次の目標
身体の痛みで目が覚める、さすがに布切れを数枚敷いただけの寝床には無理があったようだ。さっちゃんはまだ眠っているようだがクロエさんの姿が見えない。
見回すと窓辺に立つクロエさんが見えた、肩まで届かない程度に揃えられたやや癖毛のブロンドが吹き込む風でふわふわと揺れている。
「おはよう、市民」
「おはようございます、クロエさん」
そういえば僕だけ名前で呼んでくれないな
「クロエさん、きちんと自己紹介してませんでしたよね。僕は東條 龍といいます。今年で17になります。」
「トージョーリュー?珍しい名前ね、異国の出身かしら」
「東の海の向こうから来ました、気軽にリュウと呼んでください」
「そうね、私ももう身分など関係のない幽霊なのだし名前で呼ばなければ失礼よね、ごめんなさい。私のことはクロエでいいわ、堅苦しい言葉遣いも不要よ」
そう言いながら手の甲を差し出してくる。僕はその手を返し握手をした。
「また間違えてしまったわ、ごめんなさいね リュウ」
「気にしてないよ、クロエ」
「リューくん……クーちゃん……おは……」
「酷い寝起きね……」
クロエ曰わく幽霊は眠気がないそうだ、横になってなにも考えずにいると睡眠に近い状態になるそうだが厳密には寝ているわけではないらしい。
それにも飽きると僕らを突っついたり散歩したりしていたと言っていた。
「私……ねむ……う」
クロエがくすぐったり叩いたりしているが二度寝に入ったさっちゃんはビクともしなかった
いつもの揺さぶり作戦でさっちゃんを叩き起こした後、僕らは領主様の城へ向かった。今日こそは領主様と話せるだろうか。
「おはよう少年、領主が君のことを探していたよ。案内するからついておいで。」
渡りに船というやつだろうか、僕らはニア先輩の後に続き城内へ。そのまま三階へと通された、このあたりは僕ら庶民では到底立ち入ることの出来ない未知の領域だ。
王侯貴族然とした華美なところを想像していたが至って質素な内装で領主様の趣味か、はたまた件の騒動から必要以上の贅沢に罪悪感を感じていたのか、領主様の心を写すかのような空間だった
「私もここまで来るのは久しぶりでね、随分とさっぱりとしたものだな。少年、この部屋だよ。」
通された先は最低限の家具しかないとても質素な部屋だった、広さはあるがまるで病室か独房のようなこの部屋で領主様は自分を罰し続けていたんだろうか
「リュウさん、よくおいでくださいましたね。まずは先日のお詫びを、お恥ずかしい姿をお見せしまして失礼致しました。そして姉のことでは大変にお世話になりました。」
「いえ、お役に立てたならなりよりです。」
「姉に許してもらえたことで私も救われた思いでした。姉も心置きなく天国へ旅立てたことでしょう、なんと言ってお礼をしたらいいか……」
心置きなく元気に街を駆け回ってることについては伝えたものかどうか悩んでいた。
あのときの領主様の様子から成仏どころか以前にも増してやりたい放題な有り様を伝えてしまえば帰ってきてほしいという事になってもおかしくはない
そしてクロエの実体化に必要な僕も必然的にここに残るような話になっていきかねないのだ
俯き寂しそうにしている領主様が見ていられないのと、クロエに関する話がこれ以上広がっても厄介なので僕は少しだけ気を利かせることにした
「領主様、いえアリアさん。クロエさんが言っていた通り、あなたと過ごした日々も先日の別れのときもずっと彼女は幸せだったと思います。ですからそんな悲しい顔をなさらないでください、クロエさんはきっと今も幸せですよ。彼女が望んだ通り全てが自由になったのですから。どうかアリアさんも彼女のためにもご自身の幸せを考えてください。」
領主様の手を取り出来る限り真剣に伝えた、そして大事なことだが嘘は言っていないはずだ。
「リュウさん……」
気のせいだろうか、領主様の頬が赤いような気がする。
「コホン……コホン!少年、そのくらいにしておきたまえよ。」
ニア先輩が少し怒っている、手を握ったのがまずかっただろうか。
「いけませんよリュウさん、こんなに可愛らしい奥様がいらっしゃるのに」
なんの話だろうか……
「お、おおお、奥様……うへへ……」
さっちゃんがすかさず反応しおかしな笑みを浮かべている。ニア先輩達の反応は、もしかして僕が領主様を口説いていると思っているのだろうか……
「い、いやその誤解があるようでその」
「リューくん何が誤解なの?!」
間が悪すぎたか、今日は厄日に違いない
「二人はご夫婦ではなかったのですか?寮の手配の際に執政官からはそのように報告を受けていましたが」
「いやいやそこではなくて……その……夫婦で間違いないです」
「なんだと?少年、君は既婚者だったのかい?!」
話が脱線し目茶苦茶な流れになりつつあった
「ニアちゃん、あなたの大好きな少年は既に他の女性のものだとはっきりしてしまいましたね。お互いに残念でしたね」
「な、なぜそこで私に振るんだ!少年は弟のようなもので……」
「リューくん、これはどういうお話なのかな?説明してくれる?」
「説明も何も僕にもさっぱり……それよりご相談したかったことなんですけど」
「そ、そうでした。すみません、つい」
「リューくん、後で話があるから」
「ウグッ……それで僕が相談させて頂きたかった事というのが、クロエさんの件とも関係があって……僕には死霊術師としての才能があるそうなんです。クロエさんのような幽霊を実体化させたりする力があるんです。」
他にも死体からゾンビが作れます、と言うとさっちゃんが傷付くのでやめておくことにした。
「はい、それはこの目ではっきりと見ました。」
「僕はこの力をうまく扱えていません。自分でもどういったときに作用するのかはっきりとわからないんです。この魔法の力について知っている人や書かれた書物など何でも構いませんのでご存知のことがあれば教えて頂けませんか。」
「ごめんなさい、私にはなにも……もしかすると王都にある王立図書館なら何か手掛かりになるものがあるかもしれません」
幸いにして僕らの次の目的地と同じだ、大規模な図書館なら何か掴めるかもしれない。
「ただ王族か選ばれた貴族や学者しか立ち入ることが許されていません、私如きでお力添えになるかわかりませんが紹介状をお渡し致します。後ほど届けさせますね。」
「ありがとうございます、領主様」
「それともう一つ、大切なことが」
「何でしょうか、領主様」
「私とニアちゃんの年齢に関して他言は無用です、とても大切なことですから肝に銘じておいてください。わかりましたね。」
「は、はい」
領主様もニア先輩も繊細なお年頃だった
話も一段落したところで仕事へ戻ろうと思ったが、もうお昼手前ほどの時間になっていたので僕とニア先輩はそのまま昼食を取ることになった
「それにしても少年が既婚者だったとは……」
「ああ、そのことなんですが……」
ニア先輩になら話しても角は立たないだろう、僕は事情を説明することにした
「ハッハッハッ!なんだ、そういうことだったのか。よかった……いやいやその歳で旅のために働いて倹約して偉いじゃないか」
「いえいえ、そんなことは」
「ところで少年、いつ発つつもりなんだい」
「ここに逗留する期間が1ヶ月ということになってますので月があけたら発とうかと思っています」
「そうか……寂しくなるね。つらくなったらいつでも帰ってくるといい、私はいつまでも君を……君達を待っているよ」
「必ずまた会いにきますよ、絶対です」
「ああ、約束しよう」