有りっ丈の勇気を振り絞って叫んだ
「さっちゃん!クロエ!伏せて!!――このぉおおお!!」
僕は二人を飛び越えて山賊へと切りかかった、その切っ先は相手の鉈に当たり甲高い金属音が響く……
「げぇっ!なんだこりゃあ!!」
「えっ?!ヒェッ!!」
親方のダガーは山賊の鉈を中程から真っ二つに切り裂いていた……流石親方、やっぱりただのダガーじゃなかった。
へなへなと座り込む山賊を騒ぎを聞きつけた兵隊さん達が早速縛りあげて荷馬車へと括り付ける。
戦いの心得すらなく運動音痴な僕でもこんな事ができる業物なんて一体幾らするんだろうか……これは家宝にしよう。
これでやっと本当に終わった、やっと帰れる
僕達は旅の街へ向かい馬車を急がせた




