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騙されて肝試し

 柊 舞夜は怒っていた。前でへらへら喋る四人を見て、溜息を吐くのを我慢する必要があった。

 左から、よく知らない男子・よく知らない男子・よく知ってる女子・よく知らない女子――。

 沈みかけの太陽に照らされた、自分以外の四人の顔を眺め。舞夜は一人静かに肩を落とした。


(騙された……)



 同じクラスの女子、桜井 愛子から、「土曜の夕方に花火をしよう」という一風変わった誘いを受けたのは、一昨日の午後のことである。

 夜じゃなくて? と尋ねれば、夜は危ないから、という真っ当な返事が返ってきた。聞けば仲の良いクラスメートの女子を集めてくれると言うし、高校入学して初めての夏だし、なんか面白そうなので参加することにした。

 火が危険だからと髪だって可愛い三つ編みにして、虫対策に肌を出さないよう白いカーディガンまで羽織った。そして線香花火を一番の楽しみに、ウキウキしながら待ち合わせ場所に向かった。


 結果がこれである。

 想像していたのと何もかもが違う。集合場所にいたのは、辛うじて他人ではないが友人とも言い難い同級生で、おまけにどう見ても、誰も花火を持ってきていない。

 しかも『肝試し』をするという話になっている。

 ここまできたら誰だって肩くらい落とすだろう。怒鳴らなかっただけで褒めてもらいたい程だ。


「花火するって聞いてきたんやけど」

「ほんまにごめん!!」


 憮然とする舞夜の目の前で、元凶である愛子が手を合わせた。他の三人には、離れた所で待ってもらっている。

 彼女曰く、騙した理由は、


「普通に誘っても、絶対来やんと思って……」


 らしい。

 尚更悪い。

 舞夜は、遊ぶのなら仲の良い友人と遊びたいし、そもそも肝試しに興味もない。理由はいくつかある(夜に知らない土地を歩きたくない、怖い、そもそもどこに楽しみを見出すのかもよく分からない……)が、それはともかく。愛子はそれを分かっていてクラスメートを騙したのだ。さすがに怒る。

 しかし、


「怒るのは分かる、分かります! が! 後でなんぼでも聞くからお願い!! 今日だけはこのまま! このまま協力して!! お願い! します!!」

「花火は?」

「今日はちょっと……でも今度絶対持ってくるしなんならそれでウチを焼いてもいい」


 そう言いきった愛子の真剣な瞳は、舞夜の怒りよりも遥かに強い意志でぎらぎらと輝いていた。圧倒される程に。


「……そんだけ覚悟があるなら、私のことも説得するとかしてほしかったんやけどな……。騙すことないやろ、もー!」

「それはそう、やけど、でも、ほんとにすぐ終わる予定やから! 今日だけはなにとぞ……! 」


 勢いよく頭が下げられた拍子に、アイロンで綺麗に巻かれた髪が揺れた。必死な表情はよく見なくても分かるほど化粧で華やかに彩られている。全て、彼女の今日に賭ける気合の表れだろう。

 舞夜は溜息を吐いた。


「しょーがないなー……」


 新しい友人を作る機会だと、無理矢理にでもいいから思っておくことにした。


「マイマイっ――いや柊様! ありが、」

「後で詫びはもらうからな」

「ハイ……」




 話を終えた舞夜と愛子は、待たせていた三人に合流した。三人とも、先程より覇気のない愛子に首を傾げていたが、彼女自身の明るい言動により、すぐさま話題は移っていった。

 無造作ヘアの男子がおどけたように声を上げる。


「それにしても、柊さんがこういうのに来るのって珍しくない? 桜井もよく誘えたな」

「そ、それは……」

「今日は暇やったし、愛子ちゃんのお誘いやからね。えっと……」

「俺、上村。上村 雪成(ゆきなり)。あ、一回自己紹介する?」


 同じクラスである愛子以外の三人をほとんど知らない舞夜は、有り難くその提案に乗った。


 人当たりの良い、上村 雪成(ゆきなり)。自分から率先して明るい空気を作ってくれるタイプだ。服装や髪型が田舎の男子高校生とは思えないほど垢抜けている。


「――で、今から墓場に向かうんやけど、目的地はその奥にある森! 一本道を進むと祠があるらしいから、そこに行って帰ってくるのが今回の企画。心霊スポットでもなないし、変な噂もないらしいし、簡単やろ? 良い所が見つかったのは、風野さんのお陰やけど」


