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可愛いプドルフさん

 真っ黒い毛玉は『漆黒小妖精シュワルツコーボルト』という種族で、名は『プドルフ』という。

 全身を柔らかな黒の巻き毛で覆われた小人のような姿で、表情はまんまプードルという愛犬家垂涎の種族であった。

 ちなみに衣服はベルトを巻いた革製の短パンだけ。


「で、プドルフはどこからここに来たんだ?」

 さんざん貴意たち三人に全身をモフモフされまくり、肩で息をしているプドルフに貴意の質問が飛ぶ。


「えっと、坑道」

「坑道?」

「『アルゲン』を掘って細工をしてたの」


 するとプドルフはベルトに結んであった小さな袋から何かをごそごそと取り出した。


「これがアルゲン細工だよ。ご飯のお礼に受け取って」


 差し出されたプドルフの小さな手のひらには親指サイズ程の細工が乗っている。

 それは恐らくは薔薇に似た花をモチーフにしており、ごく薄い銀の花びらが幾重にも織りこまれているのだが、よく見ると花弁自体も極細い銀色の線が織りこまれ、かたどられているのがわかる。


「恐らくは銀細工か」

 貴意は以前何気なくテレビで紹介されていた銀細工職人を思い出した。


「うわあ……」

「これは手がかかっているな」

 シルベールもナハルッドも感心したかのようにそれを見つめている。


「これくらいなら一日あればできるよ」


 ふーん。

 これは一度出向いてみる必要があるな。


 ということで一行はいつものように鳥居に向かったのである。


 鳥居を抜けると、扉の所だけが淡く光っているだけで、その先は漆黒の闇。

 当然のことながら黒毛のプドルフの姿は闇に溶け込み全く見えなくなる。


「真っ暗ね」

 シルベールの呟きにプドルフが反応した。

 

「あれ? 見えない?」

「見えん」

「見えないわ」

「見えないが何とかなりそうだが」

 どうやら見えないのは貴意とシルベールの二人。

 ナハルッドは見えてはいないが他の感覚で様子がわかるらしい。

 

「ちっ」


 貴意は舌打ちをすると、スマホのLEDライトで先を照らした。


「うわあ、まぶしい!」

「うるせえ我慢しろ」


 突然の灯りに目が眩んだプドルフの尻を蹴りあげながら、貴意は先に進むように促す。


 坑道は天井が低く、プドルフ以外はかがんで歩かなければならない。


「この穴はぷーちゃんが掘ったの?」

 ごく自然にぷーちゃん呼ばわりを始めたシルベールに対し、これまたごく自然にプドルフは答えた。

「うん。大体両手が届くところまで掘るんだよ」


「こんなん、重労働だろ?」

 貴意の疑問にはプドルフに代わりナハルッドが答えた。

「恐らくは『掘削魔法』だろう。細工や掘削がシュワルツコーボルトの特殊能力なのだろうな」

「そりゃあ便利だ」


 すると間もなく明かりが差し込んできた。

 出口に到着である。

 

「ここが僕の工房だよ」


 坑道の出口に隣接するように、ミニチュアサイズの石小屋が立っている。

「可愛らしいおうちね!」

「このサイズでは我々がお邪魔する訳にはいかんな」

 などという娘二人には構わず、貴意は小屋の裏に高く積まれている白い顆粒のようなものの山に近づいた。

 貴意はその一部を手のひらにつまむと、指先で転がしてみる。

 

「おいプドルフ、これは何だ?」

「それはいうこと聞かない粉だよ。邪魔だからそこに積んであるんだ」


 プドルフによると、彼が鉱石から銀を取り出した後に残る残滓だという。

 貴意はファンタジーでおなじみのキャラである『コボルト』の由来を思い出した。

 もしかしたら……。

 確認する価値はあるか……。


「プドルフ、これをもらっていくぞ」

「いいよ。いくらでも持って行って」


 ということで、プドルフのゾーンを一通り見て回った一行は、再び腰を折り曲げながら鳥居に戻ったのである。


 結局プドルフは、普段はこちらの世界で生活し、銀細工のときだけ工房に戻ることにしたいと申し出た。

 どうやら銀細工を行うのに必要な魔素が、貴意のゾーンでは足りないらしい。

 そうなると問題は一点。


 プドルフのお食事代である。

 

