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僕の仲間には生きてる人がいません  作者: らんこ
一章 旅のはじまり
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出逢い

 ああ~無理無理無理無理無理


 何の準備もなく何にもない原っぱに放り出された僕の頭の中は『無理』で埋め尽くされる



 何やらすごい死霊術師の才能こそ授かったらしいが使い方がわからない、お金もない、食べ物もない。ひとしきりヒステリーを起こしたあと僕は途方に暮れ夜空を見上げていた


「北か……」


 神様の言葉を思い出す。今唯一の道標だ、これにすがるほかない。


 ……北ってどっちだよ。そうだ、太陽か月の位置から方角を……って今何時だよ!これじゃあ確認しようがないじゃないか。


 スタートから八方塞がりだった。とはいえ、このまま悲嘆に暮れていても飢えて苦しくなるだけだ、身動きがとれるうちに歩きださなければいけない

 すこし北にいったところに街がある、ということは街らしきものが見えさえすればそっちが北だということだ。僕は適当な小高い丘をみつけて登ってみることにする。


「あれは街の灯りだろうか……もう手掛かりはこれしかないし行ってみるか」


 決意を言葉にださなければ心が折れてしまいそうだった



 どれほど歩いたろうか。灯りが見えたあたりは、この近くのはずだ。しかし何だか臭うな、焦げ臭いような……臭いのほうに向かって歩いていると僕は灯りの正体を知る


 荷馬車が数台倒れ、火がかけられていた。野党か何かに襲われたのだろう、人の姿がないことから方々へと逃げ出したのか。火事場泥棒のようで気が引けるが食べ物か水、あるいは路銀の足しになるものがないか探ることにした。なにせ何の準備もなく異世界へ放り出されたのだ。例え恥ずべき行為であるにしろ死活問題に直結する。背に腹はかえられないし格好つけてもいられない。


「戦利品は短剣ひとつ……もうめぼしいものは残っていなかったか」


 まだ火の回りが緩やかな荷馬車の中にひとつだけ。非力な僕が扱うのに、お誂え向きな武器があった、ここがどういう世界かまだよくわからない以上は、こういった備えも必要だろう。


 探索を諦め踵を返す、その矢先に僕は盛大にすっ転んだ。顔面からいったせいで鼻っ柱にツーンとした痛みが走る。何かに足が引っかかったのだろうと思ったが想像を超えてきた。何者かが僕の足首をがっちり掴んでいる。


「た……たす……け……」


 途切れ途切れに助けを求める声は荷馬車の下、投げ出されたうえに荷馬車が倒れたのか、はたまた隠れたあと荷馬車の車軸が折れて崩れたのか、潰されるように挟まれたその女性は顔色をみるに非常に危険な状態にあるように思われた


 僕は荷馬車の一部であった木片を用いて、てこの原理で僅かばかりだが荷馬車を持ち上げると彼女は息も絶え絶えに荷馬車の底から這い出し仰向けになって倒れた


 改めて彼女をみると腹部を貫くように車軸の一部が突き刺さっており、とても助かりそうにはみえない


「私の両親にお伝え頂けないでしょうか、先立つ親不孝な娘を許してほしいと……」


「諦めないで……大丈夫、気をしっかり持って」


 そうは言ったものの状況は明らかに難しい、素人目にみても彼女の状況は深刻であるし応急処置に使えそうな道具もない


 とめどなく流れ出る血液が血溜まりとなって彼女を覆っていた。虚ろになっていく瞳、震えた手が空へ差し出される。僕は彼女の手をそっと掴んだ。


「お母さん……お父さん……」


 今、彼女はとても孤独なのだろうと思う、とても寒いのだろうと思う、もう何も霞んでみえなくなってしまった視界のなかで必死に家族を求めていた。僕なんかでは何の慰めにもなれない。

 見ず知らずの彼女にかけられる情はけして多くないが、孤独と寒さのなかで悲しく光を失っていくの瞳を見つめながら、僕は自分の無力が情けなくて悲しくて、せめて少しでも彼女の苦痛が和らぐようにと夢中で祈っていた


 彼女が再び動き出すことはなかった、家族を求めて差し出された手はぽたりと地面に落ち、冷え切った彼女にせめて温もりをと思って握り続けた掌に体温が戻ることもなかった


 悲しんでいる暇はないのだろうと思う、それに知らない人なんだ。忘れて立ち去ろう。


 そう思っても僕は立ち上がることができずにいた。僕も死んだ経験がある、まあよくは覚えていないのだけれど。誰にも求められず、何の役にも立たなかった僕でも誰かが悲しんだだろうか、彼女の場合はどうだろうか、行商人について大きな街にでも出掛けた帰りだったのだろうか

 家には彼女の帰りを待ちわびる家族がいて、彼女の訃報を知ってどれほどの悲しみに暮れるのだろうか、きっと僕の死とは比べられない悲しい死なのだろう


「こんな悲しいこと……あっていいのだろうか……」


 僕のような未熟な人間には死はフィクションの中での出来事でしかなった。誰かの死を目の当たりにするなんてことがなかったから、いざ実感をもって死を認識してしまうと未熟な僕の心はすっかり弱りきってしまって、その場から立ち上がる力さえ無くしてしまう


 せめてもう一目だけでもご両親に合わせてあげられたら……叶わない想いを込めて彼女の手をとる。冷たい彼女の手、虚ろな瞳、僕は彼女の瞼を静かに閉じた


 非力な僕にどこまで出きるかわからないけど彼女を街まで連れていこう。どんな悲しみが待っているにしても彼女は帰るべきだと思った。もう別れは言えなくても最期にもう一度両親の温もりの中に。僕は抑えられない涙に必死に抵抗しながら彼女を背負って歩きはじめた





