捨てられた町
これまでのsimとメアドを移した新しいスマホが横でひっきりなしに着信を繰り返している一方で、貴意は愛用のスマホにインストールされたアプリ『異世界交流地帯運用マニュアル』略して『さーちゃんペディア』を操作している。
まずは『交流地帯』の通行制限設定を行う。
貴意の脳裏には彼のゾーンが詳細に渡って浮かび上がる。
最初に『例外設定』
貴意はゾーン内を通る『高速道路』『一般バイパス』『在来鉄道』『高速鉄道』とコネクトゾーンが交わる地点に例外設定を行った。
続けてゾーンの境界全域に『進入不可』を設定する。
この操作により、例外設定を行った地点以外から、コネクトゾーンに進入するのは不可能になる。
この効果はすぐに表れた。
動画の真偽を確かめるために神社を訪れようとした野次馬どもが、ことごとくシャットアウトされたのだ。
バイパスから旧道に入ろうとした乗用車は何かに阻まれてしまう。
それは壁に当たるというよりも、動きを止められるという感覚に近い。
先頭の自動車が急停止した所にブレーキが間に合わない後続車が突っ込むが、それらも前の車に接触した途端に、慣性を無視するかのようにその場で停止してしまう。
このようにしてすぐに旧道への分岐を起点に、バイパスは上下線とも走行車線が大渋滞に見舞われた。
徒歩で進入しようとした連中も同様である。
峠越しに進入しようとした者もある地点から全く前に進めなくなってしまう。
北から降りてきた連中も同様。
とどめは、噂を聞きつけた地元新聞社の取材ヘリコプターが、ある地点で落下もせずに空中で停止してしまったこと。
その不思議な様子を他社のヘリコプターからばっちりと撮影されてしまった。
その結果、動画で宣言された『主要交通網の遮断』は一気に現実味を帯びることになる。
そんなことになったら、この国の物流は大混乱待ったなしである。
ここでやっと各自治体や交通会社も慌てて腰を上げることになる。
タイムリミットは本日午前0時。
◇
かつてこの街は東西の行き来に欠かせない宿場町として繁栄していた。
眼下に広がる海からは様々な海の幸がもたらされ、背後に迫る山からも山の幸がふんだんにもたらされた。
漁港を擁したこの町は桜色の小さなエビと透明な小さい魚を名産とし、全国的な知名度を誇った。
さらに東西の街には貿易港が整備され、そこからの輸出品として様々な缶詰が生産されていった。
海を横切るかのようにバイパスと高速道路が走り、ほんの少しだけの平地には在来鉄道、すぐに迫る山にはトンネルが掘られ高速鉄道が通された。
その結果この町は『この国の大動脈』とも呼ばれるようになる。
しかしその後、徐々にこの町は衰退していくことになる。
圧倒的に少ない平地しか持たないこの街に対し、東西の街は発展していく。
それに伴い町から人々は徐々に流出し、人口は減少し、県内で唯一の『過疎地域』となってしまった。
さらにこの町にとどめが刺さる事件が起きる。
それはこの国の北方を襲った大地震と大津波。
災害後、各自治体と企業は狂ったように防災対策に突き進むようになる。
海岸線や道路は防潮壁で覆われ、BCP(ビジネスコンティニュティプラン・災害等後事業継続計画)にまくし立てられた各企業の管理部門は、一斉に工場や倉庫、物流センター等を海側から山側への移転させ、取引先企業にもBCPを求めた。
時同じくして内陸部に新高速道路が開通した結果、県や市も新しく造成した土地への進出を企業に勧めたのである。
特にこの市では、市庁舎を山側に移転したいがために、民意を山側移転に加速させるためにと、海側の企業や住民が山側に移転するのに様々な特例措置をとった。
その代表が『一括交換』である。
既存の建物や施設の解体を行うこと無く、代替の土地や建物を提供するという大盤振る舞いに出たのだ。
その結果、この町の老朽化した工場は次々と移転し、それに伴い住民も次々と引っ越しをしていった。