 シルベールとナハルッドは頭を抱えていた。

 金の亡者である貴意が、タダ飯を食わせてくれるわけがない。

 銀板をナハルッドが自由にできれば、それを使って銀細工もできるのだが、既に銀板の所有権は貴意に移ってしまっている。

 さてどうしたものかとプドルフを挟んで腕組みをしている二人に貴意が声をかけた。

 

「ちょっと出かけてくる。晩飯までには帰ってくるからプドルフも食っていけ。それから、この銀細工は借りていくぞ」


 貴意が出かけていくのを見送った三人は、お茶と薄茶糖をすすりながら、彼の帰宅を待つことにした。

 ちなみにプドルフは両方とも口に合わなかったので、シルベールが朝食用の牛乳を出してやる。


 さてこちらはいつものアングラ買取屋。


「まずはこいつだ」

「ほう、こりゃあ見事なもんだ」

「で、いくらになる?」

「うーん。難しいところだな……」


 どうやら銀細工の価値は、歴史に登場するモノや出先が明らかとなっているモノはともかく、細工そのものの価値は購入者の評価によるところが大きいらしく、オークションに出しても、どんな値段で落札されるのか予想がつかないらしい。

 一番差益が大きいのは受注生産なのだが、これもそれなりのパイプやコネがなければ商売として成り立たせるのは難しい。


「5千円で良ければ買い取るが」

「それでいいよ。メインは別にあるしな」

「メイン?」

「これさ」


 貴意はにやりと笑うと、コンビニ袋に詰めてきた白い顆粒を店長に差し出したのである。

 その発色へ店長は驚きに目を見開く。


「きー坊、これはあずからせてもらってもいいか?」

 興奮した様子の店長に貴意はにやりと笑いかけた。

「わかっているさ。念のため鑑定に回すんだろ」


「ただいま。今日の晩飯はお犬様を考慮して冷しゃぶにするぞ」


 お犬様に玉ねぎやにんにく、それにチョコレートなどの刺激物はよろしくないそうだ。

 ちなみに本家のお犬様には牛乳もやばいことがあるから注意した方がいい。


 レタスの上にこんもりと盛られた薄切りの豚肉を前に、四人で「いただきます」


 湯通ししただけの肉はプドルフには丁度よいらしく、フォークを器用に使ってそのままもりもりと食べている。

 自他共におこちゃま舌と認めるナハルッドは甘いごまだれ、貴意とシルベールはさっぱりとしたもみじおろしポン酢を使い、ご飯のお供にしている。

 

 すると貴意のスマホが鳴った。


「もしもし、ああ店長か」

 貴意の返事を待たずに、店長と呼ばれた店長はスマホの先で興奮した様子でまくしたてる。

「すごいぞきー坊、ありゃあ一財産だ!」

「やっぱりそうか」


 貴意は当初あの白い顆粒はプドルフが『いうことを聞かない』と言っていたことから、『コバルト』ではないかと考えていた。

 それは単純にコボルト伝承からの連想だったのだが。

 しかし粒の輝きが引っ掛かる。

 コバルトは通常何らかの化合物になっているはずで、あのような白銀色にはならない。

 すると出てくるのはもう一つの可能性。

 そう。

白金プラチナ』である。


「さすがに純プラチナと言う訳じゃなかったが、あの袋で20グラムは含まれているらしい」

「となると価格は?」

「プラチナの取り出しに手間がかかるからな。グラム300円でどうだ。あの袋で6万円だ」

「乗った」

「当然まだ隠し持っているんだろ? 当てにしているぜ」

「ああ、金板の買い取りもよろしくな」

「任せろ」


 ここで貴意は一つ思いついた。

「なあ店長。相談があるんだ」

「なんだ?」

「プラチナ粉と金板を売る代わりに、銀を安く譲ってくれないか」

 するとスマホの向こうから感心したような溜息が響く。

「細工用か?」

「そうだ」

「わかった。売値と買値の中間値で卸してやる」

「よっしゃ」


 ということで商談は円満に成立。


 貴意のスマホでのやり取りを不思議そうに見つめていたプドルフに貴意は笑いかけてやる。

「あの『言うことを聞かない粉』とやらが売れたからな。飯代はそれでいいよ」


 ということで、シルベールとナハルッドの懸念も、無事解決したのである。

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