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商人の街

 商人の街は街道を囲むように造られていて、街の中心を東西に突き抜けるように街道が通っている。街道周辺には荷馬車をそのまま店とした露店がひしめき合っていた。

 この街を訪れる商人達はそのまま荷馬車に寝泊まりするのが慣習のようで食事処や酒場は充実しているが宿の類は見当たらない。


 商人の街に辿り着いた僕らはその足で宿を探したが全く見つけられなかった。


「それならいっそ私達も馬車で寝泊まりしましょうよ?食事の類はお店が沢山あるから困ることはないでしょう?」


 クロエの言う通り、そうする他なさそうだ。適当な空いているスペースに馬車を停めたところで商人と思しき男がこちらへ向かってくる。


「やあ兄弟、あんたもここいらで商売すんのかい?」


「いや僕らは商人じゃないんだ、宿がとれなくて仕方なくこのあたりで休もうかと」


「ああ、そういうことか。それなら街のはずれにある商会のほうに行ってみな。あそこなら宿の都合をつけてくれるかもしれないぜ。それにここいらで馬車を留めるには商会で申請がいるのさ。商人同士で揉めないように管理してるってわけよ。」


「なるほど、親切にありがとう。よくわかったよ。」


 要するにこのまま停めておくと、そのうちこの場所を商会からあてがわれた商人がやってきて揉め事になる可能性があるということだ。僕らは早々にその場を去って商会へ向かう。


「さすが商人の街というだけあって商人優先なんだな」


「うん、ここは南の海の街や大農園とも近いし色んな交易品が集まる商業の要所だからね。それに王都との物流の要でもあるから私達みたいな一般の旅人が逗留することはあまり考えられてないのかも。」


 商会というが実質この街の運営母体らしい。自治会のようなものだろう。

 商会についた僕らは受付で宿の手配がつかないか聞いてみた。


「一般の旅の方で交易品の積み込みはないのですね?」


 受付のお姉さんにそう尋ねられたものの、何が交易品にあたるのかよくわからなかった。


「自分達で使う食料や油などの燃料、他に水などを積み込んでるだけです」


「なるほど、それでしたら餌代と管理費用さえ頂ければ馬車はこちらでお預かり致します。宿は本通の中程にある酒場から北に三軒ほど先にあります。当商会直轄の宿屋になりますので、私共にご用がある場合は宿の者に言付けて頂ければ対応いたします」


 すぐに『次の方どうぞー!』と言って横に退けろと身振りで伝えられる。後ろをみると商人達が列をなしていた。この街での商売を取り仕切ってるだけあってかなりの忙しさようだな……。


 そそくさとその場から退散し宿へ向かう、歩きだとかなり遠く感じた。のんびりと辺りを見回しながら歩いていると道端の広さから様々なものが見えてくる。北の方はどうやら街に住んでいる人達の居住区になっているようだ、南には釣り小屋や畑があることから、規模からして内需向けのものだろうが食料生産も行っているんだろう。

 この街は東西に長く、南北にはそれほど広くないようだ。まさに街道沿いに作られた商売のためだけの街といった様相だ。


 観光気分でぶらぶらとしているうちに、目印の酒場が見えてきた。ここを右手に曲がって三軒先が宿屋か。

 路地に入っていくと思いのほか住宅が密集していて狭く、今何件目なのかすぐにわからなくなりそうだった。

 幸いにして住宅地にど真ん中には不釣り合いな立派な宿屋であったため見逃さずに済んだのだけど……これは料金が心配だな。


 こんなところに宿屋があるのでは、探しても見つからないはずだった。本通から見た分には完全に死角になっている。


 受付で僕の心配は的中した、料金がヤバい。森の都の寮生活1ヶ月分の家賃以上の宿泊料が掛かる……一室一泊でだ。これで個別に部屋をとる選択肢はなくなってしまったので後は性別で分けるにしても……この先の旅を考えると無理だ。


