ゾーンの決まりごと
「それじゃあこの部屋を使いな。隣りはシルベールの部屋だ。なお、俺の部屋は立ち入り禁止だからな」
その部屋は小さなベッドと机と椅子が一台ずつ、それに物入らしきスペースが一か所あるだけの簡素なものだった。
しかしベッド自体は上質らしく、その上に腰かけると鎧の重さでゆっくりと沈み込む。
ナハルッドは、この姿となってからすっかり忘れていた私服を何枚か自室から持ち出していた。
それらからお気に入りの一着を選び出すと、ゆっくりと鎧を外し、既に体の一部となっていたかのような綿入れの上下を脱いだ。
「ふう」
全裸で久しぶりの解放感をしばし楽しんだ後、ナハルッドは私服を頭からかぶり、腰をベルトで留める。
すると小さなドアをノックする音が聞こえる。
「なーちゃん、大丈夫?」
どうやらシルベールが心配して様子を見に来てくれたらしい。
ナハルッドが扉を開けると、彼女の姿を見たシルベールが困惑した表情となる。
「うーん。その姿はちょっときーちゃんに怒られちゃうかな?」
怒られる?
「まあいいか。一度は見てもらった方がいいものね」
ということで、シルベールはナハルッドの手を引き、出かける準備をしているであろう貴意の元に連れて行ったのである。
さてこちらはお茶の間。
「シルベール、ナハルッド、お前らどういうつもりだ?」
「私はちゃんとした格好だからね!」
慌てて後ずさるシルベールに対し、ナハルッドは訳が分からない様子。
「おいナハルッド。もしかしたらそれはOKサインか?」
OKサイン?
不思議そうな表情のナハルッドに向かって貴意は立ち上がった。
「しらばっくれるんじゃねえ。なんだその乳首と恥ずかしいところがスケスケの衣装は。お前俺を誘ってんのか? わかった。よしわかった。俺様の名槍でひいひい言わせてやる!」
そう。ナハルッドの私服は、薄絹で織られた一枚布のチュニックだったのである。
シルクのキャミソールをご想像していただければほぼ間違いない。
当然ブラとかショーツとかの存在をナハルッドはご存じありません。
貴意は無造作にナハルッドの右手をつかむと、そのまま彼女を引きずって、先ほど彼女に与えた部屋に一直線。
それを黙って見送るシルベール。
「知ーらないっと」
その数分後、ナハルッドの部屋から貴意のこの世のものとは思えない大絶叫が響き渡ったのである。
「だからあ、『DCZ』では相手に危害を加えられないって教えてくれたのはきーちゃんじゃない。なんで私の時に痛い目にあったのに、またやるかなあ」
扉の前であきれたように立つシルベールの前には、ベッドに押し倒された際に無意識のうちに抵抗したであろうナハルッドと、股間を両手で押さえながらうめき声とともに床を転がっている貴意の姿。
どうやら貴意自身が管理人であろうとも、ゾーンにおいて他者に危害を加えるのは禁止らしく、いきり立った自慢の名槍をナハルッドに向けようとしたところで『神罰』が彼の股間を襲ったらしい。
「うるせえ。今度はいいかもと思ったんだよ畜生……」
あまりの痛みに涙を浮かべながら、何とか貴意は立ち上がると二人に言い放った。
「俺は買い物に出かけてくるからな。シルベールはその辺をナハルッドに案内してろ」
「なーちゃんはこの格好でいいの?」
「いいさ。どうせ誰もいやしないからな」
「それもそうだね」
貴意がワンボックスカーで出かけていくのを、シルベールは慣れたように、ナハルッドは驚いた様子で見送っている。
「あれは魔導戦車?」
「あれは自動車。原理は魔導戦車と同じみたいだけれど、魔術師じゃなくても操縦できるんだって」
そういうものがあるのか。
こちらの世界の不思議を垣間見たナハルッドは、その後お茶の間で様々な道具に魅せられることになる。
さてこちらは貴意が運転するワンボックス。
「畜生。まだちんこが痛え」
実は貴意、女には目がない。
というか風俗大好きのクズである。
そんな彼が、かつてシルベールを情欲に駆られて押し倒そうとしたのは自然の摂理である。
しかしそれは許されなかった。
なぜならばこの仕組みをこしらえたのは女神様だから。
シルベールが「嫌!」と叫んだ途端に、彼のちんこは裂けるチーズに神経があったらこんな風に感じるのだろうなというほどの激しい痛みに襲われたのだ。
実は同意の上なら実行可能なのだが、根がケダモノの貴意にはそこまで頭が回らない。
「まあいい。金の板をさっさと換金して一本抜いて買い物して帰るか」
彼はそのまま車を西に走らせ、管理ゾーンから出ると、そこから西の隣町へと向かう。
そこからしばらく走ると、人影もちらほら見えてくる。
そのまま彼は峠を越え、サッカーで有名な街を通り過ぎてから県庁所在地に向かい、かつて半グレだった時代の知り合いが経営するアングラ貴金属買取店へと向かった。
「よう。買取頼むわ」
「お、きー坊か。久しぶりだな」
「まあな。ちょいとまとまったのが手に入ったから見てくれよ」
そう言いながら貴意は勝手知ったるかのように仕切りの入った席に座ると、ナハルッドの城から持ち出してきた金板と銀板を一枚ずつ並べた。
「へえ、高品質だな。金は恐らく24Kか」
「いくらになる?」
「ちょいまち」
向かいに座った知り合いの中年は慣れた手つきで鑑定を済ませていく。
「金板は25万円、銀板は2千円でどうだい」
「まあそんなところか」
貴意は袋から金の板をもう一枚と、銀の板を全量取り出すと目の前に並べた。
占めて54万円。
「買取の俺が言うのもなんだが、金はともかく銀は細工して売った方がいい金になるぜ」
「そうか。参考にさせてもらうよ」
「こちらこそいい商売だ。また手に入ったら頼むぜ」
「任せとけ」
さすがアングラ。出元など一切気にしない。
「それじゃあラブホでデリでも呼んでから買い物をして帰るとするか」
その後デリヘルで外れを引いた貴意は、それでもヤってしまった自分自身を呪いつつ、サッカーの街にあるショッピングモールに立ち寄り、買い物を済ませていく。
「ただいま。それじゃ飯にすっか」
貴意はわざわざ出迎えに来た二人の美しさにちょっと感激しながらも、そっけない態度で台所に向かっていく。
その前にナハルッドに向かって大きな紙袋を投げてよこしてから。
「これは?」
困惑するナハルッドに対し、シルベールはすぐに気付いた。
「それ持って部屋に行きましょ、なーちゃん」
袋の中にはフリーサイズのスポーツブラとショーツのセットが何組かと、これまたフリーサイズのスポーツウェア上下、それに何枚かのTシャツが入っていたのである。