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二手に別れて

 昔々。化物に襲われた二人組。

 互いを囮に逃げようとして、取っ組み合いの大喧嘩。

 結局、どちらも食われて死にましたとさ。




 雪成と紫苑は最奥、今回の目的地でもあった祠に辿り着いた。といっても、歩き出してから3分と経っていない。

 ただ付いて行くしかない雪成はともかく、紫苑は何度となく迷っていた。先に舞夜を探しに行くか、すぐ傍の祠に先に足を運んでおくか――。雪成は心配なら探しに行ったほうがよいのでは、と恐る恐る提案したが黙殺された。自分が言えた義理でもないので仕方ない。

 結局こちら(祠)を選んだのだと雪成が理解したのは、この場に到着してからだった。


 雪成は中央にぽつんとある、木製の祠を覗き込んだ。少し埃は積もっているものの、木の香りが漂うほどに新しい。だというのに、扉は開けっ放しなうえ、中は空っぽだった。三つも台座があるのに、随分がらんとしている。

 紫苑は別のものを観察していた。木陰に重なり合うように崩れている、平たい岩を眺めたり、持ち上げて何が下にあるかを確認したりした。

 何やら考え込んでいる風の彼に話しかけてもいいものか、と雪成は躊躇したが、それに気付いた向こうが先に声をかけてきた。


「そっちはどうだった?」

「……木の祠は空っぽで、扉は開けっぱなし、中には何もない。その石は?」


 紫苑はしばらく何も答えなかったが、雪成が諦めかけたときにやっと口を開いた。


「これも祠、かな。二人の犠牲者を憐れんで作られたらしい」

「犠牲者?」


 不穏な言葉に雪成は眉を顰めたが、紫苑はあっさり言葉を続ける。どうでもよいというような顔をして、樹に立てかけていたバットを手に取った。


「二人揃って、かつてこの森にいた化物に殺されたんだよ。――化物に襲われたとき、二人は互いに喧嘩した。どっちもクズだったんだね、相手を囮にしようとしたんだ。どこかの誰かさんみたいだねえ? ただ結局そいつらは失敗して、取っ組み合って喧嘩してるうちに、まとめて化物に殺されておしまい」


 事情を知らない人間がその死に様を憐れみ、同時に死後の念を恐れ、石を組んで小さくも素朴な祠を建てた。


「だから恐らく、かつての被害者二人は、誰かと一緒にいる奴らに狙いを定めている。思考を惑わせ、喧嘩させ、仲を引き裂いて。自分達と同じ目に遭わせようとする……」


 話し方と同じゆっくりとした足取りで、紫苑が雪成の方へと歩み寄る。その肩にかけられたバットが構えられて。

 あ、と思った瞬間、雪成は咄嗟に頭を抱えてしゃがみこんだ。頭上で鈍い音が響く。悲鳴はない。

 そっと瞼を開けると、頭上でバットを振り抜いた紫苑が、何かを追うように駆けて行って。


「よっと」


 足でその何かを、思い切り踏んづけていた。

 ……呆気に取られていると、目が合った。


「これだよ、さっき言ったクズ二人組の一人」


 これ、と言われ目を凝らすと、向こうもぎょろりとした赤い双眸で雪成を捉えた。「ひっ」と悲鳴を上げる彼の脳裏に、しっかりと刻みついた嫌な記憶が甦った。


「そそ、そ、そいつ……」

「なに、見覚えある?」


 言いながら紫苑はぎゅむっと踏む。

 雪成はそれに戸惑いつつも頷いた。雪成と舞夜に襲いかかってきた不気味な女だった。踏み付けられているため表情は分かりづらいが、その恐ろしい目は脳裏に焼き付いている。彼が同級生を囮に逃げ出した、そのきっかけとなった存在である。

 そこではっと気付く。先程の紫苑こ話の内容を思い出し、彼を見れば。


「原因、こいつだろうね」

「あ……」

「迷惑だよなー。まあ、実際に殺そうとしてこないだけマシだけど」


 確かに雪成の気分が、じわじわと侵食されるように沈み始めたのは、何者かに驚かされて逃亡した後だった。一番情緒不安定になっていたのは、この女に面と向かって襲われた時だ。自分は舞夜を囮にし、ただひたすらに逃げ出した。

 逃げた後は、誰にも追われなかった。舞夜を囮にしたせいだと言われればそれまでだが。


――仲を引き裂くことだけが、目的だとしたら。


 実際に殺そうとはしてこない……つまり、一人で行動していた雪成が、何者にも襲われなかった理由がそれだとしたら。

 だとしたら、一人取り残してしまった舞夜も、まだ無事でいるのかもしれない……。


「……ひ、柊がもう一人の奴に襲われてる可能性は、」

「そっちはもうぶっ飛ばしてあるから問題ない」

「いつの間に……」

「肝試し開始直後に出てきたから、」


 と、紫苑の言葉の途中、不気味に空気を揺らす音が聞こえた。よく聞けば、それは笑い声だった。低く伸びるそれは歓喜の声だ。

 死ぬ間際に争った片割れの死を、その女は醜くも喜んでいるのだ。

 雪成は、自分もこんな奴と同じ行動を取ったのかと思い、ぞっとして顔を歪めた。


「気持ち悪いなー。そんなに嬉しいかい? ……なら、もっといい話をしてやるよ」


 腰を屈め、紫苑は女に、まるで人間を相手にしているかのように囁く。


「お前を殺した化物を殺してやろうか」


 離れている雪成にも、その言葉ははっきりと聞こえた。

(化物って、こいつを食った……!?)

