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黒い毛玉

 彼は坑道に敷かれた枕木から伝わる中途半端な冷たさを感じながら思い出していた。

 掘り出し、溶かし、冷ました純粋な塊を想うがままに細工し、それを皆に求めてもらっていた頃のことを。


 彼の細工は、皆が喜んでくれた。

 彼が丁寧にこしらえた飾りを皆は喜んでくれた。

 こんなのを作ってほしいと見せられた絵を細工し再現したこともある。

 若きカップルから、僕たちの姿を細工に映してほしいと頼まれたこともあった。

 

 こしらえるたびに彼はおいしい食事をご馳走になることができた。

 こしらえるたびに彼はより優れた細工道具を贈り物に受け取った。

 こしらえるたびに彼は依頼人の感動と喜びと感謝の心に包まれた。

 

 最後はいつのことだったのだろう。

 

 彼は枕木に横たわりながら、力なく思う。

 

 既に掘りつくされた坑道からは、彼が『相棒』と呼ぶ石が見つかることはない。

 相棒に似た、それでいて言うことを聞かない石が粉のように出てくるばかり。

 

 もう一度だけでも、細工をしたかったな……。


 そんな彼が最期に目を閉じる直前に、彼の目の前に淡い光が現れた。



「やはり缶詰は焼鳥に限るな」

「だからなーちゃんはきーちゃんに『おこちゃま舌』って言われるのよ。至高はツナ缶に決まっているでしょ!」

「なんだ、しーちゃんは焼鳥はお嫌いか?」

「お好きよ!」


 ただいまお昼時。

 シルベールとナハルッドは、この辺りで有名な焼鳥缶詰とツナ缶詰をおかずに、貴意が朝食後に予約セットしたホカホカのご飯を頬ばっている。

 貴意は振り込まれた月給をおろしがてら、まとまった買い物をしてくるということで、今日は夕方まで帰ってこない。


 実はシルベールもナハルッドも『料理』というものをしたことがない。

 洗濯や掃除は見よう見まねでもなんとかなるが、料理だけはどうにもならないのだ。

 どうやら貴意も二人に料理を教えるのはあきらめたらしく、留守番の時は、温めるだけでおいしいご飯を用意してくれている。


 ちなみにシルベールはご飯派、ナハルッドはパン派なのだが、一度貴意の前で言い争いをしたら、ブチ切れた貴意に二人とも飯抜きにされたことがトラウマになっているので、とりあえず貴意の前では争わないことにしている。


「ん?」

「どしたのなーちゃん?」

「どうやらお客さんらしい」


 鳥居の方向にウォーキングウィードとは異なる気配を察したナハルッドは、念のためそっと玄関を開け、鳥居の方向を見やる。

 と、そこには小さな黒い毛玉が丸まっていた。


「おいしいですおいしいです!」

 ナハルッドがお茶の間に抱きかかえてきた黒い毛玉は、シルベールが勧めたご飯とツナと焼鳥を、それぞれお茶碗と缶詰の容器に直接顔を突っ込んでむさぼっている。


「もしかしたら新たな管理人キーマンかな?」

「多分そうだろうね」

 首を傾げたシルベールにナハルッドも頷く。


「でもさ」

「ああ、しーちゃんが言いたいことはわかっている」

「だよね」

「だよな」


 ……。


 ご飯とツナと焼鳥を腹いっぱいに詰め込んだ黒い毛玉は、その後シルベールとナハルッドから、文字通りの『可愛がり』を全身に受け、悶絶することになる。



 日が暮れる少し前に戻ってきた貴意の前には、畳の上でちゃぶ台をはさんで幸せそうに昼寝をしているシルベールとナハルッド。

 そして中央には可愛らしい黒い毛玉が仰向けにひっくり返っている。

 

 なんとなくその幸せそうな状況に嫉妬した貴意は、とりあえずバカ娘二人の頭を蹴り飛ばすことにした。


「で、そいつは?」


 貴意に蹴り飛ばされて目覚めた二人と、その剣幕によって飛び起きた黒い毛玉が貴意の前に正座している。

「どうやら新たな管理人らしいぞ、きーちゃん」

 いつの間にかナハルッドも貴意をきーちゃん呼ばわりしている。

 が、そんなことは気にもせず、貴意は繰り返した。

 

「そんなことはわかっている。俺が聞きたいのは、なぜそいつがここで昼寝をしていたかということだけだ」

 さらに貴意は鬼の形相で続けた。

「休憩料くらいは当然むしっただろうなあ。なあシルベール、ナハルッド?」


 貴意が発した冷徹な言葉に2人は思わず背筋を伸ばす。

 そうして二人は思い出す。


 しまった。きーちゃんは金の亡者だった……。

 さて、どうしたものかしら。

 

 縮こまっている黒い毛玉を、先ほどから貴意はずっと睨みつけているし……。


 答えを出すことができず、正座をしたまま硬直している二人の前で、貴意は再び彼女たちに問うた。


「お前らはこいつをどうしたいんだ?」


 どうしたいといわれても……。


 すると、悩むナハルッドをよそに、シルベールが逆切れを見事に発症した。


「私はその子をもふもふしたかったの!」

「自分だけ出かけていたくせにお威張りさんって何様?」

「ちょっと黒い子がいたからって細かく気にするなんて器が小さいわよ!」

「文句ある? あるなら言いなさいよ!さっさと言いなさいよ!早く言いなさい!言わなきゃもう私は寝るからね!」


「あーうるせえ」


 放っておくと際限なく罵詈雑言を並べそうなシルベールに割り込むと、貴意は再び二人に言い放った。


「だからどうしたいのか聞いているんだよ俺は!」

「一緒に暮らしたいの!」

「共に過ごしてはダメか?」

「よし分かった」

「え?」

「え?」


「わかったって言ってんだよ。で、そこの黒い塊は喋れるのか?」


 すると三人の剣幕に押しつぶされそうになって丸まっていた黒い毛玉がおずおずと頭を上げた。


「ごめんなさい……」


 ……。


「畜生!」


 そう叫ぶと、なんと貴意は黒い毛玉の元に詰め寄り、そいつを抱きかかえた。

「いいか、面倒は俺も見るからお前らもちゃんと世話をするんだぞ!」


 そう叫びながら、もう我慢できないとばかりに黒い毛玉へと頬ずりをする貴意。


 その様子を唖然としながら見つめていたシルベールとナハルッドも我に返る。


「きーちゃんばっかずるい!」

「私にも、もう一度抱っこをさせてくれ!」


 この日こちらの世界に住人が増えた瞬間である。

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