色とりどりの携帯食料
彼は焦っていた。
まさかこれほどまでに盗掘者が殺到するとは思ってもいなかったから。
彼の情報網には、当然のことながら蜘蛛腕族の領主がみょうちくりんな魔導具を手に入れ、それを各地の領主や豪商、頭目などが儀礼的に集まる『晩餐会』の場で公開したとの情報は入っている。
そのあまりの奇抜さに、貴族や金持ち共のお宝収集癖に火が付いたことも聞いている。
が、彼はそんなものは一時のブームだと踏んでいた。
なぜならば、そうそうそんな古代魔導具が表舞台に登場するわけがないから。
彼はこう考えていた。
スパインマンの領主は、以前から隠し持っていた魔導具を、タイミングを見計らって公開したに過ぎないと。
そうでなければ、不味いのだが冷やすと旨いという酒を切らすことなく提供できるはずがないのだ。
恐らくスパインマンの領主は、今回の古代魔道具公開を大陸における己の影響力を強化するために用意周到の上で行ったのではないかと。
ところがつい最近、思いもよらぬ領主から新たな魔導具の公開があった。
それは『獣人族』を束ねる領主からもたらされたもの。
その魔導具は魔力を必要とせずに算板のごとく足し算と引き算を行う上に、さらにそれを上回る複雑な計算をこなすというもの。
しかも計算結果は暗号化され、使用者以外には結果が理解できないという、まさしく研究者にとっては垂涎の魔導具である。
この短い期間に、恐らくは『古代魔導具』と思われる奇天烈な魔導具が2つも公開されたのだ。
しかも、これらは彼の元を流通してはいない。
が、貴族や金持ち共は当然のことながら、魔導具の出処はここだと考えているだろう。
そう。
『封印された都市』の手前で『盗掘者の宿場町』を経営している彼のところだと。
その結果、彼の元にはこれまでの数倍であろう盗掘者や盗掘者見習いが大挙して訪れたのである。
封印された都市で収集されたモノは、魔導具だろうと調度品であろうと魔獣の死骸であろうと、手に入れた本人が持ち帰るのでなければ、彼が支配している宿場町で一旦換金されるのがこの辺りの習わしである。
これは一見すると彼が相場を操作して不当な利益を得られるようにも考えられるが、実際はそうでもない。
なぜならば、彼は出荷先の領主たちから「公平な取引」を半ば脅しのように命じられているから。
例えば、遺跡から発掘された古代貨幣である金板と銀板は買取レートが定められている上に、貨幣管理を行っている領主に一括して売却するように決められている。
これは現在の通貨である『ブロス』の価値に影響を与えないため。
要するに各地の貴族や豪商達の力関係による絶妙なバランスが彼の宿場町に働いているのである。
一方で莫大な財産に裏打ちされた領主たちの買取が滞ることはない。
なぜならこの宿場町には『仲買人』と呼ばれる各領主から派遣された購入者が常駐しているから。
そうしたことから古代魔道具に関する取引には当面の影響はない。
しかし彼には別の問題が降りかかっていた。
それは『盗掘者達が必要とする食事・生活用品その他』の不足である。
辺境であり、周辺に農村や漁港も持たないこの町で提供する食事は、基本的にはバイヤー達が本国に届ける馬車の帰りに材料を積み込んで届けてもらっている。
なぜなら、こうすれば運賃が安く済むから。
ところが今はこれだけでは食料や生活用品の絶対量が足りなくなってしまっているのだ。
盗掘者達が狩ってきた魔獣の肉も、以前はこの店で換金され、その後食堂に食材として回されていたが、今では彼ら自身が狩った魔獣を彼らの食料として確保してしまっており、店に売りに来る者はほとんどいなくなってしまった。
メシ不足は暴動の種。
彼はぶるっと一瞬震えると、食料を求めて売店や食堂に殺到する盗掘者達をあしらいながら、何か売物は残っていないかと、一旦店の奥に逃げるように引っ込んだ。
そんな彼の前を出迎えたのは、雑品庫の最奥で淡く光る、扉のようなものだったのである。
光に誘われた先で、彼はこんな会話をまずは耳にすることになる。
「私は赤い方かな。茶色の柔らかいシートがスープをたくさん吸って美味しいし、パスタも白くて癖がなくて好き」
「私は緑の方が美味しいと思うが。この少し癖があるが香ばしい細いパスタに、オイリーなサクサクのトッピングが何とも言えない」