 風野 鈴は、眼鏡をかけた小柄な少女だ。恐らく150センチほどの身長だが、落ち着いた顔立ちのせいかそれとも冷静な雰囲気のせいか幼くは見えなかった。


「ここ、私の近所の人の土地やから、一応許可は貰ったけど……。ゴミ捨てたり、騒いだり、とにかく問題を起こすのだけは控えてね」


 そして先程から一言も喋っていない藤井 秋太(しゅうた)は、上村 雪成と幼馴染らしい。運動部のような短髪で、同じ高校一年生とは思えないほど背が高い。自己紹介の挨拶は、名前と「よろしく」の一言で終わった。


「秋太、お前もうちょっと喋れって。まあいいけどさ」

「秋太くんて相変わらず無口やね! 来てくれただけで嬉しいけど……」


 そう言ってはにかむのは、舞夜をこの肝試しに誘った張本人、桜井 愛子。元気で明るく、そこそこ強か。今日は何らかの事情でかなり気合が入っているらしい。笑顔が普段より明るく、惜しげなく振りまかれている。


「皆も来てくれてありがとう! 鈴ちゃんも、許可まで貰ってくれて……。というか、鈴ちゃんがこういうのに来てくれること自体珍しい気がするけど。私ちょっと驚いたもん」

「まあ暇やったし、家が近所やし……というか、桜井さんから誘ったくせに」

「あはは、ごめんごめん」


 それからは互いに手探りで気を遣うところもあるが、五人で楽しく喋っているうちに、小さな墓場についた。背後には木々が生い茂った森が見える。しかし夏の夕方はまだまだ明るく、おどろおどろしい雰囲気もない。

 思ったよりも怖くなさそうだな、と舞夜は思った。


――この楽しい空気のまま他の四人と仲良くなって、あっさり明るく終わるかもしれない。


 なんて能天気な予想をしながら、なんとはなしに墓場を見渡したところで。


(ん?)


 自分達以外にも人影があることに気づいた。




 暑いのが嫌いだから夏も嫌いだ。出来ることなら外に出たくもない。

 なのに何故こうして外に出ているかって、これが仕事だからだ。

 帝釈 紫苑は墓場で一人、徐々に夕焼けに移り行く青空を仰いだ。これから日が暮れれば暑さもマシになっていくだろうか。


(あっつい……)


 気温に殺意が湧くほど暑い。帰りたい。別に家が好きなわけでも趣味があるわけでもないが、エアコンがあるだけ外よりはマシだ。

――森でもなんでもいい。化物でもなんでもさっさと潰して帰ってやる。

 布製のケースにしまった金属バットを肩にかけ、紫苑は密かに殺意を上らせた。


 不運にも肝試しに集まっているグループを見たのは、森に入ろうとする直前だった。

 仕事中に最も見たくないものの一つが暇人共の馬鹿騒ぎだが、それに目をとられたのは、やたら背の高い一人が、同じクラスの男子生徒だったためだ。やけに無口な奴だった気がするが、とにかく背が高く目立つのですぐに分かった。

……もしかしたら全員、同じ高校の人間かもしれない――。

 そこでふと、唯一の友人である少女の顔が浮かんで。……まさかな、と首を振った。毒されてる。


(……まさかそんなにタイミング良く、こんな所にいるはずもないし、)


