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三対三

 森と言っても踏み固められた道があり、青空と夕焼けの合間の空はまだまだ明るく、『肝試し』とはいうもののそこまで恐ろしい空気はない。

 ひぐらしの鳴き声が物悲しげに響き渡り、昼間よりは熱気の落ち着いた、生ぬるい風が吹き抜けていく。


 紫苑と舞夜の二人は、他の四人よりも少し後ろを歩いていた。

 舞夜は最初こそ驚いたものの、友達である紫苑の参加には喜んでいた。『彼が何か目的を持ってこの場にいた』という不安すら忘れるほど嬉しかったのだが、それも彼に歩きながら嫌味を言われるまでだった。


「あのさぁ、そんなに好きでもないくせに、よく肝試しなんて参加しようと思ったよね? 何が出るかも分かんないのに不用心というか……、気を付けようとか思わなかったわけ? というかそもそも、そんなに好きでもないだろ、こういうの」

「でも、なんか気付いたらこうなってたというか……」

「気付いたらってなに。話をちゃんと聞いてなかったとか? 僕と一緒に行動してるくせに、色々と自覚が足りないんじゃない?」

「話はちゃんと聞いたけど……なんというか……クラスの子と花火するって聞いて来たら、肝試しする事になってたというか……」

「ええ……」


 物凄く引いた顔をされた。騙すという行為にではなく、それでも参加している舞夜に引いているらしい。

 かくかくしかじか、事情を小声でひそひそ説明すると、紫苑は呆れ顔になった。


「……僕には理解し難いけどつまり、騙されて一応怒ったけど相手の勢いに負けて、そのままのこのこ肝試しに参加したってわけだ。……それでよく普通にしていられるね。お人好しもここまできたら命に関わってくるんだねー。僕知らなかったなー」

「でも思ったより楽しいし、このまま新しい友だ……命ってなに???」

「分かってるだろ? 僕がただの掃除(・・)のために、こんな辛気臭いところに来るわけないじゃん」


 紫苑が暗い顔で笑う。舞夜は彼が抱えている、暗い臙脂色をした、細長い筒状の袋を見た。血の色みたいだ。服装は普通の男の子みたいなのに。


「……ああこれ? 金属バット。持ち運んでても大丈夫な凶器だし、便利だよ」

「(大丈夫な凶器……)何に使うの? 素振り?」

「僕が野球の練習するように見える? ……いつもの化物退治だよ。依頼を受けたんだ。最終的な目当ては君たちと一緒。奥にある小さい祠」


 なのに、なんでこういう時に限っているかな、とぼやく紫苑に、舞夜はふと首を傾げた。

 彼にしては珍しく、三対三だとかよく分からない理由をこじつけてまで、わざわざ一緒に来てくれたのは。


「……シオンくんシオンくん」

「なに」

「もしかして、皆のこと心配して一緒に――」


「じゃ、ここから二人ペアになって行動しよ!!」


 唐突な愛子の声に、へ、と思って前を見ると、何故かこちらを伺っていたらしい彼女と目があった。愛子は明るい声のまま続ける。


「男女一対一で。ほら、帝釈くんも言ったとおり、三対三でちょうどいいし!」

「……要らないこと言ったかな」


 舞夜の横で、紫苑がぼそりと呟いた。




「桜井の奴、すごいよなあ。秋太と仲良くなりたいのは分かるけど、いきなりペア作らせるとか……。いや、元々狙ってたとか?」


 へらっと笑う上村雪成に、舞夜は「秋太くんか……」と呟いた。

 確かに、愛子がその場で作ったクジで、彼女は真っ先に藤井秋太とペアになっていた。即興のクジの割りには手慣れていたような気もする……穿った見方かもしれないが。

 残り二組のペアは柊舞夜と上村雪成、帝釈紫苑と風野鈴に決まった。この順番で祠まで行って、そのまま戻ってくることになっていた。


――二人だけで行動するなんて、もちろん舞夜は反対だった。『怖いから皆で行動しよう』とかなんとか理由をつけて拒否しようとした……のだが、口を開こうとした瞬間、ギロリと愛子に睨まれた。それがあまりにも必死な顔で、まるで刺し違えてでもと言わんばかりに眼光鋭く。――開始前の、『焼いてくれても構わない』との過激発言が脳裏によぎって。

 舞夜はそのまましゅんと黙った。


……目的地の祠まで片道15分、つまり往復で最低でも30分。長い気もするが、通学時間に比べればずっと短いし、きっとすぐに終わる、と思い込んで耐えることにした。


 雪成と舞夜が歩きだして5分後、紫苑と鈴の二人もこの森に入るはずだ。


(たった5分間の距離! なにか出たらなんとかして落ち合えばいい! 大丈夫!)


