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王都へ向けて

 この世界での生と死のサイクルは僕が元居た世界と比べて随分と早い。それはつまりこの世界での平均寿命が短いということになる。併せて人口もそう多くはないのだろう。

 僕の知る世界よりもずっと生と死が身近なのだ。


 そういう世界だからこそ、森の都でクロエから聞いた生と死の女神が崇められているのだろう。祈る人達は短くとも輝いた人生を望むのか、それとも苦痛なき死を願うのか、あるいは今日や明日産まれる命への祝福を乞うのか、まだどこかでこの世界の住人になりきれていない僕にはわかりかねることではあるが、実情に基づいた信仰であるのは間違いなかった。


 そういう世界で僕はさっちゃんことサニアちゃんと、クロエと出会った。二人とも死者である。僕が死霊術師としての力を授かり、この地へと転生したことに深い因果を感じるというのは空想が過ぎるだろうか。


 それとも神様が言っていた通り、僕の力が強く求められる世界に転生させられたということなのか。

 僕が死に、ここへ転生することになった一連の全てに何かの強い意志が働いているような、そんな気がしてならなかった。


 僕はこの世界での故郷と定めた旅の街の、さっちゃんの家の客間にてこうした思案に耽っていた。

 この客間は僕の部屋になりつつあったのだが、今回はクロエと二人で使うことになった・・はずなのだが、さっちゃんは何故か懐かしむべき自室ではなく僕らと同じ客間で過ごしていた。




「ここから王都までの距離はどれくらいかな、森の都まで約二日くらいとして、地図上では六日ほどかな?」


「うーん、私は行ったことはないんだけどかなり遠いらしいよ。一週間ちょっとはかかるんじゃないかなぁ」


 そうなると補給が重要だ。資金は減らないように気をつけていたため潤沢にあるが、王都についたら早速仕事を探す必要がありそうだ。


「途中に商人の街があって、そこからもう少し進むと大農園があるの。さらに先に宿場町があるよ。そこから先は小さい集落が点在してるくらいで王都まではなにもないかな。」


 さっちゃんが地図を指差しながら説明してくれた。なるほど、補給は商人の街で買い込んで、休息や路銀の調達は宿場町で行うのが良いだろう。



「まだまだ私の知らない世界が沢山あるのね、はやく行ってみたいわ。ねぇサニア、リュウ」


 ある意味では僕とクロエは似ている、クロエの方がこの世界においては僕よりもずっと常識的ではあるが見識という点では大差ない。彼女は籠の鳥で僕は異世界人だ。

 クロエほどアクティブな性格でないにしても、僕なりにワクワクしていた。


 とりあえず明日の予定もあることだし早めに休むとしよう。昨夜はクロエのおかげで殆ど眠れなかったせいもあり、沼に沈んでいくように僕の意識は黒く深い眠りの中へ落ちていった。



 いつものように寝起きの悪いさっちゃんはクロエに任せてママさん孝行をしようと思い立ち、僕は早めに身支度を済ませて薪割りやら朝食の支度やらをせっせとこなしていた。


「起きていたかリュウ、ところでお前はいつサニアと結婚するつもりなんだ」


「ヴッ!!パパさんいきなり何です?」


「サニアもああいう状態で、それを汲んだ上で大切にしてくれる男なんてお前以外にいないと思ってな……」


 僕の世界の常識ではまだまだ結婚を考えるような年齢でもないんで……とは言いにくい。異世界からやってきたなんて荒唐無稽な話がすんなり通るほど世の中が甘いわけがないんだ。

