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カトルーゼ

「粗茶でございますが……」


 どこで覚えたそんな言い回しを?

 定型句を口にしながらしずしずとお茶を並べていくシルベールを眺めながら、貴意はどうも彼女の様子がおかしいことに気づいた。

 

 集会場ではいつもの丸いちゃぶ台ではなく、長テーブルを使用している。

 なのでどうしても、客人と貴意の同居人が向かい合う格好で座ることになる。

 

 シルベールはテーブルへ一列に並んだネコ娘達に、後ろから楚々とお茶を出し、続けて貴意たちにもお茶を並べると、貴意の左隣でお茶に手を伸ばそうとしているプドルフを無言で押しのけるようにしながら強引に割り込んだ。

 

「これはご丁寧に」

 ジプシャ、シアム、ベルガ、ルシアの四人は、身を縮こませるように小さく座りながら、シルベールに何度も頭を下げている。


「で、村長さんでしたっけ。何の用ですか?」


 相手は一応組織の長なので、形式的に丁寧語で貴意は呼びかけてみる。

 すると相手もへりくだった様子で貴意に返した。


「はい。まずは魔導具のお礼を申し上げに参りました」

 すると四人は座っている場所から座ったまま後ずさりをし、そのままその額を畳に擦り付けたのだ。

「村は飢えないで済みました。本当にありがとうございます」

 そう繰り返しながら何度も何度も額を畳に擦り付けている。

 そのあまりの頭の低さにさすがの貴意も申し訳ない気持ちとなってしまう。

 

「いや、元はキマイラのおすそ分けからだからさ。頭を上げてくれよ」

「おっしゃる通りにいたします」


 再び顔を上げた四人の潤んだ目線に、貴意は思わずひるんだ。

 これはやばい。

 この表情はやばい。

 おっしゃる通りにいたしますだってよ。

 こんなの、男だったら我慢できないでしょ。


 思わず腰を浮かしてしまう貴意であったが、尻を襲った電気のような痛みに何とか我を取り戻す。


「きーちゃん。だめ」

 痛みの原因はシルベールが貴意の尻をつねったことによる。

 反対側に座るナハルッドも、その美しい顔を貴意の耳元に近づけると、こう囁いた。


「ハンデル殿が言っていたことを忘れたか?」

 そうでした。


「シルベール、ナハルッド、お前らちょっと協力しろ」

 貴意はそう宣言すると、両脇に座る女性二人の肩をおもむろに抱き寄せたのである。


雌猫族カトルーゼ』が侮蔑とともに『種族を消去する者達(レイスイレーサー)』と呼ばれるのには、いくつかの原因がある。

 最大の理由は『カトルーゼはカトルーゼしか産まない』ことである。

 これはどの種族も同じだろうと思えるが、大きな違いがある。

 カトルーゼには女性しか存在しないのだ。

 

 一般的な種族は、近縁との交配で遺伝子が傷つくのを避けるために血縁者ではない相手を選ぶ。

 こうした条件において独特の進化をしたのがカトルーゼである。

 彼女たちは「同種族の男性」を廃し、「異種族の男性」との交配により、その遺伝子を傷つけることなく継続して残すという進化をしたのだ。


 同種族の場合は両親と同じ種族が生まれるのはこちらの世界と同じだが、異種族同士の場合は少々事情が異なる。

 あちらの世界では『混血』は存在せず、両親のどちらかの種族が産まれるという。


 ところが、カトルーゼの場合はさらに異なる。

 彼女たちが異種族の子を成すことはないのだ。

 つまり生まれる子供はすべてカトルーゼなのである。


 彼女たちはさらに厄介な能力を持つ。

 ハンデルが貴意に再三釘を刺していたのがこの能力『魅了チャーム』である。

 カトルーゼは交配を求める際に、相手に対し強烈なフェロモンを発するのだが、やっかいなことに、交配時期でないときでもフェロモンが漏れ出しているのだ。

 これは恐らくは確実に交配を済ませるために身につけた種族特有の能力なのであろう。

 貴意がくらくらするのもこれが原因。

 

 これがいっときの出会いとかであったら何も問題はない。

 が、他種族の男性は一度カトルーゼの『味』を覚えると、そこから抜け出すのは非常に難しいという。

 これが面白い女性などこの世にいるわけもない。

 また、こうしたカトルーゼの厄介な能力は常にいざこざを呼び込むため、例えばハンデルの店で働かせるわけにもいかないのだ。


 例えば、かつてある種族の王が美しいカトルーゼを側室に迎えたことがある。

 その結果、彼女におぼれてしまった王が残した子孫はすべてカトルーゼとなってしまい、王の血筋は途絶えた。

 当然のことながら、その後は当たり前のように傍系貴族らによる後継争いが勃発し、その種族は見る見るうちに衰退していったという。

 この与太話が彼女たちを『レイスイレーサー』とさげすむ由来である。


 それでも多くの種族が交わりながら共に生を営んでいた時代には、カトルーゼの種族特性が表だって非難されることはなかった。


 しかしある日を境に彼女たちは迫害を受けることになってしまう。

 それは『大虐殺ジェノサイド』終息の日から。

 ジェノサイドはある種族が別のある種族を迫害することから始まった。

 これが各種族間の不信感を互いに高め合う結果となってしまう。


 各種族は自らの種族を守るために結束し、ジェノサイドを引き起こした種族を滅した。

 しかし各種族間の不信感が消えることはなかった。

 その結果、どの種族が提案したのかもしれないまま、各種族の交流は一部を除いて途絶えたのである。


 こうなると他種族の男性に交配を依存するカトルーゼは居場所がなくなってしまう。

 その結果、カトルーゼは、一部の例外を除き、他種族の淫売窟で娼婦となるか、もしくはジプシャ達のように同族だけで細々と暮らすしか道がなくなってしまった。


 それでもジプシャ達はある意味運がよかった。

 なぜなら、彼らの領主は曲がりなりにも『獣族ウェアーズ』を治める存在であるから。

 ウェアーズにはカトルーゼも含まれる。

 少しでも税収や兵力を自領に抱えたいと考える領主であるからこそ、他種族からは厄介者でしかないカトルーゼにも村を興すことを許したのだ。


 但し、だからと言って彼女たちが他の獣族達に手放しで受け入れられたわけではない。

 彼女たちの村との交易は必要最低限のものに絞られた。

 つまり彼女達は税収に収める作物以外はほぼ自給自足を強いられ、旅人などの世話で手に入れたささやかなブロスを使う機会もほとんど与えられなかったのである。

 こうしてついた蔑称が『ど底辺オブ底辺』の村。


 さらに他種族の女性達はカトルーゼを敵視している。

 領主の妻が、魔導具の説明時にルシアの手に触れた領主が頬を赤らめたのに気付かないわけがない。

 もし領主がカトルーゼの一人でも側室に迎えると言い出したら、彼の妻は全力で村を滅ぼしに来るだろう。

『レイスイレーサー』の恐怖で他の獣族を煽りながら。

 そうした女性陣の怒りに火がつかないためにも、男性陣はカトルーゼを放っておくしかないのだ。


 どうやらシルベールの気配から自身たちへの不信感を感じ取ったのか、ジプシャ達は早々にこの場を去ろうとする。

 が、貴意は両腕にシルベールとナハルッドを抱えたまま、彼女達を引き留めた。


「なあ村長さん。何か話したいことがあるんだろ?」

「だが、迷惑をかけてしまっては……」

 そう呟くジプシャを、貴意はあえて鼻で笑って見せた。


「お前ら自意識過剰だ。俺はシルベールとナハルッドの方がいい」

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