覚悟するギリードさん
さて、準備は完了。
鳥居前では、巫女衣装に着替えたシルベールとナハルッドが『緑の小旗』を手に待機している。
するとまもなく、ギリードを先頭に、茶色く変色したウォーキングウィード族の団体が、足元をふらつかせながらも、互いに手をつなぎ、続々と鳥居をくぐり抜けてくる。
突然足を踏み入れた不思議な世界への驚きは感じられるが、それよりも過剰な光から解放された安堵のためなのか、彼らはその場に座り込み、枯れ草の塊のようになっている。
「貴意殿、水を頼めるか?」
「その前に確認だ。お前は何でもすると言ったよな?」
「我らに二言はない」
「よしわかった」
貴意がシルベールに合図を送ると、心得たとばかりにシルベールが元気な声を上げる。
「それでは皆さんをご案内しまーす」
シルベールが案内したのは、神社の東に流れる小さな川であった。
最後の力を振り絞るかのように茶色の塊たちは次々と川に飛び込み、茶色の葉を漂わせる。
と、見る見るうちに変色した葉は元の緑色を取り戻していく。
その様子を安堵しながら確認したギリードは、貴意に改めて向き直った。
「我らを救っていただいたこと、感謝する」
「いいってことさ」
「ところでこれから私はどうすればよろしいか。この場で命を断っても見せよう」
「いらねえよ。その代わり『アレ』をよこせ」
貴意の要求に、思わずギリードはその場に突っ伏してしまった。
ウォーキングウィード族は、こちらの世界における植物に近い存在である。
が、通常の植物と大きく異なるのは、彼らは日光を浴びることにより『魔素』を大気中に供出することである。
それはさながら地球の植物が光合成により酸素を供出することに似る。
そのため彼らが住まう土地は豊富な魔素にあふれ、特に他種族の魔術師たちにとって彼らはなくてはならない存在であった。
魔術師に迎えられた彼らは、その寿命が尽きるまで魔術師の同居人として厚遇を受け、天寿を全うしていった。
さらに彼らは最期に魔術師へと贈り物を残していった。
それが『魔晶珠』である。
魔素を蓄える魔晶珠は、ウォーキングウィード族にとっては『結石』のような代物であり、当時の彼らにとっては別にありがたいものでも何でもない。
また、魔素を放出してしまう種族特性からなのか、ウォーキングウィード族が魔術を身につけることはできなかった。
なので魔術師と彼らは共存共栄できたのである。
しかしある日、とある部族の王が暴走したことがきっかけでウォーキングウィード族は他種族の前から姿を消すことになる。
種族間の交流が盛んになるにつれ、それまでは門外不出とされていた魔晶珠も、没落魔術師の子孫らの手により、売買が行われるようになった。
当然のことながら、希少な存在である魔晶珠は高値で取引されることになる。
そこにとある王が目をつけたのだ。
彼は考えた。
別に奴らの死を待つ必要はないと。
拉致し繁殖させ順に殺して魔晶珠を取り出せばよいと。
こうして恐るべき『大虐殺』がウォーキングウィード族を襲ってしまう。
若草は捕えられ、繁殖を強要された。
老草はその場で切り刻まれ、珠を取り出された。
彼らは虐殺から逃れるように大陸の果てへと逃げていった。
当然のことながら王の暴挙は他種族の猛烈な反発を買い、結果としてその種族は王ごと根絶やしにされることになる。
しかしウォーキングウィード族が他種族の前に姿を現すことはなくなってしまった。
これが顛末。
ギリードの『この身を削る』覚悟とは、自身の魔晶珠を供出する覚悟であったのだ。
しかし貴意はそれ以上の要求をギリードに行った。
彼は『墓所の魔晶珠』を代金としてよこせとギリードに要求したのだ。
それは彼らのご先祖様をよこせという傍若無人な要求に等しい。
突っ伏したギリードに貴意はこう言い放った。
「死んだ連中に義理立てして、生きている連中が今を不自由するのはつまらないぜ」
確かにそれはそうだ。
「その代わり、お前と同族の出入りは自由にしてやるぜ」
いつ大河が復活するのかわからない今の状況では止むをえないか……。
「仲間と相談してもよいか?」
ギリードがそう呟くと、貴意は意地悪そうな眼差しを向けながら鼻で笑った。
「贖罪を仲間と切り分けして楽になりたいって算段か?」
……。
「わかった。私の一存で墓所の魔晶珠を差し出すことにする」
「代金は通行1回1個ってところか?」
「それで構わない」
「ってことだシルベール」
いつの間にか貴意の背後にいた金髪の少女は、申し訳なさそうな表情でギリードに話しかけた。
「ごめんね。でも、絶対に無駄にはしないから。みんなの役に立ててみせるから」
「だとよ」
「ああ、そうしてくれると先祖も浮かばれるだろう」
ギリードはさばさばしたかのように立ち上がると、再び貴意に頭を下げた。
「それでは私も仲間と水浴びを楽しんでくる」
「ああ、好きなだけ浴びていきな」
これ以降、貴意のゾーンでは、あちこちにウォーキングウィード族が姿を見せるようになる。
ゾーン内にゆっくりと魔素を供出していきながら。
「ところで、茶でも飲むか?」
仲間たちとの水浴びを終え、すっかりとリラックスしたギリードの元に、貴意が急須と湯呑みを持って現れた。
が、ギリードは不快そうな様子を漂わせる。
「なんだ。茶は嫌いか?」
「貴意殿は仲間の絞り汁を喜んで飲むのか?」
そうでしたそうでした。
「こいつはすまなかった」
一旦建物に戻った貴意であるが、中途半端なもてなしは己の不徳といたすところ。
「植物には何がいいかなあ」
などと呟きながらスマホを検索してみる。
と、あるじゃないですか通販一位が。
早速貴意はホームセンターへと車を走らせたのである。
さて翌日のこと。
魔晶珠を持参してやってきたギリード達が水浴びを楽しんでいる最中に、貴意はあるものを用意していた。
一通り水浴びを終え、順番に鳥居から仲間たちが帰っていくのを見送っているギリードに、貴意が声をかける。
「昨日はおかしなもんを出しちまって申し訳なかった」
「いや、気にしないでくれ」
どうやらギリードは魔晶珠を支払うことに納得しきれていないのか、貴意に対して妙によそよそしい。
「でな、これをちょっと試してみないか?」
貴意が差し出したカップを形式的に受け取ったギリードだが、そこからただよう香りに意識を奪われる。
「いただいてもいいか?」
「おう。試してみろ」
と貴意が返事をするや否や、ギリードはカップの中の液体を頭からかぶってしまう。
「こ、これは……」
「お、効果てきめんか?」
「力がみなぎってくる。身体の奥から活力が湧いてくるようだ!」
「そりゃあよかった。さすがに水浴びだけで魔晶珠1個は高すぎるからな。土産にこれを持っていけ」
貴意はそうギリードに笑いかけると、18リットルポリタンクをギリードに持たせてやる。
「こんなにいいのか?」
「おう、仲間たちと楽しんでくれ」
一気に感謝モードへと切り替わったギリードを見送った貴意は、建物に戻ると、ペットボトルサイズの容器を手に、にやりと笑った。
「さすが植物。活力液がよーく効くぜえ」
貴意がギリードに持たせたのはガーデニング御用達の『天然植物活力液』
要するに植物用の栄養剤である。
ちなみに1本1万円とお値段は張るが、千倍希釈で使用するのでこれ1本でポリタンク約30本分が用意できる。
ということで、1ヶ月1万円の支出だけで、貴意はギリードから気持ちよく魔晶珠を受け取ることに成功したのである。