お誕生会
あれから僕らの間には深い溝ができてしまったように感じる。いや……どう接したらいいのか判らないというのが本音なのだろうか。
前世の記憶をそのまま持って転生した僕でも自分が誰であるか見失いそうなのだから、彼女達の心境は相当に複雑なものとなっているはずだ。
僕らの前世がどうあろうと、僕にとって今生きているこの瞬間こそが全てだ、理屈ではそう思っている。納得しきれないのは全て気持ちの問題だった。僕はまださっちゃんが沙樹であることが受け入れられていない。互いに転生した身であり今は血縁者ではない、倫理が僕らを遮る理由なんてないはずだ。
しかし、彼女は僕を兄と呼んだ。僕も彼女を沙樹――さっちゃん――と呼んだのだ。僕らは生まれ変わってもなお心は兄妹なのだと思わざるを得ない。男女ではなく、兄と妹なのだ。
僕に芽生えていたもの、二人で育んできたもの、それら全てを忘れて妹との再会を手放しで喜ぶことが僕にはどうしてもできなかった。
そんな僕の心情がどうしても態度に出てしまったのだろう、さっちゃんもまた僕を避けた。あんなに近くにいたのに。
今日はさっちゃんの誕生日だ、記憶が戻り気付いたことだがサニアと沙樹の誕生日が同じだった。神様が仕込んだヒントだとでも言うのだろうか。
その神様のことで僕らはとてもお祝いどころではない、神様のことで喪に服すというのも少しおかしな事だが、それでも仲間の死を悼むのは当然だった。
「何言ってるの?サニアのお誕生日なんだからお祝いするに決まってるでしょ?カーミラも私達の中からお祝いしてくれるに決まってるんだから……」
「うん……ありがとう……クーちゃん。でも私そんな気分になれなくて、せっかくだけど……」
「いや、やろう。やろうよ?僕達はこのままじゃ駄目だと思んだ、もっと一緒にいたり……ちゃんと話したりしなきゃ……このままじゃ僕ら……」
これ以上、僕は言葉にできなかった。言えば壊れてしまう気がした。結局さっちゃんはウンとは言ってくれず、うなだれたまま押し黙ってしまった。
「リュウ……サニアは少し独りにしてあげましょう。さぁ行くわよ」
「ああ……」
「サニア?私達は酒場にいるから、独りでいるのに飽きたらいつでも来なさい。私もリュウも待っているからね」
何も言わず俯いたままのさっちゃんを独り置いて、僕らは酒場へ向かった。
「――サプライズよ。」
「ん?」
「だから、サプライズパーティー。ケーキに、花束に……私達で抱き締めてあげるのが一番良さそうね。とにかくお祝いするの。」
「でもあの様子じゃあ嫌がるんじゃないのかな?」
「『生まれてきてくれてありがとうサニア、私達はサニアを心から愛しているわ』と伝えるためのお祝いなのよ。お誕生日のお祝いってそういうものでしょう?そうでなくて何を祝うのかしら、そんな風に祝われて嫌がる人がいると思うの?これはお金だけを注ぎ込んだだけの退屈な晩餐や祝宴ではないのよ。私達二人でサニアを祝うの……特別なのよ……」
クロエがまくし立てる、平均寿命の短いこの世界では確かに一年健やかに生きられたという事実は祝いたくなるものなんだろうと思う。
「私達が傍にいる、私達はちゃんと向き合うの。大切な……お友達だもの、絶対にサニアには伝わるから、リュウも手伝って?」
「わかったよクロエ、さっちゃんに喜んでもらおう。」
クロエが強く頷いた。僕らは大急ぎで準備にかかる、今からでは大したことは出来ないだろう……それならせめて心を込めるしかない。ケーキに花束か……間に合うだろうか。
僕らはやれるだけのことはやった。あとはさっちゃんを呼び出すだけ、それはクロエに任せることになっている。何とか元気なころのさっちゃんに戻って貰いたい、それが沙樹でもサニアでも同じことなんだと思う、元気になったらまた旅がしたいんだ……三人で。
クロエに連れられて、さっちゃんが来てくれた。とても浮かない表情で僕らのことをまるで遠い世界のことのように眺めている。自分の殻の奥底に閉じこもってしまったことにクロエは苛立ちを露わにした。
「サニア、いい加減にしっかりして。記憶のことで悩んでるのは、あなただけじゃないんだからね?私もリュウもなの」
「それは……わかってるよ……」
「ううん、わかってない。私達は同じように悩んでるのに皆バラバラ……どうして一緒に支え合わないの?なんで私達は向き合えないの?教えて……サニア」
苛立っていたはずのクロエは僕らの心が離れていくのを感じて泣いていた。僕らは仲間に成りきれなかったんだろうか。さっちゃんは涙を流すクロエに関心を示さず、まるで存在しないものかのように無視して虚空を眺めている。
「さっちゃん」
「なに……?」
「僕らは皆前世の記憶が蘇って混乱してる、自分が誰かもわからないときがあるよ。でもね、結局過去は過去なんだよ。昔どこかで起きたことでしかないんだ。僕らが生きてる今が一番大切だと思わないかな?」
「それもわかるよ……ただどうしてもサニアと沙樹の間で折り合いのつかないことがあるの……それがどうにかできるまでは私……」
「そう……あなたはそうなのね、サニア……いいわ、あなたはそうして居なさい……」
クロエが静かに、だけど強く呟いた。彼女の中には何か強い決意があるようだった。クロエは僕に向き直って息を整え、そして言った。
「リュウ、私はあなたが好き。何度も生まれて死んで、繰り返しながら待ち続けてたの。そしてあなたは私を見つけてくれた……だから、私は……何も持たない幽霊の私にあげられる唯一のもの……あなたにあげたいの。どうか受け取って……愛しているわ、リュウ」
そう言ってクロエは僕の頬へ手を伸ばす。優しく包んだその手で僕をそっと引き寄せ、口づけをした。
その感触は人のものではなく、何かが触れているという曖昧な感覚を残すだけだったが、クロエの息吹から彼女の心や魂が僕の中に流れ込んでくるのを確かに感じていた。
クロエが僕にくれたもの、それは彼女が幾星霜の時を経て温め続けてきた想いそのものだった。
「クロエ、僕はあの時のことは恨んでいないよ。僕は僕なりに君への気持ちに誠実でいようとしただけなんだ。結果や時代が悪かっただけで君は何も悪くない。それだけは知っておいてほしい。」
「そうやって無条件に私を許してしまうことも、今のリュウが私の気持ちに応えることが出来ないこともわかってるつもり。私はあの時あなたが死を恐れず貫いてくれた尊い気持ちにずっと報いたかったの。だから、今度は私があなたにあげる番、私も今報われようとは思ってないの。今はただあなたの心を暖めることさえ出来ればそれで……」
クロエは遠い昔、遠い世界で僕が捧げた心に今報いてくれた。そして僕とクロエがいつかの世界で出会った時のために今の彼女の愛を捧げてくれたのだ。
「私は待てる、今まで何代も待ち続けきたんだもの。そして私はこの世界で魂を癒やして、いつか十五歳より先に行くの。そしてあなたとちゃんと恋をするんだ……そのときはまた……私を見つけて……私を外の世界に連れて行って……」
クロエの瞳から涙が溢れていた、その涙は床に落ちる前に霧のように消え去る。僕はそんな彼女の震える肩に遠い未来の再会を誓った。