「この黒いのもピリッと辛くて美味しいよ。パスタはしーちゃんのと同じだけれど、お肉みたいなのが入っているしさ」
「いや、ここはこの白い方だろう。このとろみと粘りを持つ柔らかなものは俺たちの世界には存在しない食感だ」
「ならおっさんの店でも出せるか?」
「それはさすがになあ……」
「マジかよ。おっさんの店を当てにしていたのに」
……。
「あのう……」
鳥居から響いた声に、新たな管理人が現れたかと鳥居に注目した貴意たちは、先ほどまで倉庫の前で車座になって仲良くすすっていた麺を同時に吹き出すことになる。
そこに立っている、一つ目の巨人の姿によって。
「まさか本当に一つ目巨人がいたのか……」
カップを持ったまま硬直している貴意の両脇で、ナハルッドとプドルフが、これもカップを持ったまま、いつでも迎撃できる姿勢をとる。
反対側のハンデルも、カップと箸で埋まっている以外の4本腕を威嚇するように広げた。
が、張り詰めた空気はシルベールのあきれたような一言で一気に緩む。
「交流地帯では危害禁止って、いつになったら覚えるのかしら」
そこで始めて貴意たちは、目の前の一つ目巨人がちんこもお腹も押さえずに、恐縮しながらこちらの様子を伺っているのに気づいたのである。
「で、お前は何者だ?」
先ほどまでのビビりを隠すかのように貴意が威張りながら尋ねると、逆に巨人が聞き返してきた。
「俺は単眼族のクロプスという。ところでここはどこなのだろうか?」
一つ目巨人の戸惑う様子に、一番の古株であるシルベールがまず反応した。
「ここは『コネクトゾーン』よ。ところでクロプスさんは何かお困りなのかな?」
ここでやっと、クロプスと名乗った一つ目巨人は、目の前に並んでいる人々が手に持つ、白い器から香る魚らしき甘い香りに気づいたのである。
「実は食料の新たな手配先を探していてな」
あぐらをかいた状態でも、立っているシルベールとほぼ同じ高さであるクロプスとかいう禿頭の巨人は『管理人』の説明に半信半疑ながらも、相談するのはタダだからと、言葉を選びながら最小限の会話を始めた。
ところが貴意もハンデルも百戦錬磨。
当然目の前の巨人が何かを隠しているのは容易に察する。
恐らくは『探している』のではなく『困っている』のであろうと。
が、それを正面から突くのは悪手だということも二人はわかっている。
「クロプスさんだっけ。食べかけで悪いが、あんたらの口にこいつは合うかい?」
貴意は自身が持っていたカップをクロプスに渡してやる。
貴意の手元ではどんぶりサイズのそれも、クロプスの手には茶碗にしか見えない。
クロプスは茶碗の中身を一瞥し、香りを確認すると、躊躇なくそれを口に運んだ。
「ほう」
まず口に訪れたのは柔らかな香りと味のスープ。
元々は熱いスープなのであろうが、今は食べやすい温度になっている。
続けてパスタのような、でもそれよりも腰がなく柔らかい優しいものが口の中を満たし、歯と舌の動きでプチプチと甘くちぎれながら喉を通り過ぎていく。
美味いといえば美味い。
が、大したことはないといえば大したことはない。
しかし妙に後を引く。
「どうだい。気に入ったのなら売ってやってもいいが」
「その前に料理方法を教えてくれ」
貴意の誘いにクロプスは当然の確認を入れる。
「わかった。それじゃシルベール、お前の好きな味を用意してやれ」
「はーい」
シルベールと呼ばれた少女が見せた調理の手軽さと、手渡された茶碗から伝わる、先ほどよりも少しだけ香ばしく優しい味と軽い腹持ちに、これは盗掘者の携帯食に最適だとクロプスは思い至った。
あとは価格だけ。
『保存魔法』が施されているのであれば、恐らくはひとつ200ブロスはするだろう。
この価格で仕入れるならば、最低でも400ブロスで売りたいところだが、一般的な携帯食料の価格は100ブロスであり、さすがに品薄といえども、4倍の値段ではぼったくりすぎだし、下手をすると暴動のきっかけになりかねない。
かといって200ブロスで販売という慈善事業に手を染めるつもりも全くない。
自らの労力をただ売りなんて死んでもごめんだ。
が、再びクロプスは驚くことになる。
貴意の「ひとつ50ブロスでどうだ? 240個限定だけれどさ」という破格の提示に対して。