「あっ」

「…………」


 聞き覚えのあり過ぎる声だった。

 振り返ると、戸惑った顔の柊舞夜がいた。三つ編みなんてして他の女子に混ざっているから、気付くのが遅れた。

 彼女は変にソワソワしていた。普段紫苑が、人前では、彼女との接触を避けているため、声をかけていいのか戸惑っているらしい。


「なんでこういう時に限っているんだよ……」


 思わずぼやいた。

 彼女らはここが目的地というわけでは無さそうだし、どうせ奥の森に行くのだろう。

 別に、放っておいてもいいが……。


 紫苑は重い溜息を吐いた。




 肝試しのため墓場に来たら友人がいた。

 細長の荷物を担いだ、黒いパーカーを着た人影がぽつんとあって、最初はこんな時間に墓場に来る人もいるんだなあと眺めていたのだが、まさか友人の帝釈紫苑だとは思わなかった。

 舞夜は心底驚いて、つい「あっ」と声を上げた。

 それで舞夜以外も紫苑に、そして紫苑もこちらに気付いたのだが。

 彼は驚くというよりも、若干嫌そうな顔をしていた。


「……あいつ。帝釈か」

「秋太の知り合いか?」

「ん、同じクラス」

「あ、こっち来た」


 無視されてもおかしくないと思ったのに、彼はまっすぐ舞夜の方に歩いて来た。困惑する彼女やその周囲には構わず、彼は堂々と、あまり機嫌の良くなさそうな顔で舞夜に話しかけてきた。疲れているようにも見えた。


「なんでこんなとこにいんの……」

「し、シオンくんこそ! 私は皆で肝試しに来て……」

「ふーん……」


 紫苑は全員の顔を眺めた。「珍しいね」

 物怖じしない愛子が、見覚えのない整った顔に首を傾げた。


「えっとー、帝釈くん……は、マイマイの友達? なんか、あんまりない組み合わせやね」

「地元が一緒でね」


 間髪入れず紫苑がそう笑い、追求を躱す。まあ嘘ではないが、と舞夜は彼の口の巧さに若干呆れた。さっきまでの面倒臭そうな不機嫌顔が嘘みたいだ。


「……そういえばシオンくんは何でおんの?」


 なんかもう彼が存在する時点で、場の不穏さを感じ始めていた舞夜が恐る恐る尋ねると、紫苑は待ってましたとばかりに答える。


「ここ、知り合いの土地でさ。森の奥にある祠の掃除(・・)を頼まれてね。夜遅くになる前に行っておこうかと思って」

「……」


 舞夜は、覆い隠せないほどの嫌な予感に口を噤んだ。騙されてきた肝試しで、本物(・・)に出くわすのはゴメンだ。


「(本当にただの普通の掃除でありますように……!!!)」


 心中早口でそう祈ったが、まさか本当に普通の掃除(・・・・・)だとは思っていなかった。

――だって舞夜の友人、帝釈紫苑がこういった場にいるということは、つまりは、そういうこと(・・・・・・)なのだから。


 しかしそんなことを知るはずもない舞夜以外の面々は、彼の言葉を額面通り信じたらしい。愛子なんて「えー」と不安そうな声をあげた。


「掃除するのに、ウチらが祠まで行って肝試しとかしても大丈夫?」

「変に手を出さなければ、多分大丈夫だと思うけど。……そんなことより。その肝試し、よかったら僕も混ざっていいかな?」

「えっ?」


 ぎょっとして声を上げたのは舞夜だが、他の四人も大なり小なり不意を付かれた顔をしていた。


「目的地も一緒だし、祠に行くまででいいからさ。ほら、男三人、女三人。三対三でちょうどいいだろ」


 よく分からない理屈だが。紫苑は有無を言わせぬような端正な顔で、愛想よくにこっとした。

(拙作『束ね鬼怪奇譚』の番外編ですが、この作品で完結しています)

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