沙樹
私の名前は沙樹、東條 龍の妹で歳は兄のひとつ下になる。端的に言うと私は兄のことを愛していた。兄妹としてだけではなく異性として。
それが道ならぬものであるという自覚はある。他人から見れば気持ちの悪いことだということも。ただ私にはその気持ちをどうすることも出来なかったんだ。一度愛してしまったらもう取り返しなんてつかなかった。
私の両親、父も母も会社勤めをしていて、どちらも家にいないことが多く、いつも私達兄妹は二人きりで過ごしていた。
どこまでも優しく面倒見のいい兄は甘えたい盛りの私に嫌な顔ひとつせずに何でも応えてくれた、私はそんな兄が大好きだった。
兄の優しくて甘い性格はサニアになってからも存分に発揮されていたと思う。
兄として好きだという気持ちが変わりはじめたのは小学生の途中からだ。少しずつ自分が女であることを自覚していくにつれてとも言えるかもしれない。
兄といると顔が赤くなっていくのを感じた、触れたときに胸が高鳴るのを感じた、そうした積み重ねから兄への恋心に気付いたんだ。そうして恋に夢中なうちは幸せそのものだった、恋い焦がれる愛しい人と一つ屋根の下で毎日一緒にいられるのだ、そして兄は求められたら断らない人だ。わがままを沢山言っても、いつも一緒にいてくれた。とてもとても幸せだった。
高学年になって私も感情だけで生きる幼い子供ではなくなりつつあった、自分の想いは叶わないこと、叶えてはいけないことを理解していた。そして、そう思うほどに兄への気持ちが強くなっていくことに悩んでいた。
灰色な毎日だった、兄の顔を見るのが辛かった。兄に恋人が出来たりしたら私はどうなってしまうのだろうか、不安で仕方がなかった。一人暮らしでもすればいつかは忘れられるかもしれない、中学にあがったら真面目に勉強して高校は遠くの良い学校へいこう。全寮制なら尚更良い、そんな事を考えていた。
そんなある日のことだ、私はいつも徒歩で通っているのに、その日に限って体調が悪くて一駅だけど電車に乗ることにした。
学校方面のホームはその時間は比較的空いていて、私は最前列で電車を待っていた。
遠くから誰かがガミガミと怒りながら歩いてきている。怒っている相手は電話の向こうのようだった。その人が列の間を縫って横切ろうとする。私の真後ろだった。
「ああもう!!邪魔よ!!なんで皆あたしの邪魔ばっかり!ほんとイライラする!!」
突然そんな怒鳴り声を浴びせられたかと思うと、私はいきなり突き飛ばされた。転ぶ程度なら問題なかったんだろうと思う、そして泣いた私に怒鳴り散らす、ストレスとやらでよく癇癪を起こす母が私や兄相手にやっていた発散方法だ、後ろの女からも母と同じ臭いがしたので大方私相手に罵声を浴びせたいだけだったんだろう。手で押したのか、ランドセルを蹴り飛ばしたのか見えていないのでわからなかったが身体が浮き、着地したところでバランスを崩した私は線路に向かって落ちた。そこへ運悪く電車が来たんだ。
これで悩んでいた全てが終わると思った。兄との別れは辛いが結ばれることのない想いを持ったまま生き続けるよりマシな気がした。私は迫ってくる恐怖と将来の絶望から死を受け入れるように目を閉じた。
不思議なことに、次の瞬間には私は目を開いていた。なにもない世界に一人とても綺麗な女の人がいた。あれがカーミラさんだったんだなと今ならわかる。
彼女は神と名乗った。私の魂には傷がついていて、そのまま生まれ変わると今までと同じ様な人生を繰り返す、だからその傷を癒やす旅にでなさいと、そう私に告げた。
傷を癒やすために私の想いを叶えるように、そして素直に想いに向き合えるように、そんな世界に生まれ変わらせてくれると言っていた。
そうして、私はサニアになった。
沙樹のころの両親とは真逆の子煩悩なパパとママ、そして血のつながらない異性として生まれ変わった兄との再会。
確かに私の願いは叶ったのかもしれない、ただこれまでサニアとして培ってきた全てが兄と結ばれようとする妹を否定している。
私は沙樹、そしてサニア。
心から愛する兄、心から愛するリューくん
私はどちらになって、どちらを選べばいいのだろう
そして私に選ぶ権利はあるのだろうか




