彼を追って
たんこぶだらけになったキルケーを小脇に抱えたサニアが、泣きながら『リューくんがボッシュートされた!』と私のもとへ来た。ちょっと意味がわからない。
キルケーはぐったりしていて話せそうにないので、サニアを落ち着けて話を聞くと、リュウはサニアの仇討ちがしたくて助力を求めたところ、勘違いしたキルケーがリュウ一人を山賊の本拠に送ってしまったという事だ。
理解した瞬間、私の理性が壊れたような気がした。彼が殺されてしまう……そう思うと身を焼かれるような辛さで泣き叫ばずにはいられない。僅かな理性をつなぎ止めるため私は泣いて叫んだ。
「リュウを探しに行ってくる……」
一頻り泣き叫んで僅かに落ち着きを取り戻した私は人目も気にせず飛び上がり、西へ向かおうとした。
「駄目だよ!飛んでいったら幽霊だってバレちゃうよ!」
「もうそんなことどうでもいい……リュウが死ぬかもしれないのよ?!急がないでどうするの?!」
「私達が死霊だとバレて一緒にいられなくなったらリューくんだって悲しむよ……兎に角落ち着いて」
「どうして落ち着いていられるの?離して!このまま行かせてよ!リュウを助けに行くの!お願い離してよ!!リュウ!!リューーッ!!」
死に物狂いで暴れたがサニアの力には到底敵わない、もうただ泣いていることしか出来ないのが情けなくて辛い。
「いたた……リュウくんのところに行きたいの?僕が魔法で連れていってあげてもいいけど……」
「そうだね、キルケーちゃんにはきちんと責任取って貰わないと……それじゃ早速連れていってくれる?」
キルケーが目を覚まし、転移魔法で連れて行ってくれるという、その話を聞いて閃くものがあった。
「待って……それって何人でも運べるの?」
「え?うん、流石に百人とかは無理だけど」
「そう……それならまず森の都へ行って頂戴」
頷いたキルケーが何かを唱えている。聞いていると頭が痛くなってくる……顔をしかめて耐えていると浮遊感を感じた。足下に穴が空いて私達は真っ逆様に落ちていったのだ。
目を開くとそこは懐かしい私の故郷、森の都だった。伊達に亜神族を名乗っているわけではないということか。
「クーちゃん、何故今森の都なの?」
「妹に会うのよ」
この姿でまた妹に会うことになるとは、正直予想していなかった。アリアはどんな顔をするだろうか……不安ではあるが今は緊急事態だ、細かい事は気にしていられない。
「おや、君は以前にここで働いていた……サニアさんだったかな。今日はどうしたんだい?」
「お久しぶりです、門番のおじさん。今日は領主様に急用で……リューくんが大変なんです。どうかお力添え頂けないかと思って来ました」
「あの庭師の子かね。どれ、急いで聞いてきてあげよう」
門番は走って城内へ向かっていき、行くときより更に急いだ様子で戻ってきた。
「はぁ……はぁ……し、至急お会いになるそうだ。す、すまんが君達も急いで領主様の私室に向かってくれ……」
私達は彼に例を言い、アリアのもとへ急いだ。領主の私室といっても元々はお母様達の部屋だ。場所は既にわかっている。サニアが扉を叩くと、どうぞと言う声が返ってきた。
「お久しぶりです、サニアさ――――」
「ただいま、アリア」
「お久しぶりです、領主様……領主様?」
やっぱり少し可哀想なことをしたかしら。別れ際に手の込んだことをし過ぎたと今さらながら反省する。
「私の可愛いアリア、姉様が帰ってきたのよ?抱きしめてくれないのかしら?」
「ハッ!えっ?姉様?!成仏されたのでは?ええっ?!」
「二十八にもなって落ち着きがないわよ、アリア。ああ……そろそろ二十九になるのかしら」
「間違いない……姉様……今までどちらに?いえ、どうして成仏された姉様が今ここに?何かお困り事ですか?」
「リュウやサニアと旅をしていたのよ?羨ましいでしょう。それでねアリア、今日ここに来たのは貴女に頼みがあるからなの」
「姉様の為に出来ることなら何なりと」
「私の為……そうね、正しく私の為だわ。リュウが山賊に捕まったみたいなの。助けるために兵を何人か借りられないかしら」
「リュウさんが……ああ愛し――コホン。大恩あるリュウさんがお困りとあれば喜んでお貸し致します」
アリアがメイドを呼びつけ何かを言伝ると、メイドは大急ぎで駆け出していった。そうして瞬く間に二十人程の兵士を集めてきた。
「元々平和な都故に、あまり兵がおりません。今お貸しできるのはこれが精一杯です」
アリアが頭を下げるが山賊如きを成敗するのには充分過ぎる人数に思える。これならリュウを助けられる、私はそう確信した。
「アリア、これで充分よ。本当にありがとう、旅が終わったらまた貴女に必ず会いにくるから……待っていてね」
「はい……姉様。どうか御無事で」
「これ以上は死にようが無いから心配いらないわ、必ずリュウは助けて戻るから安心して待っていなさいね」
「あ、領主様。リューくんのことはニアさんには内緒にしておいてください。知ったらきっと心配で寝込んでしまうかも……」
「そうですね、ニアちゃんなら確かに……」
「それじゃあアリア、私達はもう行くわ。慌ただしくてごめんなさいね」
私がアリアに別れを告げて、キルケーに転移の指示を出そうとしたとき、サニアが慌てて私を制止した。
「クーちゃん待って」
「どうしたの?サニア」
「次は旅の街に寄ってくれるかな」