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需要と供給

 目の前に積まれた茶色い厚紙の箱に、色とりどりの紙で封をしたカップが詰め込まれているのを見てクロプスは安堵した。

 これで当面の食事提供は何とかしのげるだろう。


「それでは代金を取ってくる」

 そう言いながら立ち上がったクロプスに、当然のことながら貴意達は荷物を運びこむ手伝いをする代わりにと、同行を申し出た。

 

 クロプスの先導で彼の雑品庫に姿を現した貴意達一行は、それぞれが抱えてきた段ボール箱を近くに山積みにすると、いつものように「ゾーンの境界」を意識しながらクロプスの後に付いていく。

 一方のクロプスも、貴意から教えられた「ゾーンから出たときに感じる感覚」を気にしながら、とりあえず段ボールを4箱だけ抱えて雑品庫を後にした。


 どうやら店舗らしいスペースに出た一行は、そこに並べられた品物を、貴意は珍しそうに、他のメンバーは、恐らくは『封印された都市』の出土品であろう品物を値踏みするかのように見回している。

 

 と、あちこちから声が飛んでくる。


「お帰りなさい親分!」

「親分腹減った!」

「あ、お客さんですか?」

「親分、そろそろ店を開けないと客達がキれそうですぜ!」


 声の主はクロプスよりも一回り小さい、それでも貴意よりも頭ふたつは大きいクロプスの同族たち。


「おう、お前ら。とりあえずメシのつなぎを用意したからちょっと手伝え。客人たちはすまんが商品でも眺めて時間をつぶしてくれ」


 クロプスは近くのテーブルに段ボールを置くと、舎弟らしい4人の単眼族モノアイナーに指示を出していく。

 大鍋で大量に湯を沸かし、木製の二口フォークを倉庫から運ばせる。


「親分、そりゃあなんですか?」

「親分、皿の用意はどうしますか?」

「親分、湯が湧きましたぜ!」

「親分、そちらのお嬢さん方にお茶を用意してもいいっすか?」


 などと騒々しい中、クロプスは舎弟達に湯を持ってこさせると、段ボールの箱を開けていく。


「まずはお前らにこいつの料理方法を教えるからな」

「へい」

「へい」

「へい」

「へい」


 どうやら統率は取れているようだ。

 クロプスは貴意達に別のテーブルを勧めると、自身のテーブルを囲んだ舎弟の前に、色とりどりのカップを一つづく置いていく。


「まずは透明な紙を剥ぐのだ」

「へい」


「次はこの線まで紙の蓋を開けるのだ」

「へい」


「そしたら中に入っている小さな袋を取り出し、中身をカップの中に振りかけるのだ」

「へい」


「用意ができたら中のこの線まで湯を注ぐのだ」

「へい」


 素直なものである。


 ちなみに正式には3分を測る必要があるのだが、そんなのは時々カップの中身をフォークで混ぜてやれば、食えるようになったのかわかるのでどうでもいい。


「よし。完成だ。そうしたら紙の蓋を全て剥ぐのだ」

「へい」


「食え」

「へい」


 どうやら舎弟達はクロプスのことを信用しきっているのだろう。

 彼らはちゅうちょなく麺をフォークで持ち上げると、口に運んでいく。


「親方、腰のないパスタみたいですぜ」

「味のしみたスポンジみたいなのが浮いてますぜ」

「こっちのスープは辛いですぜ」

「白いのがねっとりしていますぜ」

 どうやら他のモノアイナーの口にも合っている模様。


「うむ。赤い蓋は『レッドフォックス』緑の蓋は『グリーンラクーン』黒い蓋は『ブラックポーク』白い蓋は『ホワイトパワー』だ。覚えておけ。価格は持ち帰りも食事も1つ100ブロスだ」