「私達は気にしないわよ、ねぇサニア」


「そうだよ、リューくん。いつも一緒に寝てるじゃない」


 受付のお姉さんが僕を汚いものを見る目で見ている。お姉さんが想像してるようなことは何一つやってませんよ……僕は開き直って一室で部屋をとった。もちろん一泊だ。

 こんな出費になるのでは明日の夕方にはここを発たねばならない。


「色んなお店を見て回りながら二三日過ごせると思ってたのに残念ね……」


 クロエが本当に残念そうにしょんぼりしている。街へ着く前のはしゃぎようから、余程楽しみにしてたんだろう。


「まあ……商人のための街だしね……こういう宿もきっと大金持ちの大商人みたいな人に向けたものなのかもね。見た目も造りも立派だし。部屋も豪華だし……」


 そう言うさっちゃんも残念そうだ。部屋のなかを見渡すと内装から調度品まで立派なものだった、ぼったくりというわけではなく、やはり単に豪華で贅沢な宿なのだ。一番の驚きは部屋にお風呂があることだ、係りの人にいえばお湯をはってくれるらしい。この世界ではお風呂は貴族か富豪のものなので、さっちゃんとクロエは大喜びだった。


 さっちゃんとクロエには悪いが、多分これを最後に一生こんな部屋に泊まることはないだろう。


 早速、さっちゃんとクロエは二人で仲良くお風呂に入っていた。お風呂場から楽しげにはしゃぐ声が聞こえてくる……覗きたい欲求はあるがゾンビパワーで叩かれたり、クロエに永久にからかわれ続けることを想像すると怖くて出来ない……。


 特大のベッドは僕らが三人で寝転がっても有り余るほどで、布団も羽根布団でふかふかだ。この世界では藁布団が一般的なので、さっちゃんは感激しきりだった。僕は前世で、クロエは生前に経験している感触なので差ほど驚きはしなかったが、一年以上羽布団の感触に触れていなかった僕には前世の生活を思い出させる懐かしい感触だった。


 翌朝、僕らは持ち帰っても良さそうなアメニティの類を全て詰め込んで宿をでた。貧乏性なんだろうが少しでも元を取らないとやってられない気分だ。


 街道に沿って延々と垣根のように続く露店の列をゆっくり眺めながら旅に必要な消耗品の類を買い足していく。この街の便利なところはまとめ買いをした場合や店頭在庫以外のものを買う場合は商会窓口で受け取れることだった。商品の個数と店主のサインが書かれた書類と引き換えることになる。おかげで手荷物を殆ど増やさずに買い物を続けることができた。



「リュウ、サニア!見て、これすごく綺麗よ」


 宝石商と細工師の店だ、加工された宝石や銀細工が並んでいる、確かに綺麗だ。


「わぁ!リューくんみてみて!この指輪かわいい!」


 そういってさっちゃんは彫刻の施された銀の指輪に手を伸ばしたのだが……


「熱っつぅううううう!!痛たたた!!」


 指輪に触れた途端さっちゃんが悶絶していた、もしやアンデッドになったせいで銀や水銀の類が弱点になってしまったのだろうか。手を見ると火傷のようになっている。


 お店の人が困惑しオロオロとしていたので僕は適当に金属アレルギーだと言って誤魔化す、この世界にアレルギーという概念があるかは不明だが……


「金属を使ってないもので何かありませんか?」


「それなら編み革のブレスレットはどうかな、紐の先に翡翠が付いてるんだよ。揺れて綺麗だろ?」


「これならさっちゃんでも大丈夫じゃないかな?」


「翡翠がキラキラしてとっても綺麗、もしかしてリューくん買ってくれるの?」


「えっ?!うっ……うん……まあね」


 あまり深く考えずに行動したことで更なる出費になってしまった。まあさっちゃんが喜んでくれるならいいか。


「クロエは何か欲しいものはあるかい?」


「私は実体化が解けたら落としちゃうからいいわ。気持ちだけ貰っておく。ありがとうリュウ」


 クロエは少しだけ悲しそうな顔をしていた。食事にしても、こういったことにしても幽霊という状態のせいで僕らとは分かち合えないものも多い。


 そのまま僕らは東側のはずれまで露店を眺めながら歩き続け商会までやってきた。滞在期間は僅か1日、経費がかさむのでどうがんばってもこれ以上は居られない。


 僕らはそのまま商人の街を後にした、次に訪れることはあっても絶対に泊まらないだろう。厳密に言えば泊まれないのだが……世知辛さを噛み締めながら僕らは次の目的地、宿場町へ急ぎ馬車を進めた。



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