それでもこの土地に愛着を持った住民は何件か残った。
貴意と彼の祖父もそうした住民の一件である。
貴意の祖父は神社の神職を務めながら行政書士事務所を経営しており、前述の『一括交換』の実務にも関わった。
その際、彼はせめて神社は残そうと、それまでの彼の住居と、神社横の自治会館の交換を市に申請し、どさくさにまぎれて受理させたのだ。
ところが残った住民達はその後予想もしえなかった目に合ってしまう。
まずは生徒減少により、町の小中学校が東西の町に統合されてしまった。
これにより住民の子供たちは遠距離通学を強要されるようになる。
次に在来鉄道が、利用者減少と防災上の観点という理由で、駅を閉鎖してしまった。
そのため子供達は通学のために山道を延々と毎日歩かされることになってしまう。
それだけだったら我慢もできたであろう。
しかし住民の、特に親にとって我慢のならない事態が発生してしまう。
それは『いじめ』
山側に引っ越した連中が、故郷を捨てたという後ろめたさを隠すためなのか率先して、地元に残った子供達に「危険な場所に住み続けるのは人には言えない理由があるからだぜ」などという言われのない難癖を付け、「捨てられた町の住民」とレッテルを張り、いじめを開始したのだ。
これは本人にとっても、親にとってもたまらない。
しかもいじめを市に訴えても、無視されたのである。
その結果、残された住民も後ろ髪を引かれながら引越していくことになる。
貴意と彼の祖父を除いて。
貴意には意地があった。
祖父にも意地があった。
二人はかたくなに転居を拒否した。
なぜなら、市がなぜいじめの告発を無視したのか、二人には理由が分かっていたからである。
市はこの地域を観光地として一括再開発しようと目論んでいたのだ。
様々な利権を伴いながら。
だから祖父は様々な嫌がらせを受けながらもかたくなに移転を拒否した。
貴意もいじめに耐えながら義務教育を終え、神職の学校に通った。
何度かの選挙を経た後、この地は忘れ去られることになる。
理由は、過度の山側への投資で市の財政が圧迫され、とてもじゃないが町の再開発に回せる予算がなくなってしまったから。
当然のことながら町の再開発推進派議員はことごとく落選した。
過去にネズミの国誘致を失敗して他県に取られたり、駅南の再開発に30年もかける呑気な町であるから、当然と言えば当然だろうが。
その結果、この町は貴意の住まいだけが民間、その周辺は全て市有地のまま、放置されることになる。
独り歩きした『捨てられた町』というレッテルとともに。
貴意は彼をいじめた連中への仕返しとばかりに、善良な一般市民面をしている元同級生達からグレーな方法で金をむしり取る仕事を経験し、半グレネットワークを構築後、亡くなった祖父の後を継いで神社の神職に収まったのである。
そんな貴意の説明を聞いたシルベールは、テレビの実況やネットの反応を面白おかしく楽しみながらスマホのチェックをしている貴意の姿を横眼で見つめながら頬づえをつく。
彼女は産まれた時から一人だったから、一人の寂しさは良くわかっている。
でも、一人じゃなかったのに、一人になってしまった時の悲しさはわからない。
貴意のやっていることは自分たちには何のデメリットもない。
でも、彼の同族にとっては、彼の行為は裏切りに等しい。
シルベールは一旦ぶるっと震えた。
するとそんな彼女の様子に気づいたのか、貴意は彼女の方を向き、楽しそうに話しかけた。
「おいシルベール、魔晶珠の研究は進んでいるのか?」
……。
そうね。
考えていても仕方がないわ。
だからシルベールは漏れ出していた涙をこっそりと指で拭い、笑顔をこしらえて頷いた。
「うん。クロプスさんの町で買ってきた魔導具を材料にして、ぷーちゃんとこんなのを作ってみたの。きーちゃん試してみる?」




