秘密
いざ入ってみれば拍子抜けだった。それも当然だろう、ここは都の真ん前の森だ、なんの整備もされていないほうがおかしいというものだ。
多少の薄暗さはあるが街道と遜色なく整備された道で迷うこともなく進める。今は丁度森の中程だろうか、木の実でも集めて昼食にしようとしていたときだ。
「ヴォー!!」
しまった、離れすぎたか
久しぶりにやらかした
「さっちゃん!こっち!」
僕は両腕を広げ腰をおとし構えをとる
そこに凄い勢いでさっちゃんが飛びかかってきた
「あれ?リューくん?なんでくるくるしてるの」
さっちゃんを抱き止めたまま僕はなんとなくくるくると回っていた
「なんとなくかな……」
またダッシュゾンビになると困るし、せっかくなので一緒に木の実集めをした
「リューくん、このキノコ食べられそうだよ」
「さっちゃんならね……僕なら死にそうな色だよそれ……キノコは素人には無理だからやめようね……」
「結構集まったね?」
「戻ってお昼にしようか」
僕らは馬車までもどって昼食の支度をはじめた
「さっちゃん?もしかして怪我してない?ほら足首のところ」
「あれ?ほんとだ、いつだろ……」
さっちゃんには痛覚がない、もしあったらお腹が痛くて起きていられないだろう。そのためこういった些細な生傷が絶えない。
更にいうと彼女の身体は代謝が止まっているので放置しても自然治癒しないのだ
とはいえ治す手段はある、傷口を縫い付けてタンパク質を摂る、これだけだ。因みにさっちゃんには消化吸収という生物的な働きはない、そもそもお腹に穴あいてるしね。
多分魔法的ななにかだろうと思うのだけれど正直わからない、ともすれば失われがちな僕の異世界生活における貴重なファンタジー要素だ。いつまでも大切にしていきたいと思う。
「ねぇ、リューくん。跡残ってないかな?」
「もうすっかり綺麗だよ、よかったね」
さっちゃんの足を撫でていたらエッチぃよと言って蹴られてしまった。不純な気持ちはあったが傷跡が残ってないか確かめていただけなんだ……
なお、お腹の傷は食事のたびに少しずつだか小さくなっているようだ。何年かしたら塞がるかもしれないということで、さっちゃんの楽しみのひとつに食事が加わった。
ひとつ補足しておくとゾンビはスタミナが無限であり空腹も感じないとのことだ。
ゆったりとした旅のなか僕はさっちゃんを知ることでゾンビへの理解を深めていく。そうしているとき、またひとつさっちゃんの秘密を知ることになった。
「おじさん、大丈夫ですか?」
「いや……正直参ったよ。馬車の車輪がすっかり壊れてしまってね。修理道具はあるんだけど馬車を持ち上げて支えないといけないんだ。どう考えても人手がたりなくて」
僕は持ち上がるかどうか試してみたがぴくりともしなかった
「兄ちゃん無理しちゃいけないよ、腰痛めるぞ。男手が四人ほどあれば何とかなるんだけど……街まではまだあるしなぁ」
「リューくんリューくん……」
「なに?さっちゃん」
「多分大丈夫だよ……私も手伝うから……でもその、リューくんが頑張ってね」
そう小声で言うさっちゃん、もちろん女の子に力仕事を頑張らせるつもりはないけど、2人でなんとかなる重さじゃないと思う
「いい?リューくん、せーの!」
「よいっしょおおお!!おお?おお??」
嘘みたいにするっと持ち上がった、さっちゃんは涼しい顔をしている……僕が驚いているとキッ!と睨んできた。
……そういうことか
「うぅおおおお!!おじさん!!はやく!!僕が支えている間にいいい!!!」
「おおお!!兄ちゃんすごいぞ!!頑張れ!!急ぐからな!!」
実際のところ僕の力なんて殆どなんの役にも立っていない、僕に頑張れと言ったさっちゃんのゾンビパワーによるものだ。多分、力持ちな女の子っていうのが少し恥ずかしかったんだろう……
おじさんからお礼に干し肉などの食べ物や、さっちゃんに似合うからとケープや帽子をもらった、本業は衣類の卸売だそうだ。
おじさんに別れを告げたあと、さっちゃんはもじもじと恥ずかしそうにしていた。おじさんにはバレなかったが僕にはバレた、そこが少し恥ずかしいのだろう。
「恥ずかしくても、おじさんを助けてあげようと思ったさっちゃんは凄く素敵だと僕は思う」
「おじさん喜んでたしよかったけど……やっぱり普通の女の子はあんなに力持ちさんじゃないし、なんていうか恥ずかしくて……」
普通の屈強な男の子でも無理ですと言いかけたがグッと飲み込んだ
「恥ずかしいことなんてないよ、僕は好きだな」
「それならいいんだけど……」
「そうだよ、何の問題もない」
「『うぅおおおお!!』キリッ! アハハ!!」
何で僕の真似を……
「『凄く素敵だと僕は思う!』キリッ! ……ひぅ……」
血が流れていないさっちゃんの顔色は変わらないままだけど変な声をだして俯いたままな所をみるに恥ずかしくなったんだな
物まねで自爆するとは……そもそも僕はそんなに格好つけてないんだけども……そんなにキリッ!と決めようともしてないぞ……
帰るまでの間に変に物まねレパートリーが増えないように気をつけよう、からかわれ放題になるのが目に浮かぶようで怖い。
「あっ!リューくん、森を抜けるみたいだよ!」
「ほんとだ、眩しいな……そうかまだお昼過ぎか」
薄暗い森を抜けると、やや傾きかけた太陽がとても眩しかった
少し先に見えるあの街が北の果ての都か、地図には森の都とある街の北端にある丘には大きなお城があるようだ。ここの領主のものだろう。
「ねぇ!早くいこう?」
久し振りの人里にさっちゃんのテンションが上がりっぱなしのようだ、このまま向かえば夕食前には宿がとれるだろう。僕も楽しみだった。
「よし!今日は北の道を制覇した記念にお祝いしようか!」
「そうだね!美味しいものいーっぱい食べよう!」
僕らは街への道を急いだ、お腹も減ったしなによりベッドが恋しくなっていた。馬車の床で寝るのも疲れるからな……
久し振りの文明的な食事と寝床が待っている
それだけで楽しい気持ちになれた