王都へ
今日は森の都で最後の休日になる。僕らは三人揃って街へと出かけた、旅に備えた買い物が目的のひとつだが今までのんびりと森の都を見てまわったことがなかったので折角だからとクロエの案内で散策を行うことになったのだった。
折角、案内してくれているのに申し訳ないのだがクロエの記憶にあるお店の類は悉く潰れていたり商売替えをしていたりで、期待していたクロエおすすめの焼き菓子や美味しいミートパイなどにはありつけず仕舞いだった
彼女が亡くなってから十八年、僕の人生より長い時間を幽霊として城の中で一人過ごしてきたのだから当然彼女の記憶からは街も姿も変わっている。
記憶の中の街と今の街の違いに一抹の寂しさを感じているのだろうか、クロエの顔が曇ったままだ。
「観光の名所があれば連れて行ってくれるかな、例えば教会とか景色のいい場所とかね。特に見晴らしのいいところがあれば是非、この街の景色をよく見ておきたいんだ」
「名所……景色……そうね、いいところがあるわ!任せて頂戴」
クロエが急かすように僕達の手を引いて駆け出した。元気になってくれただろうか。
「まずはここね、女神の教会よ。私達の国では生と死の女神を祀っているの。昔は戦争も多かったそうだから、きっとその名残ね。」
彼女はあまり信心深くはないようで、神の存在に対しては淡泊な考えのようだった。生と死の女神か、もしかして神様のことなんだろうか……神をあまり信じないふうなクロエでも実際の神様の様子を伝えたら幻滅したりするのだろうか。ちなみに女神像は全く似ていなかった。
「森の都には女神の教会しかないのだけれど、異国からの移民の人達が作った他の神様の教会もあるみたい。興味がないから詳しくはしらないけどね」
クロエにとって神が関心の対象でないのと同じく、僕はこれまでの背景から神の神聖性が失われており、他の神も神様と似たようなものなのではないか、と思ってしまう。とても崇める気にはなれない。
「次は景色ね?都一番の景色をみせてあげる。」
そういって飛んでいこうとするが僕らは飛べない事に気付いたのか恥ずかしそうに戻ってきた。
「ごめんなさいね、景色をみるならお城の展望台が一番なんだけど」
「ニア先輩に頼んでみようか」
僕らはニア先輩の家に向かった。
「で、なんでクロエ姉さんがいるのかな……成仏したんじゃ……アリアになんて言えば……」
「細かいことは気にしないのよニーア、あなたの大好きな少年と旅をするために冥府から舞い戻ったの、あれからリュウ達とずっと一緒にいるのよ、羨ましいでしょう?それとアリアには内緒にしておいて頂戴、あの子のことだから無用な心配をするに違いないもの」
「わ、わかりました。クロエ姉さん……」
「それじゃあ展望台で合流しましょ?ニーア、この子達を案内してあげてね」
「クロエ姉さんは一緒にいかないんですか?」
「私がいくと余計な騒ぎになるかもしれないもの、私は飛べるから先に行って待ってるわ」
「またあとでね、クロエ」
「一足お先にね、リュウ。そうそうニーア、私達名前で呼び合う仲になったのよ。羨ましいでしょう」
そう言い放ってクロエは飛び去っていった。
「少年、仕事をやめたら先輩でなくなるわけだし私のことは今からでもニアと呼び捨ててくれて構わないよ」
彼女達は何を競い合っているのだろうか
「ニア先輩を呼び捨てるのは何だか気が引けてしまいますね。それに少し照れます。」
「いいから試してみてくれないか」
「えーと……ニ、本当に恥ずかしいのでご勘弁を……」
「お預けかい?それじゃあ名前で呼んでもらうのはまたの機会にしようか」
おかしなやり取りをしているうちに展望台についていた。
「どう?リュウ、素敵な景色でしょう。皆と見られて良かったわ……アリアも一緒にみられたらもっと素敵だったでしょうね」
先程立ち寄った石造りの教会や、このあたりで良く採れるチーク材で作られた家々が夕陽で赤く染まっていて、どこか懐かしさを感じるような暖かな景色だった。遠くを見渡せばまだ雪化粧の残る山々と麓の森の木々とが夕陽に煌めいて宝石を散りばめたようだ。
「呼んできましょうか?クロエ姉さん」
「そうね……どうしようかしら。あんな別れのあとで顔をみせたら流石のアリアも怒るんじゃないかしら」
「そんなことないと思うよ、まあ旅にでるのは引き留められると思うけど」
「リュウの言う通りそれが問題なのよねぇ、やっぱりあの子は呼んであげないわ。そうそう、ニーアこれをあの子に渡してくれないかしら」
「髪飾り?どうしたのですか」
「真夜中に私の遺品から回収してきたのよ。子供の頃にあの子が欲しいとねだっていたものなの、今日のように意地悪してあの時にあげなかったから、今日の分のお詫びに今あげることにしたの。私が旅立ったあと渡して頂戴」
そういえば元から丑三つ時だけは物に触れるんだった。今後はクロエのイタズラに気をつけないと……
「きっと怒るか大慌てするかのどちらかでしょうね」
「いつか皆で帰ってくるわ、その時に謝ることにする」
帰り際、ニア先輩とかつての約束を果たすチャンスが訪れることになった
「帰る前に私の家に寄っていかないか?せっかくだから夕飯をご馳走しようじゃないか」
「そうですね、是非」
皆で囲む食卓は賑やかなもので、とても楽しい一時だった。
こうして森の都での最後の休日が終わった。
名残惜しい限りだが旅立つ日が訪れた。
領主様への挨拶も済ませたし、荷造りも積み込みも済んだ。
あとは出発するだけだ。
「領主様に会わなくて本当に良かったのかい、クロエ」
「いいのよ、お互い名残惜しくなるだけだもの」
「少年!待ってくれ!」
「ニア先輩、来てくれたんですね」
「お弁当、作ってきたんだ。道中で食べてほしい。クロエ姉さん、サニアさん、少年……どうか元気で。いつでも帰っておいで、待っているからね。」
「ニーア、あなたも仕事ばかりしてないで幸せになりなさい」
「そうですよ、ニアさん綺麗なのにもったいないよ」
「幸せか……そうだな……」
そう言って先輩は僕を抱き締めてキスをした……おでこに。
僕の背丈がもう少し伸びていたら違った結果になっていたのかもしれないな。
「私にはこの程度の幸せがもらえれば充分だよ。少年、素敵な思い出をありがとう。また会える日を楽しみにしているよ」
もう少し大きくなったら、また必ず訪れよう……僕はそう心に誓った。
そして僕らは森の都を後にした。
ものすごく怒っているさっちゃんと、その様子を見てからかうクロエ、そしてまだ呆けている僕を乗せて
王都へ