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サバゲーではありません

「暑い……」

 彼は恨めしそうに空を仰ぎ見る。

 天から降り注ぐ過剰なまでの恵みの光により、彼は全身が徐々に枯れていくのを感じていた。

 彼らにとって天からの光はまさしく『命綱』である。

 が、恵みも過剰に与えられてしまうと『毒』となる。

 

 恵みの光は彼らからもう一つの命綱である『水』を奪い取ってしまった。

 これまでも光が過剰となっってしまったことは何度もある。

 しかし、彼らがひっそりと暮らしている渓谷から、水が失われてしまうことなど、これまでは考えられなかった。

 長きに渡って渓谷を切り刻んできたであろう大河の流れは突然枯れ果てた。

 恐らくは上流で何かが起きたのであろう。

 しかし彼らにそれを探る術はない。

 

「水を……」

「みず……」


 民たちは焼きつくような光から身を隠そうと、渓谷の影や洞穴に身をひそめるも、乾いた空気が彼らから水を徐々に奪っていく。

 このままでは体力に劣る子供達や年寄り達から順に命を失ってしまうだろう。

 民を束ねる若き村長は決意した。

 遥か昔に起きた不幸な事件により周囲との断絶を決意した先人たちの意思をくつがえすことを。

 この身を削り、売り飛ばしてでも『水』を手に入れることを。

 

 先人に詫びるため、そして旅の加護を祈るために、彼は渓谷の奥に祀られた墓地の洞穴に向かった。

 彼は最奥に祀られた祭壇に祈りをささげるべく、魔法の光により薄暗く保たれた墓所を進んでいく。


 そこで彼は淡い光を見たのである。

 

「うわっ! すまん!」


 誘われるかのように淡い光に歩みを進めた彼を襲ったのは、痛いほどに冷たい圧力。

 それらが一気に全身に染み渡る衝撃によって、彼はその場で意識を失ってしまった。


「なんだこりゃ? サバゲーでもやってたのか?」

 ナハルッドに呼ばれた貴意の足元では、草の塊のような物体が水たまりの中に倒れている。

 その姿はいわゆる『ギリースーツ』という、狙撃手の方々が愛用する草木を模した迷彩服そのまんま。

 

「申し訳ない。鳥居で水撒きをしていたら、この塊が突然出てきたのだ」

 どうやらナハルッドはホースで水を撒いていたらしい。

 すると神社の裏で草むしりをしていたシルベールも駆け寄ってきた。


「あら?」

 水浸しの草玉を目の当たりにしたシルベールがそう呟いた。

「何だシルベール。何か知っているのか?」

「もしかしたらだけど」

 するとシルベールはその場でしゃがみこみ、無造作に草玉の一部を持ち上げると、容赦なく往復ビンタを叩きこんだ。


「む……。ここは?」


「おい、草の塊がしゃべったよ」

「貴様、怨霊の類か!」

 などと貴意が驚き、ナハルッドが隠し持っていた魔法剣を背中から抜いたのをシルベールが慌てて制止する。

「なーちゃんだめ! この人は多分『歩行雑草(ウォーキングウィード)』族よ!」


 続けてシルベールは無造作につかんだ頭のような草の塊に向かって話しかけた。

「そうよね。あなたは伝説の『ウォーキングウィード』よね?」

「私達を知っているのか?」

「古い文献で読んだだけだけれどね」

 二人のやり取りにカネの匂いを感じ取った貴意はナハルッドにタオルを取ってくるように命じると、ギリースーツ姿に向かって、石段に腰かけるように勧めてやる。


 シルベールに抱えられながら石段に腰かけ、頭らしき位置にナハルッドからタオルをかけられた草の塊は、一息ついたようなそぶりを見せると、改めて声を発した。


「すまなかった。突然の祝福に思わず全身が痙攣してしまったようだ」

 続けてギリースーツは改めて姿勢を正すようなそぶりを見せた。

「私はおっしゃる通り、ウォーキングウィード族のギリードと申す。ところでお教え願いたいのだが、この地で水を手に入れることは可能だろうか?」


 どうやらギリードと名乗った男?にとっては、この地がどこなのか云々よりも、水が入手できるか否かということが優先するらしい。

「水は豊富にあるぜ。ただじゃねえけれどな」

 貴意は嘘は言っていない。

 確かに水道水やミネラルウォーターは有料だし。

 

 するとギリードは全身を喜ばせるかのように震わせた。

「そうか! 頼む、水をお譲りいただきたい。この身にできることは何でもしよう」

 しかしそう言われても、一体どれほどの水が必要なのかわからない。

 ちなみにホースをそのまま鳥居越しに異世界へ引っ張っていくのは可能だが、中の水が鳥居越しに別世界に行くことができないのは、貴意とシルベールによって既に実験済み。

 だからといって、水を抱えて持っていくのも重くて馬鹿らしい。

 

 ということで、一行はギリードによる案内の元、とりあえずは彼の土地へと向かったのである。


「なんだこりゃあ。辛気しんきくせえ所だな」

 ギリードに手を引かれ、一行がたどり着いたのは薄暗い洞穴の最奥らしい。

「すまぬ。ここは先祖伝来の墓所でもあってな」

 不機嫌そうな貴意にギリードが詫びている横で、シルベールとナハルッドは別のモノに興味を抱いていた。


「しーちゃん、あれはもしかしたら?」

「多分そうよ、なーちゃん」

 どうやらナハルッドはシルベールにつられて彼女のことをしーちゃんと呼ぶことにしたらしい。

 シルベールは列の最後を歩きながら、かつて読んだ文献に記載されていた『ウォーキングウィード族』と、その不幸な歴史について思い出していた。


 鳥居をくぐった直後は穏やかだった気温が徐々に上がっていく。

「間もなく出口だ」

 ギリードがそう案内した時には、洞穴の温度は恐らく40度を超えていただろう。

 しかし貴意たちは、ほとんど汗をかいていない。

 それはつまり空気が乾燥しきっているということである。


「あれが私たちの集落だ」

 洞穴の出口でギリードが指差した先では、渓谷に穿たれた洞穴や岩陰に茶色く変色した植物であろう塊が見える。

 先程の水浴びで一気に瑞々しい緑色を取り戻したギリードとは大違いである。

「何人いるんだ?」

「おおよそ百人」

 その人数に貴意はうんざりする。

 そんな人数の水なんか運んでいたら、いつ終わるのかわからない。

 そんなことを考えながら歩を進めた貴意に違和感が走る。


「ここがゾーンの限界ってわけか」

 貴意は念のためシルベールとナハルッドがゾーンの外に出てしまわないように手で制した。

 どうやらギリードが光をくぐったことによってこちら側にできた『交流地帯コネクトゾーン』は洞穴の出口までらしい。

 神社から半径2キロメートルほどの広大なゾーンを持つ貴意は例外だとしても、居城全域がゾーンであるナハルッドと比較してもこれは思いのほか狭い。

 ゾーン外でギリードとの距離が離れたら、貴意たちは鳥居前に強制送還ということになる。


 さて、どうしたもんかな。


「おいギリード。水は飲料水か?」

「飲むのではない。我々は全身で水を吸収するのだ」

「水の質にこだわりはあるか?」

「いや、淡水ならば問題ない」


 そっか。

 じゃあこうしよう。


 貴意たちはギリードに管理人キーマンについてざっとレクチャーしてやると、そのまま踵を返し、鳥居へと戻ってしまった。

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