 ちなみに舞夜はしゅんとしたあと、ちょっとだけ紫苑を見たが、彼は知らんぷりでクジを引いていた。というよりも、なんだか面白がっていた気もする。ひどい……。

 そんなことを考えていると、ふと愛子に囁かれたことを思い出した。


「帝釈くん、友達なんやね。かっこいいやん」

「シオンくんは……、……色々強いし、かっこいいよ。うん。よく分からんとこもあるけど……」

「へー。まあ一途なウチには関係ないけど。それよりさ、鈴ちゃんが帝釈くんの参加に真っ先に賛成したやろ? だからさ、帝釈くん狙いかなーって。あの人顔いいし、一目惚れとか……ね、ね、どう思う?」

「難しい話やな……。私は違うと思うけど……」


 確かに鈴は一番に賛成していたが、愛子の発言ほど好意的なものではなく、いいんじゃない、というような雰囲気だった。どうせ一本道を通って、同じ目的地に向かうのだから、と。

 舞夜ははしゃぐ愛子に曖昧に返しつつ、こいつ何でも恋愛に結びつけるな……と思った。発想の柔軟さが凄い。


 ふと視線を感じて、舞夜は隣の雪成を見上げた。そこで目が合ってやっと、彼から見られていたことに気付いた。

 よそ事を考えていたから気になったのだろうか、と少し申し訳なくなる。


「えっと、上村くん? なにかあった?」

「……大したことじゃないんやけど。その、俺……柊にずっと、聞きたいことがあってさ」

「私に?」


 雪成はぎこちなく頷いた。


「いや、全然変なことじゃなくて、純粋な疑問なんやけど。なんていうか、その……」


 変に歯切れが悪かった。焦っているようにも見えた。




 桜井愛子は飛び跳ねたくなるくらいご機嫌だった。すぐ側に狙っている男子がいて、彼と一緒に歩いている――。

 秋太を誘うのにかなり苦労したが、これだけで全てが報われた心地だった。


 まず、彼の幼馴染の上村雪成を誘った。あまり積極的ではない秋太だが、幼馴染の彼からの誘いには乗る可能性が高い。悲しいが、自分が普通に誘っても来てくれないと分かっていた。

 確実に雪成に来てもらうため、柊舞夜に声をかけた。雪成が彼女を眺めていたのを、何度か見たことがあったためだ。実際に参加者として舞夜の名を挙げると興味を示していた。彼らも今頃、邪魔者なしで二人仲良くやっているだろう。

……ただ雪成に舞夜が好きなのか直接尋ねたところ、「可愛いとは思うけど」と無難かつ曖昧なことを口籠っていたので、好意はないのかもしれないが、まあそれはそれ。これからいい雰囲気になるかもしれない。

 これで四人。

 ただし、騙されたと知った舞夜が帰ってしまった場合に備える必要もあった。愛子が彼女の立場だったら絶対に怒って帰るだろうし、愛子、秋太、雪成の三人だけでは、さすがに秋太と二人で行動するのは難しい。

 そのため、風野鈴も誘った。落ち着いていて、肝試しも平気そうで、あまり男子に関心が無さそうなタイプだったためだ。断られたら別の子を誘えばいいし、と思っていたが、彼女が一番あっさりと参加を決めてくれた。

 これで五人。

 適当に理由をこじつけて、二人と三人の二組に別れられる。舞夜が帰ってしまえば、二人ずつの二組に別れることができる。

 完璧な計画だ。あまり計画的ではない自分だが、これはさすがに天才かと、愛子はご機嫌で自画自賛した。


 さらにラッキーだったのは、帝釈紫苑という、秋太と同じクラスの少年が参加してくれたことだ。愛子は自分の運の良さに驚いた。

 これで六人。

 男女のペアを三つ作る口実ができた。自分は最高にツイてる。そう思った。


 結果として、人の良いクラスメートを騙してしまったが、正直対価を思えば後悔はない。舞夜は案外サッパリしているため、適当な詫びさえ用意すればちゃんと許してくれるだろう。


 隣の秋太は相変わらず無口で、無表情で。恐らく愛子にもあまり興味がない。それでも十分好きだが、彼のキリッとした目がこちらを向いてくれたらもっと嬉しい。

 たったそれだけの気持ちで、どんなことでも出来る気がする――と、よそ事を考えていたせいで、ヒールで砂利を踏んでバランスを崩した。可愛く悲鳴でもあげようかと計算した、その時だった。


「……っと、大丈夫か」


 肩を支える大きな手――理解した瞬間、呼吸が止まった気がした。

 全身に感情が溢れる一方で、頭の冷静な部分が、どう振る舞うべきかを教えてくれる。お陰で、アイドルにはしゃぐファンのように甲高い悲鳴を上げずに済んだ。

 肩から秋太の手が離れてしまってから、彼女は声の震えを抑えつつ、努めて冷静に返事をした。


「あ、ありがとう」

「いや。結構歩いたな。疲れたか?」

「平気、全然平気! ずっと歩けるくらい平気!」


 馬鹿みたいな発言だが、本気でもあった。ヒールのパンプスでも、彼の隣ならいつまでも歩いていられる気がした。

 うっとりとそんなことを考えながら、愛子は半ば夢見心地のまま、秋太の精悍な横顔を盗み見た。

 いつまでも、どこにも着かなければいいのに。




 舞夜と雪成が発ち、二人の背中が見えなくなり。

 残された鈴は溜息を吐いて、隣に立つ紫苑を見た。正確には、彼の担ぐ布製のバットケースを。


「……祠の掃除って聞いたけど。まさかソレが掃除道具?」

「どうかな。でもそう見えたなら僥倖、……」


 言葉の途中、ふと何かに反応したかのように、紫苑は目線を上げた。しかし口は噤んだままであった。鈴がいくらせっついても、彼はこのことについて語る言葉を持たない言うかのように、決して何も言わなかった。

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