 今、僕が生きている世界はここだ。なら、ここの常識に沿ってきちんと考えるべきだろう。


 結婚……か。やはりピンとかこないな。


「そういうのはさっちゃんの気持ちも大事なので……この旅を経て何か僕らのなかで変わるものがあればそういう未来もあるのかもしれませんね」


「うーん……今はまだ、ということか。サニアは良い子だよ、お前のことも多分好きなんだろうと思う。だからその時がきたら娘と向き合ってやってくれんか」


「はい、パパさん」


 さっちゃんは僕のことが好き、か。

 そういう見方をすればいくつか思い当たる節もある。ただそういったものは彼女の性格的なものだと考えれば男の独りよがりや思い違いの類であると言うこともできる。

 僕らの関係や距離感はまだまだ微妙なところなのだろう。やはり一緒にいることで、互いの絆を確かめ合っていくしかないと思う。

 その上で僕はパパさんとの約束を違えるまいと強く誓った。



 皆が起きたので朝食を済ませミーシャおばさんのところへ顔を出したら、お土産に手製のミートパイやクッキー等の焼き菓子をたんまり持たされた。こういうところが親戚のおばさんっぽくて懐かしさや親しみを覚える。


 そういえばクロエが食事をしているところを見たことがないな、幽霊だしやはり食べないのだろう。

 ただパイを貰ってすぐウキウキしながらさっちゃんと一緒に一足先に帰っていったところを見ると食べられないわけではないのかもしれない。


 僕は二人を見送ったあと、かつての職場である鍛冶屋を訪れた。


「よぉ坊主、しばらくだな。腕の方はどうだ、鍛冶修行で少しは上がったか」


「親方、前にも言いましたけど鍛冶修行じゃないですよ。森の都では鍛冶の仕事につけなくて別のことをしていました。ここに来ると無性に農具の手入れがしたくなってきますね……」


「ハッハッ!それでこそうちの鍛冶見習いよ。そうだ坊主、旅をするなら、これを持ってけ。そんなナマクラナイフじゃチーズだって切れやしねぇだろ。俺が打ったもんだ、切れ味も耐久性も保証するぜ」


「親方が……いいんですか?」


「持ってけって言ってんだろ?黙って持ってきな。いざって時はソイツを使っておめぇがサニア嬢ちゃんを守るんだぜ。男ってのはそういうもんだからよ」


「わかりました、ありがたく頂戴します」


「おう、それ見て鍛冶のなんたるかをよく勉強しとけよ。おめぇは根性はねぇがそこそこ器用だ。やりようによっては使える鍛冶師になるぜ」


「は、はぁ」


 最後は誉めてるんだか貶してるんだかわからない言われようだった。


 親方から貰ったダガーは刃渡40cm程あり比較的大振りだが、刀身が細く作られており非力な僕にも扱いやすいよう軽量に仕上げられていた。刃の厚みも薄くまるで脇差しのようであるが、これで耐久性に問題ないと言い切ったところを見ると親方の自信作なのだろう。店にだせば結構な値打ちものになるだろうな……大切に使わせてもらおう。


 こうして1ヶ月ぶりの帰郷は、僕らの旅を支えてくれる優しい人々の想いに触れることができた温かなものとなった。

 旅の街の温かさは、行き交う旅人の心を潤し、そしてまた旅人達は次の旅への一歩を踏み出すのだ。


「さっちゃん、クロエ……なにしてるの……?」


 家に帰るとクロエを背負って一心不乱にパイを食べ続けるさっちゃんの姿があった。


「こうして取り憑いていると食べ物の味がわかるのよ」


「ええ……?」


 やはりクロエは直接食べ物は口にしないのか……


 王都へ旅立つ前の、最後の一夜が過ぎていく。

 明くる朝、僕らは再び歩き出す。

 次の目的地は、ここから二日ほど先の距離にある商人の街だ。



「それではパパさん、ママさん行って来ます」


「またお手紙書くからね、ママもパパも元気で」


「お父様、お母様。お名残惜しいですがクロエは行って参ります。」


「三人共、怪我や病気には気をつけるんですよ。私達はここであなた達の帰りを待っていますからね」


「リュウ、二人のことを頼んだぞ」


 僕らは旅の街を後にし、王都へ向かって馬車を進めた。

 まずは第一の目標地点、商人の街を目指して。




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