三人で
今、僕は正座をさせられた状態でさっちゃんから異性との距離感についてお説教を受けているところだ。
日中の領主様とのやりとりが、やはりどうも口説いているように見えるらしい。
手を取り自分の幸せを考えるべきだと異性に説く姿は、まるで自分と幸せになろうと迫っているかのようだったそうだ。
そのあたり僕が単に人とのコミュニケーションに慣れていないせいで距離感をうまく保つことができていないのか、あるいはこの国の倫理観と僕の世界の倫理観に乖離があるだけなのかは、僕の浅い人生経験からは判断がつかなかった。
もしかすると貞淑さを旨とする貴族のご令嬢には、単純にこういった仕草が刺激的すぎるだけなのかもしれない。
「そもそもリューくんは誰にでも優しすぎるし、べたべたしすぎだよ。クーちゃんとだってずっと手を繋いでいたし、ニアさんとなんか毎日べたべたくっついちゃって……」
「それは……」
領主様と引き合わせるため、クロエを実体化させ続けるには手を繋いでいる必要があったし
ニア先輩に関しては彼女があまり僕を異性として扱わず細かいことも気にしていないだけなんだが……いや、ニア先輩に関しては僕も少しだけ喜んでいた節があったか……本当に少しかな……かなりか
後ろめたさは多少あるが、けして不純なことはしていないつもりだ。いやニア先輩に関しては少しだけ不純さもあったかもしれないか……。
皆どこかで誰かの死という心の傷を負っていた。取り返しのつかない、どうしようもない悲しみに触れたとき僕はどうしてもその人に寄り添いたいと思ってしまう。例え何もできないとしても。
こうも人の死に纏わる出来事と縁が深いのは僕の死霊術師としての才能と何か関係があるのだろうか。
あるいは神様が言っていた僕の魂の傷を癒やすこと、つまりは僕がこの世界へと転生した理由と関係しているとか。
「リューくんは時々エッチぃけど、でも悲しんでいる人や困っている人を無碍にできない人だってことは私もわかってるつもり……あれ?何で私のこんなに怒ってたんだろ。リューくんはいつものように優しいだけなのに……ヤキモチ妬いてリューくんに当たり散らすなんて私……」
いつの間にかさっちゃんが泣き出しそうになっていた
「さっちゃん……」
「リューくんがどこかに行っちゃって、もう私のところに戻ってきてくれないような、そんな気がしちゃってずっと怖かったの。おかしいよね、いつもこうして……ずっと一緒にいてくれるのに」
「さっちゃんを置いて何処かへ行くなんてありえないよ。ずっと一緒に旅をしようって約束したけど僕は忘れてないよ。いつか旅の街に帰ってみんなで一緒に暮らそうって言ってくれたことも僕はすごく嬉しかったんだ。そんなさっちゃんを置いていなくなるなんて、死んでも有り得ないことだよ」
「リューくん……そうだね。いつまでも一緒って約束したものね。ごめんなさい、つまらないことで不安がったりして」
僕がさっちゃんの頬に触れると、さっちゃんは安心したように微笑んでくれた。
「その皆には私もいれてくれるのよね?リュウ、サニア。ところであなた達の痴話喧嘩はいつまで続くのかしら?いつまでもそうして二人でイチャイチャしているところを見せられると何だか疎外感を感じて寂しいわね」
クロエが椅子に腰掛けたまま足をパタパタとばたつかせて、いかにも退屈で不機嫌だと言わんばかりだ。
「クーちゃん……イチャイチャだなんて、私達ってやっぱりそう見える?」
またいつもの表情でニヤニヤしている。さっちゃんはとても美人さんだけど、破顔したときのギャップが凄すぎる。
「うっ、サニアその顔怖いわよ……そうね見えないこともないかしら。ただ兄妹のように見えることのほうが多いかもね、見た目は似ていないけど」
妹、か
僕と妹はどんな関係だっただろうか、妹の死以来そういった記憶が全て思い出せなくなっている僕にはどのような関係が兄と妹らしいのかわからない。
さっちゃんには妹っぽい可愛さもあるように思うけど、僕にとってはそれだけじゃ済まない何かがある。それが恋愛感情なのかどうかは僕の経験の少なさからはっきりとは判断がつかないのだけれど、好きか嫌いかで言えばもちろんさっちゃんのことは大好きだ、恥ずかしくて口にはだせないが。
「ところでクロエは本当に僕らと一緒にくるの?僕の力がどういう影響を及ぼすかわからない以上は一緒にいたほうがいいとは思うんだけど、領主様と離れるのは寂しくないのかな」
「その問いの答えはリュウ自身が既に出しているでしょう?私は既に死んでいるんだし、正直に言えばこの先いつ滅んでも構わないと思っているわ。ただ旅を夢見ていたのも事実だし叶うなら叶えたい。それにその力の影響がリュウやサニアによくない形で現れたら嫌だもの一緒にいるのがベストよ。」
「そうか、そう言ってくれると嬉しいよ。ありがとうクロエ」
「そういえばリューくん、いつからクーちゃんと呼び捨てで呼び合う仲になったの?」
「フフ……サニアの見ていないところでよ」
また場の雰囲気が振り出しにもどった。そういえば明日は休みだったか、森の都を発つ前に三人でのんびりと街を巡ってみるのもいいかもしれないな
僕はすこしでも場の雰囲気を和ませようと、そう提案してみた。そしてひと月暮らしたこの穏やかな街に別れを告げて、僕らはまた旅にでるんだ。