 クロプスは舎弟どもが食事を終えたところで、雑品庫の段ボールを店に運ばせると、店を開けるように指示を出す。

 すると、盗掘者らしき様々な種族が罵詈雑言を吐きながら店に飛び込んでくる。


「メシを売れよクソ一つ目どもがあ!」

「店に品がないってお前ら馬鹿にしてんのか!」

 しかし彼らはすぐに、店内に何か魚っぽさやスパイスっぽさを含んだ旨そうな匂いが残っているのに気付いた。


 なんじゃこりゃあ? と戸惑いの表情を見せた盗掘者達に、タイミングを見計らってクロプスが叫ぶ。


出何処でどこは言えねえが、簡単にできるメシを用意した。お一人様4つまでだ!」


 ちょうどそのタイミングで舎弟達が10杯ほどを仕上げ、蓋を開けた。

 当然のことながら、盗掘者達は店のカウンターに大挙して押し寄せたのである。


「こりゃあ240個じゃあ足りねえか?」

 すさまじい売れ行きを見せる行列を眺めながら、貴意は呆れたように腕を組んでいる。

 と、そこに代金を用意したクロプスが列を回り込むようにしてやってきた。

「最近はメシが不足していたからな。まだあるなら売ってはくれないか?」

「いくつ欲しい?」

「1000もあればありがたい」

「わかった。それじゃあ連絡してみるか」


 貴意はシルベール達にカップの代金1万2千ブロスを「欲しいモノがあったら買って帰れ」と渡してやると、ハンデルと二人で一旦鳥居に戻った。


 まずは電話。


「おう、俺だ。こないだのカップうどんが予想以上に好評でさ。まだ余っていないか?」

「賞味期限間近なのなら、まだまだたくさんあるぜ」

「とりあえず100ケースを至急頼めないか?」

「そりゃあすげえな。ちょうど内職の引き取りだから、一緒に持っていくよ。代金は1箱500円な」

「おう、現金で払うぜ」


 実はあのカップうどんとそばは、いわゆる「倒産品モノ」であり、メーカーから出荷されたものではない。

 つぶれた商店から在庫品を安く買いたたき、それを量販店に転売する仕事をしている奴から安く買った内職屋が、差し入れにと持ってきてくれたのが先程の24箱であったのだ。


 なのであれらに関しては仕入無料。

 濡れ手に粟の1万2千ブロス。

 そういうこともあって、貴意はシルベール達のご機嫌取りも兼ねて、気前よく代金を渡してやったのだ。


 今回も1箱12個入りで500円ということは、1個41円。ブロスに換算すると4ブロス。

 これを50ブロスで転売するのだから、貴意もウハウハである。

 ちなみに正規のルートで購入しても、8ブロスから10ブロスで調達できるので、継続してクロプスの町に納めることも可能である。

 

 トラックが来るまでの間、貴意はハンデルと茶の間で昼酒を舐め始めた。


「俺だけ戻したってことは、商売の話だろ?」

「さすがおっさん。察しがいいな」

「まあな。ぶっちゃけて言うが、クロプスの町への食材提供は、今後は俺もやらせてもらうぜ」

「そりゃあそうだろうな」


 にやりと笑う貴意に、ハンデルもにやりと笑い返す。


「通行料は売値の5分でどうだ? 100ブロスなら5ブロスだ」

「信用しているぜ」

「俺も商人だからな。その代わり、俺の使用人と、取引先の材料屋にも鳥居を解放してくれるか?」

「任せとけ。それから俺からも提案だけれどさ」

「何だ?」

「こっちで店を出すつもりはないか?」

「お前ら4人を相手にか?」


 さすがにそれは無いだろうという表情のハンデルに貴意は続ける。

「まあ、まだ先の話だけれどな。それにおっさんも『円』が欲しくなっているころだろ」

「そういうことか。美味い話ならいつでも乗るぜ」


 と、目つきの悪い若者とチョイ悪オヤジは、互いにニヤリと唇を歪めあったのである。


 その後トラックから荷降ろしされたカップ100箱は、無事クロプスの町に届けられた。


 なお、お届けついでに町をクロプスに案内させた貴意は、クロプスのゾーンが貴意に匹敵する規模、すなわち彼の町全体がゾーンになっていることを確認したのである。

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