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宿場町へ

 結局あれからさっちゃんには散々叱られることになったわけだが、それもこれも神様のせいだ。神の倫理観にはとてもついていけそうにない。


 僕らは翌朝近くの農家を回って野菜や肉類の類を売ってもらえないか交渉してまわった、農場の人々は皆気さくで気前よく譲ってくれるのだが、あれも持っていけこれも持っていけと料金以上に色々なものを頂いてしまった……腐る前に食べきれるだろうか。食客も一人増えたことだしなんとかなるかな。


 その日一日は馬の世話や旅支度をのんびりとやりながら過ごした、本当に穏やかな一日だ。


「明日からいよいよ宿場町への移動ね、そこそこ距離があるから少し心配だわ」


 クロエが地図を広げ明日からの道程をなぞる。僕らの馬車は幌付き荷馬車で一頭立てのため、移動速度は徒歩より少しマシという程度だ、馬の体力の都合もあり一日無理をしても30kmが関の山となる。移動のことだけを考えればカブリオレやクーペといったタイプの馬車のほうが圧倒的に速く、一日で僕らの倍以上は移動できるだろう。

 ただ、そういった馬車は維持費や燃費の問題から僕らのような平民が使うには厳しいものがある。

 こう言うと身も蓋もないが馬が引くよりもさっちゃんに引っ張ってもらって全力疾走してもらうほうが圧倒的に速いはずだ。ただ倫理的観点からとてもそんなことをさせる気にはなれないが。


「む?リューくん変なこと考えてる?」


 無意識にさっちゃんを見つめていたようだ、不用意に傷付けるようなことはしたくはない。僕はさっちゃんが可愛いからだと適当にごまかしてみたがお互いに恥ずかしかっただけだった。


「リュウくんもサニアちゃんも仲良しさんなんだね。二人とも初々しくて可愛いなぁ、二人がいつまでも仲良くいられるように祝福してあげる、こっちにおいで?」


 おいでと言いつつ近寄ってきて無理やりキスを浴びせてくる。果たしてこの祝福には何か縁起のいい効果があるのだろうか……

 この祝福(キス)魔にはもう少し恥じらいが必要な気がする。


 僕らへの祝福が済んだあとはクロエをがっちり抱きかかえて離さなくなった。クロエはパタパタともがいて抵抗しているが神の寵愛(セクハラ)の前には全くの無意味のようだ。


「サニアにされても平気なのにカーミラだと妙にイライラするわね……もう!放しなさいってば!」


 神様はそんなクロエの言葉を全く意に介していないようで、ニコニコしながらクロエに頬摺りしていた。愛情深い神様なんだろうけど、いかんせん一方通行すぎるように思う。


「あまり遅くなると明日に差し支えるし、そろそろ寝ようか。早めにでて大農園を抜けないとまた野営をする場所に困ることになるからね」


 女の子達の『は~い』という返事を聞いてそこはかとなく興奮した僕だったが、見透かすような神様の視線に気付いた途端に色々と冷めた。


 翌朝、酒場の主人への挨拶を済ませ馬車へと乗り込む。次の目的地は宿場町だ。そこなら名前通り宿に困ることもなさそうだ。僕は手綱をとり馬車を走らせる、早朝のひんやりした空気が心地よい。朝はまだ涼しいけれど最近は昼になると割と暑い、そろそろ夏が来るんだな。気付けば六月に入ろうというところだ、前世での誕生日だけどあと数日で僕は十七になるのか。さっちゃんの誕生日は八月だったような気がする、後でさり気なく聞いてみようか。


「さっちゃんとクロエって誕生日いつだっけ。さっちゃんは八月だった気がするんだけど」


「えっ?確かに八月だけど……リューくんと誕生日の話したことあったっけ……?」


「えっ……?」


「うーん、覚えてないけど多分したんだろうね、私の誕生日は八月十日だよ」


「私は十一月二日、命日は十月二十日よ」


 言われてみると僕にも話した記憶がないような気がする、何気なさすぎて忘れてしまったんだろうか。


「えーと私はねぇ……私の誕生日は秋の感謝祭と同じ日だよ?今年は皆に祝ってもらえるのかな?楽しみ~」


「そうだね、せっかく皆一緒なんだから皆の誕生日きちんとお祝いしようか」


 たしかに神様に感謝するお祭りだもんな……それが誕生日でもおかしくはないか。

 僕のこの世界での誕生日は転生した日なんだろうか、記憶をそのまま引き継いでいるせいかどうもピンとこないな。



 それから暫く馬車を走らせ陽も暮れかかってきたころ、僕らはやっと大農園を抜けることができた。そろそろ暗くなるころだ陽が落ちてしまう前に野営の準備を済ませないといけない。


「カーミラさんカーミラさん」


「ん?なぁに?サニアちゃん」


「ほら内臓」


 夕食中に突然いつもの得意技を披露しだすさっちゃん、仲良くなったばかりの人にはやらずにいられないのだろうか。

 因みに神様は何でも知っているので特に説明はしていない、さっちゃんとクロエはそんなことを知る由もないので、ただの同行者で普通の人間のカーミラさんに自分がゾンビであるとカミングアウトしたことになる。


「向こう側が見えちゃってるね~見事な大穴だよ、サニアちゃん。痛かったでしょう?ほらお腹に祝福だよ~」


「ひぁっ!くすぐったいよ!カーミラさんは驚かないの?クーちゃんでさえびっくりしてたのに」


「あれは普通びっくりするわよ……」


「あっ……うんまあ。ほら同行させてもらうときにリュウくんがさり気なく気を回して説明してくれたの!サニアちゃんやクロエちゃんに驚いて傷付けないようにって、ね?リュウくん」


「えっ?ああ、うん!そうそう」


「なんだ~!それなら早く言ってくれたらよかったのに。気を遣ってお化粧したまま寝てたんだよ?これでやっと落として寝れるよ」


「リュウくんは、サニアちゃんがお化粧落とすとほっとするんだよね?ありのままが好きだなんて愛が深いよねぇ」


「グッ!!いきなり何なんですかカーミラさん……」


「へぇ……羨ましいことね」


「うっへへ……うへへ……」


「サニアちゃん……生でみるとやっぱり凄いギャップね……」


 全く同感だった


 流石に四人で馬車の中で寝るのは物理的に無理なので僕は火の番をしながら外で眠ることにした。

 馬車の中は花園か……乱入したいのは山々だけれど色々と後が怖い。

 昼間の暑さを冷ますように涼しい風がそよそよと流れている、干し肉を少し炙ってつまみながら、僕は久し振りの独りの夜をのんびりと過ごした。


 そこから先は穏やかな気候も手伝って、何事もなく穏やかに過ぎていった。そろそろ宿場町が見えてくるころだろう。食料の蓄えも心許なくなってきた、見えてきてくれないと困る。


 待ちきれなくて道の先まで飛んでいったクロエが身振りで合図している。坂を越えたら宿場町だ、と。


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