海の街
「ステータスオープン!」
僕はそう叫び掲げた指先を足元に向かって振り下ろす。
「……いきなり何なのリュウ」
気が触れたのか?と言わんばかりの眼差しでクロエが呆れている。だってまだ試していなかったんだもの、一度くらいやってみても良いじゃないか。言うまでもないことだが、当然何事も起こらなかった。
どうせステータスなど確認できたところで、力=小児、素早さ=亀、防御力=豆腐という程度なのは自分でもわかっている。賢さだけは自信がある!と思いかけたが引き籠もりがネットで聞きかじった知識の寄せ集めでしかないことに気付くと直ぐに打ちひしがれた。
「リューくん、そういうの好きだったっけ……?」
沙樹が亡くなってから現実から目を背けるように逃げ込んだ先がネットの世界で異世界転生小説に熱中する切っ掛けだった。沙樹が生きていたころは二人で一緒に遊ぶことが多かったな……さすがに事実をそのままさっちゃんには言えないか。
「うん、まあ中学生のときハマってね……中二病ってやつだよ……」
「ふーん……中学……か」
さっちゃんの沙樹の部分が、在りし日の先にある辿り着けなかったものに思いを馳せているのだろうか。どこか寂しげな表情で遠くをみつめている。
僕はさっちゃんの手をとって出来るだけ優しい笑顔を作ってみせた、そうしてさっちゃんは僕の肩に寄りかかり頭をあずける。僕は撫でるかわりに彼女の髪に少しだけ頬摺りをした。
「まーた、そうやって二人だけでイチャイチャするのね?私も仲間にいれなさいって何度言えばわかるの?」
そう言ってクロエが僕らの間に飛び込んできて皆で揉みくちゃになった。クロエがモゾモゾと暴れるのでくすぐったくて皆自然と笑い出す。さっちゃんはそんなクロエが余程可愛いのか撫で回してキスの雨を浴びせていた。こういうところはママさんによく似ていて、いかにもさっちゃんらしく見える。僕はそんな母子のように仲睦まじい二人がとても愛おしく思えた。
「クーちゃんは子供みたいで本当に可愛いね」
「甘やかしも可愛がりも大歓迎よ。でもサニアの倍なのよね私の年齢……生きてたらサニアぐらいの子供がいても……」
「やめよう、自分でそういうところ抉っていくのよくないよ……」
「君達いつもそんななの?僕にはちょっと理解できないかな……」
キルケーさんが引いてる。僕が年下の子を甘やかす癖があるのは沙樹の影響だし、さっちゃんがクロエに甘いのは結婚願望や母性が強いからだと思う、要するに娘に見立てているのだ。クロエは孤独な幽霊生活の反動から甘えん坊になっただけなんだろう、領主様やニア先輩の話では頼りがいのあるお姉さんだったはずだ。
「キルケーもこっちに来てご覧なさいよ、混ざればわかるわ。きっとね」
そうクロエが言うとキルケーさんが空いてる僕の膝の上に座った。クロエと見た目こそ良く似てはいるが、彼女の身体は血肉で出来ているため感触が生々しい……危険だ。僕は自分の持てる全ての力を使って出来るだけ真顔に、可能なら少し凛々しさを伴うような表情を作るよう努める。
「リューくん、不自然にキリってしてるね。いかがわしいよ」
「碌でもない事を考えてるに違いないわ」
「リュウくんのすけべ」
口々に罵られる結果に終わった。そうこうしていると街が見てきた
「あっ、ほら街だよ皆。あれが海の街じゃないかな?」
「リューくん話そらさないで」
「リュウくん変態」
「……本当に街が見えてきてるわよ」
僕は今何を言っても駄目らしいが本当に海の街に辿り着いた。キルケーさんとはここでお別れになるのか。
「キルケーはこれからどうするの?」
「ここでお別れっていうのも寂しいね。この街の北のはずれに仮住まいにしてるお家があるの。よかったら皆で僕のお家にこない?」
渡りに船だ、これで宿探しをしなくて済む。僕はその誘いに喜んで乗ったが、さっちゃんの訝しむような視線がとても痛かった。
「それで……ここかしら?」
「そうだよ~。いいところでしょ?」
「いや……その、なんていうかここって……」
見るからにお化け屋敷という感じの廃墟だった。先日の廃村の一件が思い出される。どうしてこう僕らの行く先々でこういった霊的なものに出会してしまうのか。
「あっ、これ人払いのために僕の魔法で見た目を変えてるだけなの。中は普通だからね?僕だって汚いところには住みたくないし」
「そうなの?私は別に平気なんだけどね。むしろ少し陰気な感じの方が疲れなくていいのだけど」
さすが幽霊さんは言うことが違った。
「仮住まいって言ってたけど、どこかに本宅があるのかな?神界とか」
「うーん、そっちは実家なの。本当のお家はここから海にでて一日飛んだ先にある島なの。僕が魔法で建てた立派なお家があるんだよ」
「へぇー!すごいねキルケーさん。今度見てみたいな」
「本当?遊びに来てくれるの?じゃあ近いうちに皆で行こうね。あっ、それとも二人きりがいい?」
「リューくん?何のご相談かな」
