願いの叶え方
「魔法……ねぇ。私は聞いたことはないが、そういう夢のある話は嫌いじゃないよ」
涼しげな微笑みを浮かべてニア先輩が言う、僕は手掛かりを求めてニア先輩に聞いてみたが、やはり空振りだった。
「領主なら何か知っているんじゃないか、それとなく声をかけておくよ」
「ええっ!ニア先輩って貴族だったんですか?」
「いや、普通の市民さ。ただ私の家系は代々ここの庭師をしていてね。領主とは歳も同じで幼い頃は彼女の姉と三人で一緒に遊んだものだよ。子供には身分や政治は関係ないからね……」
領主様とニア先輩って何歳なんだろう……
「領主様にはお姉さんがいるんですね、普通は年長者が継ぐものだと思うんですけど」
「そもそも領主は世襲じゃないんだよ。他にやりたがる人がいないから自然にそうなっているだけさ。継ぐはずだった彼女のお姉さんは成人を目前に亡くなってね」
事故か病気だろうか、僕らの共通点は家族を亡くしたことのようだ。それにしても誰もやりたがらないって……
「ここでは執政官であるのが得なんだ、彼女と姉は成人前にご両親、つまり先代の領主を亡くした。
その後の執政官の派閥争いのなかで、姉を擁立する派閥と妹を擁立する派閥で争った結果が今というわけだよ」
「お姉さんは謀殺だったと?」
「大きな声で話せる内容ではないけどね。少なくとも私はそう考えているよ。」
順当にいけば黙っていても姉の成人に合わせて領主となったはずが目前にして突然の死、たしかに不自然さを感じる。
「事件を機に彼女は責任を感じて塞ぎ込んでしまってね。きっと自分が領主であること自体が許せないんだと思う。姉の方は彼女とは真逆の性格で気の強い人だったけど姉妹仲はとても良かったから」
領主様とお姉さんは大人の都合で引き裂かれてしまったということか、そしてお姉さんは謀殺された。彼女達には何の罪もなかったはずだ、権力欲とはどこまで残酷で恐ろしいものなんだろうか。
ニア先輩との内緒話を終えて仕事を再開した矢先、僕を呼び止める声が聞こえた。
「そこの黒髪の市民、聞こえて?聞こえるなら跪きなさい。」
何やら威厳のあるその声についつい跪いてしまう
「ははぁー!すみません!すみません!」
そして何故か謝ってしまう日本人的小市民だった。真っ先に想像してしまったのがギロチンにかけられる自分だったのだから仕方がない。
「何をやっているんだい、少年……」
「いや、その、この……こちらの方に」
「んん?こちらとは……誰もいないが?」
「えっ……あら?」
ニア先輩の言うとおり誰もいなかった……僕の心のどこかに住んでいるMの妖精さんがイタズラでもしたんだろうか。
「まさか少年……この間頭を打ったから……」
ニア先輩がじわぁっと涙を浮かべはじめた、こうなると僕への甘やかしが止まらなくなる『お姉さんモード』になってしまう。
お姉さんモードについては先日の通りだ、優しいニアお姉さんは大好きなんだがいかんせん恥ずかしい。
それにさっちゃんに見咎められては大変だ、あの後どうなったかは今更言うまでもないだろう。
「ニア先輩、本当に大丈夫ですから!気のせいでした気のせい」
「そうかい?それならいいんだけど……無理をしてはいけないよ、何かあったら大変だからね」
「ふぅーん、やっぱり聞こえているのね。市民、後で話があります。作業が終わり次第ここにくるように、いいですね」
「えっ……?」
後ろからそう聞こえたが振り返っても誰もいない、ここに来るようにって……その声の正体を確かめるには夕方またここに来るしかないようだ
仕事を終えた僕は謎の声に言われた通り、ここへ戻ってきた。さっちゃんとの合流まではまだ余裕がある。
「あの~……約束通りきましたけど」
反応はない、やはり僕の気のせいだったか……近くの庭木の下に腰を下ろして声の主が現れるのを少し待つことにした。現れなければ明日は医者に見てもらおう。
「ばぁ!……驚いたかしら」
ゆらりと揺れた影が女の子を形作っていく、突然の大きな声に少しだけ驚いた。
「君は……?」
「思ったほど驚かないのね、つまらないわ」
普段の僕なら気絶してもおかしくはないのだけれど、この光景には既視感があった、たしか神様に驚いたんだっけ。この子は幽霊の類なのだろうか?