 あてどなく歩き続けて、どれだけの時間が経ったろうか。1日か2日か……彼女はすっかり硬くなってしまい、もう背負うどころではなくなってしまった頃だ。大変なことに彼女が少し臭いはじめた、どこからか腐りはじめてしまったのだろうか……道もわからない、彼女が無残な姿に変わり果てる前になんとかしなければ……

 そう焦っても僕1人の力ではもう限界だ。方角こそ掴んだものの一向に街はみえず飲まず食わずで歩き続けた僕の身体も悲鳴をあげ続けている


 彼女を帰してあげたい、僕も死にたくない。彼女を抱きしめながら強く強く願った。誰か僕達を助けてください、と。視界がぼやけ意識が途切れかける、朦朧としながら願い続けた。願いながら僕の視界は黒く染まっていく。


 何者かが僕の身体を揺さぶっている。いつの間にかねむっていたのか、そうだあのまま気絶したのかと前後の記憶を繋がったところで目を開く


「大丈夫ですか!しっかりしてください!」


 助かった……これで彼女を送ってあげられそうだ……目の前の彼女は僕の意識が戻ったことに安堵し微笑んだ


「んんんんんんん?!?!?!」


 彼女が微笑んだとはどういうことだろうか。先程まで抱きかかえていた彼女に僕が抱えられている


「どうしましたか?気を確かに」


 信じられないことだが彼女は生きているようだ。いや、そんなはずはないだろう。いやでも動いて喋ってるし……よく似た人がたまたま通り掛かったとか、あるいはお母さんが妙に若々しいとか歳の近いお姉さんだとか、頭の中で支離滅裂な考えがぐるぐると巡っていく


 よく見ると彼女のお腹には無残な傷跡が残っている。やはり彼女はあの彼女なんだろう。何が起こったのかよくわからないが生き返ったのだろうか、神の奇跡というものか


「あの君……その……お腹の怪我は……痛くない?」


 そんなわけはないだろうと思いながらも問い掛ける。車軸が貫通しているのだから痛まないわけがない。


「それがその、どういうわけかさっぱり痛まなくて……あんなに痛くて苦しかったのに……よく眠ったらよくなったみたいで」


 風邪じゃないんだから、そんなことで治りはしないと思うんだけど……改めて彼女をよく見てみる……血色は最悪だ斑に青白い。腹部はどうか、やはり明らかに大穴が空いてる。それにその……やっぱり腐ったような臭いがほんのりと……


「あ、ごめんなさい……臭いますか……昨日お風呂に入れなかったから……恥ずかしい……」


 いやいやいや、そういう臭いじゃなくて……彼女は死んだ、それは間違いないことだ。でも彼女は動いている、それも生き物とは程遠い状態のまま


 つまり……これは……ゾンビ?


「ひぇっ!!これってもしかして!?」


「キャッ!なんですかいきなり!情緒不安定ですか?」


 僕のせいっぽいぞ。神様との遣り取りを思い出す、そう僕は死霊術師の才能を授かってしまっている。相変わらず魔法の使い方はよくわからないままだけど、この世界で最高峰の死霊術師になれる才能だけはあるんだ。強く念じたせいで何かが起こったのかもしれない……というか、それ以外の可能性がなさそうだ


 さて、ここで大きな問題にぶち当たる。年頃の娘さんにどうこの事実を伝えるべきだろうか。このまま生きていると勘違いさせたままというのは酷なことだろう。鏡をみれば一目瞭然だし、何よりこのまま街に入れるのだろうか、衛兵さんとかにバッサリやられてしまうかもしれない


『あなたをうっかりゾンビにしてしまいました、ごめんなさい』と言って理解してもらえるだろうか、自分でさえよくわかってないことで他人を納得させられるのだろうか


「あの!大丈夫ですか!お兄さんしっかりして!」


 彼女が僕の手をとり強く握りしめた


「あっ……」


 彼女の手が震えていく、そしてその瞳からは涙が落ちていた


「私、その……死んじゃったんですね。お兄さんの手を握っていたら思い出しました……私が寒くて悲しくて消えてしまいそうなとき、お兄さん私の手をずっと……それで……私……」


「僕にもよくわからないけど、どうやら僕のせいで君はゾンビになっちゃったみたいなんだ。なんていうかその……僕もこういうのは初めてで何てお詫びしたらいいかその……とにかくごめんなさい!」


 まだ正しく扱えない力を無自覚とはいえ使ってしまい、その責任の取り方さえもわからない。僕はどんなに拙い言葉にせよ誠意を込めて謝るしかない。その先の責任の取り方はあとできちんと考えよう


「いえその……ありがとうございました。おかげで独りきりじゃなくて……なんていうか死ぬのは嫌でしたけどお陰様で最悪という状況じゃなかったですし、それに」


 僕は意外な言葉に驚きながら彼女の話を促す


「どうあれ、これでお母さんとお父さんにお別れが言えますから、だからその……ありがとう、機会をくれて」


 彼女は自分のおかれている状況に察しがついているようだった

 そして、ありがとう、と


 僕は僕なりに責任をとる必要がある。それはきっと彼女の別れを祝福し送り出すことなんだろうと思う。彼女の無念が晴れたとき、僕はまた彼女の手を取り笑顔で送ろう。


 輪廻の輪のなかに

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