お宅訪問
海の街での生活も軌道に乗ってきたなぁ……と、すっかり手先が器用になったクロエを見て思う。根がまじめなせいか毎日仕事から帰った後もこつこつと何かを作っているんだけど、何を作っているのだろう。
「馬車馬の鬣に飾りでもつけようと思って……あと馬車に乗ってる時二人のお尻が痛くならないようにクッションを作ってるの」
ついマルチーズやシーズーの頭の毛を引っ張り集めてゴムで留めてるおばさんを思い浮かべてしまう。あれは痛くないんだろうか。すっかり物作りに目覚めたクロエは親戚のお婆さんのようだった。
「ねえねえ、今度のお休みだけど皆で僕のお家にいかない?魔法でビューンってすぐいけるよ?」
キルケーさんの家か、魔法で作ったとか言っていたような気がする。仮住まいは普通のお屋敷だけど、亜神族が一から自分で作った住居には興味をそそられるものがあるな。
「そうだね、往き来に時間が掛からないならお邪魔しようかな」
「それじゃあリュウくん、もし暇だったらこれから僕のお部屋のお片付け手伝ってくれる?一人だとつまんないの」
「え?ああうん、それは構わないよ。で、どうやっていくの?」
「地下に門があるの、こっちだよ」
そのまま屋敷の地下まで連れて行かれると、部屋の片隅で霧のようなものが立ち込めている……あれなのか……?潜ったら二足歩行するアニマルが沢山いる星へ転移したりしそうで怖い。
「何を考えてるのかはわからないけど、それは演出上のものだよ。本体はこっち」
「えっ、どれ?」
「だからほら、この穴」
「穴っ?!魔法っていうからてっきりゲート的なのがブォーンと……」
「何を言ってるのかわからないよリュウくん、いいから入って入って」
「ちょ!ちょっと!皆に言っていかないと!押さないで~落ちる~!」
「ほらほら!はやく行っちゃって!」
「さ、さっちゃ~~ん!!」
「……――――リューく~ん……」
遠くからさっちゃんの叫び声が聞こえたが僕はキルケーさん最後の一押しで穴へと転落してしまった。
――――リューくんが私を呼んでいる。いつになく情けない声で私を呼んでいたのできっと何かあったに違いない。私は弾き出された鉄砲玉のように飛び出しリューくんの気配を追った。ゾンビになって便利なのは体力が殆ど無尽蔵であること、そしてリューくんと神様の力で繋がっているおかげで彼の気配が察知できるということだ。それに人間だった頃の何倍もの速さで走ることができる、本気を出せばどんな早馬よりも速い自信があった。
ものの数秒のことだったが先程までリューくんの気配があったはずの、この地下室に彼の姿はなく気配も消えてしまっている。どういうことかな……
「この怪しげなモヤ……もしかしてよその星に繋がってる道具なんじゃ……」
恐る恐る潜ってみると直ぐ壁にぶつかってしまった、痛くはないが夢が壊れた気分だ。下らないことを考えている時間はない、リューくんを探さないと……
――――僕が目を覚ますと椅子に座らされていた。そして身体が全く動かず、もがくことさえできない……これは一体……
「あ、リュウくん起きたの?またお膝いい?」
そう言ってキルケーさんが膝の上に乗ってきた、返事をしようにも声も出せない……
「喋れないよね?リュウくんはそうやってずっと僕と暮らすの。素敵でしょ?」
このままってトイレも行けないじゃないか……この歳になって漏らすなんてまっぴらだった。
「抵抗しても無駄なの。これが私の神格、神威の源なんだから人間が逆らえるものじゃないよ?リュウくんは僕とここに居れば歳も取らないしお腹も空かない……ずぅっとそのまま僕といっしょなの」
神格……?何か神様固有の特質でもあるのかな。それにしたって殆ど誘拐じゃないか、こんなのはあんまりだ。誰か助けてぇーーーーっ!
「さぁ……リュウくん遊ぼうね……フフフ……」
たーーすけてーー!
「ちょっと何やってるの?!駄目だよ!」
状況はよくわからないけど、助けに現れたさっちゃんは既にボロボロだった。多分うっかり穴に落ちたんだと思う……でも助かった!さっちゃん早く助けて!
「あら?サニアちゃんも来たの?でも残念、これから僕とリュウくんでお楽しみだからそこで待っててね?」
「お楽しみってなに?!駄目だよ!駄目ったら駄目!」
そう言い切ると殆ど同時に入口に立っていたはずのさっちゃんが僕らの眼前に現れる。瞬きすら許さない俊足……目にも映らないような素速さだった。どうして僕はこういう能力を授からなかったのかと悔やまれる。平たく言えば僕の力なんて死んだ人達と仲良くできるだけの能力だ。なんて地味なんだ……
「キルケーちゃん?離れようね?良い子だから……」
「ヤだよ~、僕だってリュウくんといっぱい遊ぶんだから」
「いかがわしいことは駄目!駄目ったら駄目なの!」
そう言ってキルケーさんを僕から引き剥がそうとしてくれるんだけど、思いの外キルケーさんの力も強くて僕はゾンビと悪魔の力に板挟みにされバラバラに砕けてしまいそうだった。
「あっ、サニアちゃん。僕に触ってるけどそろそろ大変なことになっちゃうよ?今よりもっと可愛くなっちゃうかもね」
「えっ?何……?とにかく離れなさい!くぉおおお!!」
ああ~壊れる、僕の体が……あれ?さっちゃん何だか光ってない……?