またしても僕は死霊術師の才能のせいで見えなくてもいいものが見えているらしい。
「私はクロエ、特別に名前で呼ぶことを許します。市民、あなたはニーアと私達の話をしていましたね?事情を既に知っているものとして話を進めます。よろしいですか」
話もなにも初対面なんだけど……
「……察しが悪いですね。私が現領主の姉です。」
見た目から僕よりは年下に見える、その子はクロエ。領主様の姉を名乗っている。
「君はその、幽霊なの?」
「自分でいうのも癪だけどその通りです。この通りあなたには触れることはできません」
そう言いながら手をぶんぶんと振っている、その手が僕に触れそうになる。
「ご覧の通りです、あらっ?」
バチーンという破裂音と共に派手に頬を打たれた、凄く痛い……
「ヴッ!いったたた……」
「おかしいですわ……人や物にはまだ触れられないのに」
確かに庭木や石像を相手にする限りは彼女は触れることが出来ないようだ。しかしなんで僕だけ……まだヒリヒリ痛む。
「丑三つ時を過ぎていないのに何故……」
彼女もまた事情が飲み込めていないようだ、丑三つ時をすぎたら触れられるようになるんだろうか。怪奇現象の秘密の一端を垣間見た気分だ。
「と、とりあえず幽霊ということはわかりました。クロエさん、それで僕になんのご用ですか」
「あ、うん……じゃなくて。はい、それで用件ですが……私の妹を助けて頂きたいのです」
クロエさんの口調は貴族然として振る舞うために無理をしているようだ。多分、躾の賜物だろうけど無理することはないと思う……
「妹は私の死を自分のせいだと思い込んで自らを責め続けています。私を死に追いやったのはあの子のせいではないのに……」
そう、全ては派閥争いに加担した大人たちのせいだ
「クロエさん、話しにくいなら口調は無理しなくても……」
「えっ……そうね遠回りになってもいけないから。気に病まないでほしいと妹に何とか伝えたいの。助けてくれる……?」
そう言われても僕の口から伝えたところで何の意味もないように思う。せめてそれがクロエさんの思いだとはっきり示す根拠があれば……
「あっ、リューくん!こんなところにいたんだ、探したよぉ~」
さっちゃんも仕事が終わったようだ。話し込んでいたせいかすっかり時間が経っていたことに気付いていなかった
「……誰と話してたの……?」
虚空を見つめて誰かと話している僕をみてさっちゃんの顔が曇る、化粧の下には血の流れがないため顔色こそ変わらないが血の気がザワザワと引いていく音がここまで聞こえてくるようだ。
さっちゃんは僕が死霊術師の才能を持って生まれたことをよく知っている、彼女の存在がはっきりと有り得ない奇跡を起こしうる力であることを示しているのだから、その奇跡の賜物たる本人が僕の不思議な力を信じないわけがない。
つまるところ、僕の奇行にはそれ相応の意味があると彼女は考え怯えているのだ、例えばそこに見えざる誰かがいるとか。
「その子、死んでるわね。お友達になれるかしら」
クロエさんが言う、彼女なりに親近感を覚えるのだろうか、紹介して何とかなるのだろうか
「ええと、さっちゃん。この子はクロエさん」
そう言いながらクロエさんの背中に手を触れた
「えっ!うぎぇーーーー!!!」
さっちゃんが昏倒した……
「う、うぅん……」
「さっちゃん!大丈夫?しっかりして」
さっちゃんは程なく目覚めた。彼女が言うには僕の仕草をみていたら突然パッ!と女の子が出現して驚いたというのだ。試しにクロエさんに触れたり離したりしてみる
「ヒィーー!!どうなってるの?!リューくん!!」
「私で遊ばないでくれるかしら……」
さっちゃんの目には女の子が点滅しているように見えているはずだ
「市民に触れると私が見えるのね、不思議なこともあるものだわ……」
こうして幽霊とゾンビに囲まれてる今が一番不思議なんだけど……
「はじめまして、ゾンビのお嬢さん。私はクロエ、ここの領主の姉にあたる者よ。」
得体の知れないものほど怖いものはないが意志が通わせられるとわかれば、その限りではない。さっちゃんも恐怖が薄れてきたようだ。
僕が触れている限り、僕以外の人にも見えて声も届くようだ。これなら彼女の願いを叶えてあげられるかもしれない。
普段はあまり役立つことも感謝をすることもない僕の力が久し振りに誰かの役に立つときがきたようだ。
「クロエさん、これならなんとかなりそうだよ。僕らにまかせて」
僕は出来るだけ力強くそう宣言した
あとは領主様に会うだけだ