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逃走

 一刻も早く戻ることを提案したのは愛子だったが、もちろん秋太も同じ気持ちだった。どれだけ鈍くても、さすがにこの空気の不穏さは察するに余りある。


「写真なんてもういいか。さっさと戻って雪成達ひろって帰るぞ」


 秋太が言うと、愛子は小さく頷いた。が、


「ひっ……」

「え?」


 青ざめた顔で、わなわなと手で震わせ、見開いた目で何かを見つめている。視線の先は、秋太の背後だ。ついさっきまで何もなかったはずの場所だ。愛子はずるずると後ずさっていく。その普通ではない反応に、秋太は勢いよく振り向いた。――が、そこには何もいなかった。ただ開かれた空間にぽつんと、真新しい木製の祠が一つあるだけだ。


「いったい何が、…………桜井?」


 唖然とした問いかけに返事はない。

 誰もいないのだから当然だった。


「桜井、どこいった! 大丈夫か!?」


 声を張り上げるが、やはり返事はない。ぐるりと全体を見渡すが、がらんとした殺風景な空間には、人がいたという証拠すら残されていない。この一瞬で逃げたのだろうか、と思ったが、まさか彼女の足がそれほど速いはずもない。

 とにかく、と秋太はじりじりと焦り出した頭で考える。とにかく、一度ここから離れよう。まずはそれからだ。

 逃げるにしても、愛子を探すにしても、いつまでも此処にはいられない。

 そして一歩踏み出した瞬間、


「待って」


 囁く声がした。

……息を飲んだ。愛子の声ではない。語りかけるような女の声。

 秋太は周囲を見渡すが、辺りはしんとして人気もない。ひやりとした風が首筋を撫でた。




 気の休まらない休憩の後も、結局誰も現れなかった。舞夜はしゃがみこんだまま不安げに空を仰いだ。

 肝試し開始からかなり時間が経ったはずなのに、空はまだ明るい。柔らかな橙と青の空は一見優しい色合いだが、夏は日の入りが遅いといっても、さすがにこの明るさはおかしい。

 森は静寂に包まれていた。来たときにあれほど鳴いていたひぐらしはどこへ行ってしまったのか。……もしくは、自分達がどこかに来てしまったのか。

 変な考えにぞっとして、舞夜は自分の腕を擦った。

 座り込む彼女の正面で、雪成は落ち着かなげにウロウロしている。先程からずっとこれだ。戻るか戻るまいか悩んでいるのだ。


「……上村くん、やっぱり一回戻って別の二人と合流、」

「いや! 秋太達を置いて行くのはやっぱり……」

「じゃあ進んで二人を探しに、」

「でもこれ以上進んでも、先に行けるかも分からん……!」


 じれったいが、気持ちはよく分かるので舞夜は口を噤んだ。舞夜だってどうしたらいいのか分からない。二手に別れて、と提案したいところだが、青い顔でぶつぶつ呟く彼を放っておくのも気が引けるし、単独行動がしたいわけでもない。何にしても、踏ん切りがつかない状況だ。


 せめて紫苑と連絡が取れたらいいのだが、と舞夜はスマートフォンの画面を見た。先程と変わらず、真っ暗なままだ。なぜか電源もつかず、そのため現在時刻すら確認できない。雪成のそれも同じ状態だった。もちろん誰とも連絡が取れない。

 もう何度も端末を確認したが、それでも再確認せずにはいられず、その度にこうして肩を落としている――。

 瞬間、ガサ、と背後で茂みが揺れた。

 肩が跳ね息を呑み。ワンテンポ遅れたあと、恐る恐る振り返り、立ち上がった。


「……だ、誰?」


 声をかけるが、返事はない。雪成を伺うと、強張った顔で首を横に振った。

 動物にしては、しんとして生気がない。そもそもひぐらしどころか虫一匹見かけないのに、今更何が……。

 舞夜がじりじりとその場を離れたところで、雪成が石を拾った。そして揺れただろう辺りに、石を投げつけた。

 反応はない。


「……行こう」


 雪成は青ざめた顔で唇を引き結んだ。二人して酷い顔のまま、背後を振り返らないよう、舗装もされていない道を歩いた。歩く速度は徐々に上がっていく。

 やがて二人分の足音に、別のものが混じる。乾いた地面を踏んでいるとは思えないような足音が、ひた、ひたと背後から聞こえるのだ。歩いても歩いても追ってくる。恐怖からくる幻聴ではない。背後に冷ややかで、重苦しい空気を感じる。妙に質量を感じる足音が響く。

 これ以上は無理だった。 

 どちらともなく、弾かれたように走り出した。

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