「そろそろだね……フフ……」
「あわわ!なにこれ?!ば、爆発する?!」
さっちゃんの身体は自爆でもするみたいに光り輝いていた。この距離では誰も助からないじゃないか!キルケーさんやめてぇっ!
「ぐぉおおおおお!!!!」
カッ!という眩い閃光が走り僕は思わず目を背けた……さっちゃん来世こそはお互い普通に……って何ともないな……
僕が目を開けるとそこにはピンクの子豚ちゃんがいる
「ブッヒ」
まさか……さっちゃん?信じたくはないがさっちゃんの姿はなく、その代わりにこの豚ちゃんがいる……
「ブーブヒ」
例えさっちゃんが……ど、どんな姿になっても僕は……ああでも……えぇ……どうこの事実を受け止めたら……
「ブッヒ!」
「可愛い!僕ブタちゃん大好き!」
キルケーさんがさっちゃんに夢中だ。たしかに可愛いけどさ……ああ……さっちゃん……
「ブッヒ!ブッヒ!」
怒ってる……当然か
「あなた達なにしてるの?こんなところで……」
「あれ?クロエちゃんにも見つかっちゃった?」
「リュウなにしてるの?凄い顔してるわよ……あら、豚ちゃん」
「ブー!」
「可愛いでしょ?僕の豚ちゃんだよ」
「よしよし、可愛いわ。でもなんか何処かで会った気がするわね……この子。豚に知り合いはいないのだけど」
さっちゃんです……その子さっちゃんです。クロエ!僕達のピンチに気付いて!
「ところで豚ちゃん抱えて何してたの?ここはどこ?」
「僕のお家なの。リュウくんとお楽しみしようとしてたら、サニアちゃんが来たから豚にして、そしたらクロエちゃんも来たから僕びっくりしちゃったよ」
「あんた何してんのよ」
何してんでしょうね、この人
「リュウは何してんの?黙ってみてたわけ?話があるからこっちに来なさい」
クロエの怒りは僕に向いてしまったようだ……このままじゃ収集つかないよ、せめて喋らせてくれ。
「喋れないのかしら、ちょっとキルケー!あなた何かしたの?!」
「あっ、クロエちゃんも私に触っちゃった……今の僕に触ると女の子は皆豚ちゃんになっちゃうんだよ?」
「そうなの?別に何ともないけど……とにかくイタズラが過ぎるわキルケー!お仕置きするわよ」
このままではクロエまでも豚ちゃんに……幽霊も豚になるんだろうか……
「あら……?何だか私……光って……ギィャアアアア!!」
カッ!とまた先程のように激しい閃光が走った……が、クロエにはこれといった変化がなかった。やはり肉体のない幽霊には効かないらしい。
「ああ……死ぬかと思ったわ。なんなのよこれ……」
臨界に達する直前、叫びながら僕の方に向かって走ってきたのは何だったのだろう。死なば諸共的なあれなのか……?それにしてもうちの女の子達の叫び声って迫力がおかしいな。キャー!とかイヤー!じゃないんだ……
「クロエちゃんは変身魔法効かないんだね……どうしようかな……」
「もういい加減にしなさい!サニアもリュウも元に戻さないと、皆から嫌われちゃうわよ!」
「えっ………僕嫌われちゃうの……?なんで?」
「イタズラばかりするからよ!皆にきちんとごめんなさいしなさい。そしたら許してくれるわよ」
「うう……ごめんなさいなの。すぐ元に戻すから許して……」
何とかなったか……神族関係者の方々は若干僕らと倫理観が異なるようでこんな行き違いもままある。神様で慣れたと思ったけど、より過激な人もいたものだ……
クロエからもさっちゃんからも、しこたま怒られてキルケーさんはピーピー泣いている。僕はずっと同じ姿勢で固い椅子に座り続けていたためか、飛行機などない世界でエコノミー症候群になってしまい、暫く眩暈と動悸に苦しむはめになった。
その後は、キルケーさんが楽しみにしていたお泊まり会の準備のため片付けをしたり、街に戻って買い物をしたり楽しく過ごした。
せっかくこうして皆で一緒にいるんだから、これからも仲良く楽しくやっていきたいものだ。お泊まり会ではこんなトラブルがないよう気をつけよう。
「結局、リューくんがホイホイ女の子について行っちゃうのが悪いんだよ」