 問題はこいつらだけじゃなかったのか。そんなものがまだこの森にいるのか。

 一人困惑する雪成をよそに、静寂に満ちた場で紫苑は滔々と続ける。


「少し手を貸してくれたら、それを見せてやる。――くだらない憂さ晴らしで、馬鹿な人間が慌てるのを見て嗤うよりも、きっとずっと愉しいよ。今よりも、ずっとね」




 ぱたん、と木の棒が虚しく地面に倒れた。


「あっちや!」

「……マイマイ? それ大丈夫?」

「分からん」


 言いながら舞夜は倒れた枝の先端部に石を置いた。愛子は急激に不安になった。

 最初こそ、舞夜は真面目に道を割り出そうとしていた。入ってくる際に森が逆光になっていたという舞夜の記憶を基に、空の色から太陽の方向を割り出して進む道を決める、という至極真っ当な案も出ていた。没になった。


「愛子ちゃん、入口から祠までの道って、結構曲がった?」

「話すのに集中しててあんまり覚えてないけど……でも、結構曲がったかも。うん。こうやって道になってなかったら迷うかなーって思った気がする」

「じゃあ意味ないか。今がどの辺りかも分からんし。……そもそもよく考えたら、なんかこの森の道も、様子おかしいしなー。いっそ道から外れるとか……。でも遭難はもう嫌やなあ。うーん」


 唸りながらうろうろ歩き回る舞夜だったが、やがて一本の枝を拾い上げたのだった。……まさか棒倒しで行先を決めるとは思わなかったが。

 舞夜はまた石をぽいっと地面に投げ捨てた。


「石を置いて進んで、一回様子見やね。運が良かったら出口に着いて、悪かったら祠。更に悪かったら同じところをぐるぐる周ってることが判明! ……最悪はその他やな。ぱっと思いつかない何かが発生」

「思いつかない何か……」


 呟き、顔を歪める愛子の横、舞夜はなんとなく己の二の腕をさすった。愛子と同じくらいに彼女も不安だった。

 それでも前回――雪成といた時よりも、気分は落ち着いている。疲弊はしているものの頭もすっきりしているため、何も考えられない程ではない。

 ぽいぽいと、地面に石ころを放り投げながら進む。原始的だが、そう悪い手じゃない、と舞夜は思っている。どこを通ったかすぐ分かるうえに、誰かがこれに気付いたら、後を追ってきてくれるかもしれない。(おまけにパンくずじゃないため、鳥に食べられる心配もない)

 心配なのは、追ってくるものが味方じゃなかった場合だ。


「……一個は思いつくか。またあの、怖いやつに襲われる、とか」

「も、もし襲われたらどうする!?」

「逃げるしかないと思うけど……」

「それは分かるけど! うー、なんかいい方法ある? 」

「難しいけど、そうやなー。私の体験と愛子ちゃんの話から考えると、だいたい茂みをガサガサーってして出てくるから、それに注意して、」


 舞夜はそこで口を噤み、愛子と目を合わせた。愛子は怯えた顔で頷く。

 度重なる恐怖から、周囲の状況に敏感になっていた二人の耳は、今丁度会話していたような音を捉えていた。見通しの利かない薄暗い森のなか、もう何度と味わったかもしれない恐怖の音を。木々や茂みを掻き分けるようそれは、敢えて人々を驚かせる演出にも聞こえてくる。

 自然と互いに近寄りながら、震える愛子の耳元で舞夜は声を顰めた。


「……二手に別れて、逃げる」

「ふたっ、え!?」

「どっちかは助かるし、もしかしたら誰かに――シオンくんに会えるかも。そうしたらもう一人を助けに行く」

「う、ウチ足も痛いし、一人ってちょっと怖、」

「最悪なのは、二人で逃げて、祠に着いて行き止まりで、誰もいない。そのまま揃って死亡。南無」


 端的な説明に愛子は黙る。

……結局この道がどんな状態なのかは、調べられていないため、分かっていない。別れても無駄かもれない、という言葉は飲み込んだ。

 舞夜だって怖い。不安だ。しかし、確かに別行動だが、今回は置いてかれるのではない。自分で下した決断だ。考えて、判断した結果だ。前回とは違う。

 何も試さず死ぬよりずっといい。


 戸惑う愛子も、さすがに時間に余裕がないことは分かっていた。逡巡の後、「ああもうっ」と自棄になったような声を上げると、舞夜の腕を掴んだ。


「いい!? 絶対助けに行くし助けに来てよ!? 絶対!! 分かった!?」

「任せろ! シオンくんに会ったらよろしく!」


 さっきからいったい、その『シオンくん』にどれほどの効果があるのか。と、愛子は聞きたかったのだろう。何か言いたげにしていたが、それどころではないと分かっていたため、結局何も言わず走り去っていった。

 愛子は足が速い。運動神経がいいのだ。同じく駆け出した舞夜が一瞬振り返った時には、もうその背中はずいぶん小さくなっていた。

 ぽつぽつと自分で置いた石を辿るように、舞夜もまた走る。比べてみると目立つ足の遅さが、我ながら情けなかった。

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