「み、皆で今度キルケーさんの家に遊びに行こうかなって話を……」
「ふぅーん……?」
やっぱり神族関係の人と話すとろくな目に会わないな……
キルケーさんが好きに使っていいと言ってくれたので遠慮なく僕らはここを資金集めの拠点として活用させてもらうことにした。王都以降、さっちゃんもクロエも外での生活に不便をすることが無くなったので今回は皆で働きに出ることにする。
さすがにいつもお留守番ではクロエも退屈だろう、それに僕ら以外の人とも仲良くなれたらきっと毎日が楽しいはずだ。
外で働くことが始めてというクロエに付き添って、まずは皆でクロエの職探しに当たる。一人にさせると不安がるかもしれないし、さっちゃんも気に入るような職場だったら一緒に働くという選択肢もでてくる。その方がきっと安心だろう。
「クーちゃんは小さくて可愛いから売り子さんになったら人気者だよ、きっと」
「そうかしら、愛想にはあまり自信はないわね……長年の幽霊生活ですっかり人見知りになってしまったし……」
「その割には僕と初めて会ったとき、随分と堂々としてけど」
「あれは、ああいう喋り方で人と接するように厳しく教えられたからよ。事務的なつもりでやったから何とかなったの」
「なるほど……それなら愛想も事務的に振りまいてみたら何とかなるんじゃないかな?クロエ……はい笑顔」
「……――!」
物凄いひきつった笑顔で逆に怖かった。幽霊だから表情筋が無いのが問題なのだろうか……
「普段の笑顔が出せたらいいんだけどね、そしたら凄く可愛いのに」
「あら、リュウは私のこと可愛いと思ってくれていたのね。すごく嬉しいわ、ありがとうリュウ」
「リューくん……まあクーちゃんが可愛いのは仕方ないよね、私もそう思うし」
「サニアもありがとう、二人とも大好きよ」
クロエに似合いそうな仕事か……野菜とか花とかを扱ってる露店はどうだろうか……背丈が足りなくてお客さんから見えないかもしれないな……
酒場や食事処で給仕の仕事とかはどうだろうか、重たいものを持たせて大丈夫かな……結局僕らは過保護すぎてクロエの仕事探しは中々捗らなかった。
「あっ、リューくん。仕立屋さんがあるよ。ここなら私も働けるしクーちゃんも一緒なら嬉しいな」
「あまり手先は器用じゃないんだけど私にも出来るかしら」
「私が教えてあげられるし、それにほら私達は針で怪我したりしないからいっぱい練習できるよ」
「あ~なるほど……それなら私でも……」
物作りは彼女達にとって特技(特異体質?)を活かした職業なのかもしれない。それなら僕の領分である鍛冶仕事も出来そうだな、いや……火があるから危ないか。
まずは話を聞いてみようということで、仕立屋の店主に聞いてみたところ仕立作業と手が足りないときの接客が主な仕事ということで彼女達も乗り気になっている。
「ほんと、いいときに来てくれたわね。これから酒場に募集の張り紙を持って行こうと思ってたところなのよ。二人とも明日から来られる?こんなに可愛い子達が来てくれたら大繁盛間違いなしだわ」
「明日からですね?もちろん大丈夫です。良かったねクーちゃん!一緒にお仕事できるの嬉しいよ~」
「そうね、明日から頑張りましょ」
二人が嬉しそうにはしゃいでいる。僕も仕事が決まった事とクロエ一人で不安にさせてしまう心配がなくなった事で一安心だ。さて、次は僕の仕事か。
「それじゃ私達先に戻ってるね、夕飯のお買い物してから帰るから」
随分冷たいんですね。まあどうせ僕は鍛冶屋に行くつもりだったからいいんだけど……
この街の鍛冶屋は造船所の仕事もやっているらしく、何に使われるのかよく判らない部品が所狭しと置かれていた。僕が旅の街と宿場町の鍛冶屋で働いていた経験があると言うとあっさり採用されてしまう。さすがにあの二店は有名なんだろうな。親方達に恥じない仕事をしなければいけない。
僕も明日からということになったのでキルケーさんの家に帰ることになった。途中、酒場の前を通りかかると店の前の立て看板に廃村での事件と去年の旅の街付近で起きた襲撃事件について書かれた張り紙を見つけた、どうやら政府からのものらしい。
――野党による残虐な事件が多発中、市民諸君は街道にて充分注意されたし――
僕の背中にチリっとした悪寒が走る。さっちゃんを死なせた奴ら……僕には戦う力なんて全くないけど……どうしても許せない
なんとかならないものだろうか、当然正面から戦いを挑んだところで直ぐに殺されてしまうだけだ。死霊術師の力も戦いで役立つほど万能ではないし……
今後の課題として策を練る必要がありそうだ、彼らには然るべき罰を受けてもらう必要がある。捕まえて役人に突き出してやりたい、その為にはどうしたらいいだろう……
折を見てキルケーさんに相談してみようかな、亜神族の一人だし不思議な力も沢山持ってることだ知恵のひとつでも授けてくれるに違いない。
海の街にいる間に何とか案の一つでも導きだそう、そう決意して僕は帰路を急いだ。